路線バス

西しまこ

第1話


 駅からバスに乗った。

 バスは小さなバスで、全ての座席に人が座っていた。私の後ろは高校生らしい男の子とその母親が座っていて、私の前は私と同じように、駅まで買い物に行った帰りの女性だった。他は白髪の女性とその友だちや、スーツ姿の男性など、さまざまだ。


 バスは定刻に発車した。

 バスは優しく揺れながら、いつもの道を走っていく。バスの揺れは心地よく、私は少しうとうとしていた。

 後ろの座席の高校生らしい男の子とその母親は、読んだ本の話をしていた。高校生でも母親とこんなふうに話すんだな、となんだかあたたかい気持ちになった。友だちの息子は一言も口を利かないと言っていたことを思い出していた。


 バスが、次のバス停に停車し、白髪のおばあさんが乗り込んできた。私が席を替わろうかと思ったとき、後ろの座席の、高校生らしい男の子がさっと席を立ち、「どうぞ」と席を譲った。あまりに自然な動きで驚いた。おばあさんは「ありがとう」と言って小さく頭を下げて、席に座った。

 高校生らしい男の子は、立って吊革に捕まりながら、母親と話す。今度は観た映画の話になっていた。いろいろな映画を観ているんだな。あ、その映画は私も観た。


 バスはいくつかバス停を通過し、いくつ目かのバス停に停まった。

 今度は小さい子ども連れのお母さんが乗って来た。

 まだ幼稚園前の子かな? と思っていたら、今度は高校生らしい男の子の母親が席を譲った。お母さんが幼子を膝に抱いて座る。

 高校生らしい男の子とその母親の会話は、幼いときの想い出話に移った。それはどれもこれもほほえましいエピソードで、聞いている私もほっこりしてしまった。バスの一番前の座席に座りたがったとか、必ずブザーを押したがったとか。理由もなくバスや電車に乗ったとか。或いは、何時間も電車を見て過ごしたとか。


 そうだ。

 そういう時間を共有して、子どもは大きくなる。

 私には息子はいないが娘がいる。娘は男の子を産み、大変そうにしている。女の子の方が楽なのに、と。私も子育てをしているとき、女の子でよかった、と思ったものだった。男の子を育てている母親を気の毒に思っていた。大変そうだったから。

 でも、バスの親子を見て、大きくなったとき、性別に関係なくなんでもない話が出来る関係っていいな、と思った。友だちの息子は一言も口を利かないと言っていたけれど、それは一時のことで、少し時間が経てばまたしゃべるようになる気がする。きっとそういうものだから。今度会ったとき、この親子の話をしてあげたい。友だちは結婚が遅かったから息子はまだ中学生だ。高校生になったら、このバスの親子みたいになれるような気がする。


 バスはまた停留所に停まった。

 高校生らしい男の子と母親が、運転手に「ありがとう」と言って下車した。

 娘の息子も、席を譲れる子になったらいいなと思って、その親子を見送った。



       了



☆いままでのショートショート☆

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