ワンルームアドベンチャー!(第2回空色杯応募作品)
江葉内斗
ワンルームアドベンチャー!
東京都の一角、木枯らし吹く閑静な住宅街に、
彼の名は
彼は朝起きて朝食を食べ、部屋に引き込もってゲームをし、昼食を食べてゲームをし、夕食を食べてゲームをし、そして就寝するという自堕落の真髄みたいな生活をしていた。
両親はそんな彼を、半ば諦めたように養い続けてきた。最早無の境地で接していた。
別に彼を叱るわけでもなく、追い出そうと思っているわけでもなく、募金するときの気持ちのように彼に食事を与えていた。
伸介もまた、そんな両親に甘え、一切の努力をしようとしなかった。
……そんな家族の生活を、頭を抱えながら見ていたものがいた。
「なんなのよあの男は~、三十三歳にもなって働くどころか、部屋から出ようともしないなんて~! ムカつくわ、アイツ!!」
彼(彼女)は神である。この宇宙を作り出した全知全能の神である。
なぜオカマ口調なのかというと、人類を超越した存在である神に性別は存在しないのと、「男は度胸、女は愛嬌、オカマは最強」と言う格言をこの小説の作者が信じているからである。
この神は、人間の失敗作とも言える伸介に対して、ものすごい憤りを覚えていた。
「このままでは私の
神は悪魔が笑うように笑った。
明くる朝、福田伸介はいつものように目を覚ました。
「ふわああ……もう朝か、さて……今日こそ
と、女子高生の反感を高価買取しそうな台詞を吐き捨て、そして自分の違和感に気づいた。
「ん~? なんだこれ、ベットが広いぞ……?」
まだ寝ぼけているのか、自分の置かれている状況に理解を示さない。
よっこらしょっと起き上がろうとするも、自分の体に分厚くて重い何かが掛かっていて、体が持ち上がらない。
伸介はようやく完全に覚醒した。
「うわあああああああ!!! ベッドが、布団があああああ!! め、め、めめっちゃデカくなってるうううううう!!?」
こうなったのは勿論、かのオカマ神の仕業である。
「オーッホッホッホッホ! 部屋がでかくなったんじゃないわよ、あんたの身長が30㎝になっちゃったのよ!!」
途端に、彼の脳内に爽やかなバリトンボイスが響き渡った。
「だ、誰だ!?」
伸介はビックリして回りを見渡す。
オカマ神は続けてこう言った。
「じたばたしちゃって可愛いんだから。さあ、その身長で部屋から脱出できたら、もとの身長に戻してあげなくもないわよ♡」
こうして、フィギュアサイズになった男の脱出劇が始まった。
「なんてこった……とにかく、まずは布団から脱け出さねーと」
伸介は羽毛布団の端を両手で掴むと、全力で押し上げた。
「いょいしょおーっ!」
彼の想像より布団は軽く、布団の端は放物線を描いてふっとんだ。
しかし、ここで思いもよらないアクシデントが発生する。
「うおっ寒っ!! やばい待ってこれマジ寒いって!?」
伸介は折角脱出できた布団の中に潜り込んでしまった。
そう、体が小さかろうが大きかろうが、人間は冬の朝の寒さには勝てない生物である。
さあ状況は振り出し。伸介は布団の中で、普段は全く使わない頭脳をフル回転させた。
(一体どうすればこの状況を打破できる……? まず大前提として、この寒さでは布団から出られない……しかし出なければ俺は一生この大きさだ……やはり寒さを我慢して脱出するしかないのか? いやこの体で寒さに耐えられるとは……)
伸介は考えた。しかし、全く妙案が浮かばない。最早寒さの中特攻するしかない、そう思い始めた矢先、伸介の視界の端にあるものが留まった。
「これは……!」
思わず言葉が漏れていた。伸介の顔に笑みが浮かんだ。
そこにあったのは、絶望を希望に変える最大の力。まさに地獄の空から垂らされた蜘蛛の糸。
布団の中を這って進み、伸介はそれを間近で見た。
「へっ、どうやら、信じれば奇跡は起こるみたいだな」
と、伸介はエアコンのリモコンを前に呟いた。
早速エアコンを起動させようと思ったが、布団の中でリモコンを操作してもエアコンは動かない。それくらいのことはいくら伸介であろうと知っている。
エアコンを起動させるには、リモコンの赤外線発信部を布団の外に出さなければならない。
「そのためには冷たい空気にさらされる必要があるが……やるしかない。ここで諦めたらどうにもならない。チャンスは今ここにある!!」
と自分を奮い立たせ、いよいよリモコンを両手で掴み、力の限り引っ張った。
スタート地点から枕まで約50cm。しかし、今の伸介にとっては長い道のりである。
自分の身体の半分程度の大きさのリモコンを引っ張るにはかなりの筋力を必要とする。しかし、日頃身体を全く動かさない伸介の筋力は育ち盛りの小学三年生の甥っ子未満。
その上布団の圧力によって体勢を整えることもままならない。
しかし伸介は諦めなかった。またいつも通りに一日中ゲームをするために。もう一度深雪ちゃんに会うために。
全身汗まみれになりながらも、何とかリモコンの先を布団から引っ張り出した。
凍えるような寒さが伸介を襲う。
伸介は死に物狂いで再び布団に潜り込むと、雄叫びをあげながらリモコンの「暖房」のボタンに両手を叩きつけた。
ピッと電子音が鳴り、エアコンが起動する音を確認すると伸介は布団の中でガッツポーズをとった。
「よっしゃああああああああ!!! 俺はやったぞおおおおおおおおお!! オカマ神の馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
試練を突破したことに感激し、嬉し涙を流した。
その様子を天から観て、オカマ神は言った。
「ちょっと! エアコンつけただけで喜んでんじゃないわよ!! ちゃんと部屋から脱出しないと終わらないわよ!! 全く、これだから男と言う生き物は……」
そう、試練はまだ終わっていない。
「そ、そうだ、そうだった……暖房つけても脱出したことにはならねえな……」
伸介は自分のぬか喜びを悔やんだ。
だが部屋の気温が上昇したことによって、布団の中から出られるようになった。
部屋のドアは枕元にある。つまり、突破口はもう目の前だったのだ。
これならいける、と思ったところで、次の問題点が彼を悩ませた。
ドアノブの位地は床から90cmのところにある。今の伸介の身長の三倍だ。
床から腕を伸ばしても、ジャンプしても、届くわけがない。
ドアの表面はフローリング仕上げの床のようにツルツルしているので、よじ登ることも不可能。
どうすればいいか分からず、ベッドの端で立ち尽くしていたが、突然伸介の顔が一気に明るくなった。
それはまさしく、閃光のように思い付いた妙案。
「イヤホンをドアノブに引っ掻けて開ければいいんだ!!」
思い立ったが吉日とばかりに、伸介は作戦を実行に移した。
まず、イヤホンを獲得しなければならない。
伸介のイヤホンは、子供の頃から部屋においてある勉強机の上にある。今はパソコンのモニターが置かれてゲーム用になってしまっているが。
伸介はベッドの真ん中付近まで移動すると、幅跳びの要領でゲーミングチェアの腰かける部分に飛び乗った。
椅子とベッドの隙間は50cmも無かったが、臆病者の伸介は悲鳴をあげながら椅子に着地した。
それから机に手を掛け、よじ登ろうとするも、
「うおおおおおおおおおおおおおお! ぐににににににににににに! 駄目だ……全然上れねぇ……」
日頃の不摂生を象徴する筋力の弱さと体重(もとの体重は88kg)に阻まれて上がれない。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。何故なら、モニターの向こうで深雪ちゃんが待っているのだから!!
「よおし、今度こそ……! おりゃああああああああああっさあああああああああああああああああああああ!!!」
全身のエネルギーを両腕に集め、さらに愛(?)の力も加わり、遂に伸介は机の上に登ったのだ。
机の上で寝転んで一息つくと、自分の三倍の長さのイヤホンを回収し、椅子を経由してベッドの枕元まで移動する。
膝をガクガク震わせながらも床に降り立ち、遂に最後のガーディアン、ドアと相対した。
「ようやくだ……! ようやくいつもの日常が戻ってくるんだ! いくぞ、オカマ神!! 俺はここから脱出する!!!」
伸介は意気揚々とイヤホンを結びつけて輪っかにした部分をもって、思いっきりドアノブに向かって投げ上げた。
イヤホンはドアノブに当たってカツーンと軽い音を立て、伸介の隣に落ちてきた。
「うおっ、危ねえ! クソ、次こそ成功させてやる……」
しかし何度もイヤホンを投げるも、跳ね返されるか、或いは当たらないか、なかなか上手くいかない。
数分間挑戦し続けたが、これまで身体を酷使してきた事のダメージも大きく、伸介は息を上げ、遂に床に倒れ臥した。
(もう駄目だ……今度こそ駄目だ……俺はずっとこのままなんだ……いや、それも悪くない。むしろ俺自身を見世物にすれば、大金持ちになれるんじゃね? 金ガッポガッポで女も手玉にできるんじゃね!? よしそうしよう! 今日から俺はリアルウッディだ!!)
などと邪な考えが浮かんできて、この物語が作者の望んでいない方向性に傾きそうになったその時、伸介はふと横を見た。
ベッドの下に、何かがある。
伸介はベッドの下に入り込み、それを確認した。
使い古した消しゴムだった。
カバーは所々剥がれ、長年ベッドの下にあったのか、埃まみれだった。
それを発見した伸介は、またも突然閃いた。
「そうか……! 消しゴムを重りにして、引っ掻けやすくすれば良いんだ!!!」
自分はなんと言う天才なんだろうか、そう思いつつベッドの下から出てきた伸介は、ドア相手に最後の勝負を挑んだ。
「ドアよ……二分前の俺とは違うぞ? 覚悟しろ!!」
伸介の装備は、イヤホンの先に消しゴムを結びつけた代物。
伸介は消しゴムを両手で持つと、今までの冒険の思い出、血と汗と涙の経験を胸に、その消しゴムを高く高く投げあげた。
その勇姿があのオカマ神を味方させたのか、はたまた何回もイヤホンを投げたことで伸介の精度が上がっていたのか。
消しゴムはドアノブの隙間に上手く入り込み、するすると床へ落ちていく。
「よし来たあ!!」
すぐに左腕を伸ばして消しゴムをキャッチし、右手で昇っていくイヤホンの反対側を掴む。
「そーらあああああああああああああああああああああああああ!!!」
伸介は全体重をイヤホンに乗せ、ドアノブに力を加えた。
ドアノブは勢いよく下がり、それを確認した伸介は、全身全霊でイヤホンを手前に引っ張った。
今までの伸介の苦労を象徴するように、ドアはゆっくりと開いた。
ドアの隙間から、光が差し込んだ。
伸介は一歩、また一歩、ふらつきながら部屋の外へ出た。
そこには廊下があり、他のドアがいくつかある、なんの変哲もない光景だった。
しかし、伸介は達成感に満ち溢れていた。その脂汗にまみれた顔には、確かな誇りの表情があった。
伸介は大きく息を吸い、そして、あの時フライングしてしまったあの台詞を、高らかに叫んだ。
「よっしゃああああああああ!!! 俺はやったぞおおおおおおおおお!! オカマ神の馬鹿野郎おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
伸介の
約束通りもとの大きさに戻してもらった伸介は更正し、就活を始めた。
両親ともコミュニケーションを重ね、関係性は改善しつつある。
こうして、また一人のNEETが、社会貢献できるレベルまで成長したのだ。
そんな風景を見て、オカマ神は言った。
「うふふ、次は誰を小っちゃくしちゃおうかしら♪」
完
ワンルームアドベンチャー!(第2回空色杯応募作品) 江葉内斗 @sirimanite
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