第2話 「須らく」と掛かり受けについて

これもまたキャッチーな話題である。

果たしてキャッチーでない話題について読者が来てくれるのかと不安であるが、述べるべきは多いので述べるだけ述べておこう。


「須らく」は「~すべし」という文で結ばれるべきというのは、こと漢文においては定石である。とは言え、私はこれに関して例外と言わざるを得ない例を知っている。今回はこれを主眼目として話を進めたい。


さて、では白文と書き下し文を引用する。引用とはいいつつも孫引きの形になるが、私の取り得た中で最善だった引用であるので諒承願いたい。白文と書き下し文を併記するので、また比較しながら読んでいただきたい。


白文:

”臨際曰:『今日更不用如何若何,便須単刀直入,還有出来対衆証拠者麼?』時有僧出礼拝。起便喝。臨際亦喝。僧又喝。臨際亦喝。僧礼拝。臨際曰:『須是這僧即得。若是別人三十棒,一棒校不得。』為這僧会賓主句,他一喝不作一喝用。”


書き下し文:

”臨際曰く、『今日は更に如何若何を用いず、便ち須らく単刀直入なるべし。還た出で来たりて衆に対して証拠する者有りや』と。時に僧有り、出でて礼拝し、起ちて便ち喝す。臨際も亦た喝す。僧又た喝す。臨際も亦た喝す。僧礼拝す。臨際曰く、『須らく是れ這の僧にして即ち得ん。若し是れ別人ならば三十棒なり、一棒も校し得ず』と。這の僧の賓主の句を会するが為なり。他の一喝は一喝の用を作さず。”


さて、この文は「単刀直入」の故事の元でもあるがそれはさて措く。残念ながら私は禅宗については無知である。故に禅宗における四喝と三十棒についても言及しえない。重要なのは、この白文と書き下し文とで『須らく』が二度用いられたことだ。そして書き下し文では「須らく~べし」の掛かり受けは守られていないことである。この違いは何であろうかと考えてみることは恐らく今後の糧となり得るだろう。


まず、『便たちますべからく単刀直入なるべし』については異同はあるまい。漢文の掛かり受けにおいても、須らくの呼応に対して「べし」あるいは義務的な文を置くことについても外れることではない。


ではもう一方の『すべからく是れの僧にしてたちまち得ん』についてはどうであろうか? これは相当に悩むことがあろうと思う。何なら漢籍の専門家に「この違いはどうして生まれたのでしょう?」と訊きたいくらいには、私にとってはわからない。


まず「すべからく~べし」の延長であることを考えてみる。つまるところは現代語訳で言う所の「必ず~そうすべきだ」といったところだ。これに基けば「必ずそうすべき理想形である問答を、この僧は即座にしたのだ」ということになる。恐らくこれはそう外した解釈ではあるまい。


続いて「必須の」という語の延長として考えてみる。これも同じく現代語訳するならば「必要不可欠の」、持って回した言い回しをするならば「必要にして欠くべからざるもの」と言い換えることもできるかもしれない。とすれば「問答として必要なものに対し、この僧は欠くことなく答えたのだ」ということにもなるだろう。これが外れた解釈であるかは、漢籍の知識のない自分には手の余ることである。


とすれば、後者における「須らく」とは十分条件をすべて満たすということになるのだろうと判断する次第である。とすれば、「全て」や「押しなべて」あるいは「なべて」とは条件として噛み合わないこともあるだろう。


つまり、「欠けることができないもの」の総覧については「須らく」は使えるであろうが、「総覧そのもの」については「須らく」は使えないであろうということとなるだろうというのが筆者の見解である。


とすれば「須らく」の語が及ぶべき射程は限られることとなる。私個人としても意外な結論であるが、必要条件を満たすだけの事柄については「須らく」を用いるのは凡そ不適なのだろう。とすれば単に「すべて」の類縁後として用いるなら「須らく」は不適であって、「押しなべて」あるいは「べて」か「すべて/そうじて」を用いるのが妥当なのではあるまいかと思われる。


毎度この言葉で締めるのは非常に心苦しいのだが、私に言えることはここまでだ。


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参考URL:

臨済禅の南伝と臨済宗の形成 : 五代宋初臨済禅の一考察 - 花園大学文化リポジトリ

http://id.nii.ac.jp/1175/00000736/


「すべからく」の使い方 - 文化庁

https://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2012_07/series_10/series_10.html

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誤用か、否か 四辻 重陽 @oracle_machine

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