ふたりの少女とお人形 🧚

上月くるを

ふたりの少女とお人形 🧚





 その少年の名をジョージくんといいました。

 あいのこだとクラスのだれかがいいました。


 ジョージくんにはおとうさんがいなくて、おかあさんと弟妹の四人家族です。

 戦時中、防空壕として掘られた町はずれの洞窟、それが一家の住まいでした。


 反抗的な少年だったジョージくんは、しょっちゅう担任教師に殴られました。

 軍隊帰りの教師は身体も顔も岩にそっくり、ヨウコさんは怖くてなりません。


 細い目をした教師は、自分の半分しかないジョージくんを拳骨で殴るのです。

 小柄な少年は教室のうしろに吹っ飛んで、臭い濡れ雑巾まみれになりました。




      🪟




 代々の農家のヨウコさんの家には米はありましたが、現金収入がありません。

 なぜか音楽教室には通わせてくれましたが、おねだりなんぞはとんでもない。


 通学路の角にある商店のショーウィンドウに、可愛らしいお人形がいました。

 そのころは珍しかった浮き輪を巻いた西洋人形に、農家の少女はひと目惚れ。


 でも、教師同様に軍隊帰りだった父親に、買って欲しいとは言い出せません。

 毎日毎日飽きもせず覗いている小学生をお店の人はどう思っていたでしょう。


 ヨウコさんが六年生に進むまえに、ジョージくんのすがたは消えていました。

 鉄拳教師に代わって担任になった中年女性教師の、光るメガネも苦手でした。


 

 

      🌺




 あれから何十年も経ったある朝、とつぜんジョージくんのことを思い出したのは、古書を取り寄せた『小川未明童話集』の佳品「なくなった人形」を読んだからです。


 むかしとしては恵まれた家の庭で、ひとりのむすめさんが人形遊びをしています。

 そこへ通りかかったのが身体も着ているものも汚れた乞食(当時の表現)の少女。


 生まれてから愛らしいものを見たことがない少女の目は人形に吸い寄せられます。

 ただ一度、ほんのちょっとでいいから、手にしてみたい、この胸に抱いてみたい。

 

 とそのとき、ままごとに新しい草を摘んで来てやろうと思い立ったむすめさんが、人形を置いたまま立ち去ります……乞食の少女は駆け寄って人形を抱いていました。


 


      🌠




 あくる日、学校へ行ったむすめは、担任の教師にどうしたらいいか相談しました。

 少し考えた先生は「巡査に言いつけるか、堪忍してやるか」教え子に問いました。


 後者を選択した教え子の頭を、先生は「よい子だね」やさしく撫でてくれました。

 その夜、消えた人形を想いながら床に入ったむすめは前夜と同じゆめを見ました。


 貧しい小屋でボロにくるまった乞食の少女が人形をしっかり抱いて眠っています。

 そこに青い星の光がさしこんでいる……同じゆめを二晩つづけて見たのです。💧




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