第24話「解放軍司令」
ハーヴェンだけが、ノルトと違う道を歩まなければならなかった。
それは……
海軍魔法兵団の参謀として彼は勉学を続け、神殿魔法兵時代の鎚矛だけでなく軍人らしく剣術や銃を身につけたので、副団長が認める人材になった。
……ということはいまだに〈生きている器〉が成功出来ていないということだ。
ある日、兵団を退任する副団長によって、ハーヴェンが次の副団長に任命された。
今後は副団長の重責を?
いや、所詮は〈仮〉の役職なのだ。
もちろん書類整理の仕事は滞りなくやっておくが、彼にとっては閲覧出来る資料の格が上がっただけだった。
はっきり言って、海の魔法には興味が湧かなかった。
そんな中、副団長業務が慣れてきたと思われた頃、ハーヴェンが一つの計画に誘われた。
〈柩計画〉という。
かつて帝国の竜騎士団に敗れた魔法艦隊のために、発明した新型魔法艦を加え、竜に勝とうというこれもまた全く興味が湧かない話。
だが〈生きている器〉を調べてきて初めて、一つ気になる点があった。
召喚士本人は新型艦奥深くに眠り、霊だけ人型という擬似人間に乗り移らせて活動させ、海上で精霊を複数体使えるように核室を制御する。
霊を人型に乗り移らせる……
〈生きている器〉に似ているではないか。
ハーヴェンは思った。
〈蘇生〉のために生命を集めておける〈生きている器〉とは、この人型のことなのでは、と。
一つの仮説が彼の中で立つと、やる気が出てきた。
人型も〈生きている器〉同様、なかなか上手く進まなかったので力を注いだ。
人型五号がダメなら六号に。
六号がダメなら七号に、と諦めずに努力を重ねた。
そして二三号でついに人型が成功した。
新しい作り方が上手くいったようだ。
その作り方というと……
人型といえば霊であり、霊といえば死霊魔法だ。
とはいえ、強い術者が必要なのではない。
身体から離脱し、霊の状態で活動が出来る者であれば良い。
昔、師ユギエンから教わった降霊派の巫女だ。
巫女を捕らえてくるのだ。
それには時魔法使いと死霊魔法使いが要る。
過去へ飛び、降霊派が生きている時代に行ける時魔法使い。
降霊術に対抗できる死霊魔法使いも必要だ。
それがハーヴェンだった。
彼も過去の時代に飛び、降霊派の村へ行って巫女を攫ってくる——
死霊魔法の使い手であることを自ら明かすことになるのだが……
〈柩計画〉には他にも外法の使い手が参加しており、参加人の中で死霊魔法の使い手だと明かすことは特に珍しいことではなかったのだ。
早速、ハーヴェンと時魔法使いに護衛の魔法剣士たちが過去へと飛び、任務を果たしてきた。
攫ってきた巫女の少女は「リル」という名だったが、名前はどうでも良いのだ。
要するに巫女が人型として成功さえしてくれれば。
そして見事成功した。
参加人たちは喜んだ。
ハーヴェンも喜んだのだが、理由が皆と違った。
完成した人型二三号を見て思う。
確か〈蘇生〉は、破壊された遺体から復活させるのは大変だったはず。
そこでイリスレイヤそっくりに作った人型二四号はどうだろう?
人型をただの〈生きている器〉ではなく、そのまま生命をためておき、遺体として〈蘇生〉させるのだ。
彼女の造形ならハーヴェンが覚えている。
「……ようやく、だ」
まさにその呟きの通りだった。
新型艦のことではない。
もちろん〈柩計画〉にも協力するが、真剣にやるのはそこではない。
本命は人型だ。
二三号は人間の少女のように活動しているのだから、二四号には大きな期待が出来る。
その二四号にイリスレイヤの魂を入れ〈蘇生〉させれば彼女が復活する。
また彼の半ゾンビの身体もためておいた生命の力で〈蘇生〉させることが出来る。
「これだ! これなら出来る!」
彼の嬉しさは大きい。
〈生きている器〉から〈蘇生〉までの流れが完成した嬉しさだった。
……のはずだったのだが。
リーベル王国が帝国に滅ぼされてしまった。
そのせいで先述の通り、すべてがひっくり返ってしまったのだ。
〈柩計画〉の参加人は貴族が多く、すぐに計画からも王国からも国外へ逃亡した。
参加人の中には軍人もいたが、やはり貴族は貴族だった。
国内に残って帝国軍と戦ったのは僅かな者達だった。
本当はもう少しいたはずなのだが、参加人の軍人達は他の貴族同様、さっさと逃げてしまい、逃げ遅れた者がその僅かな者達という奴らだった。
ハーヴェンも逃げ遅れた者だった。
彼の位は副団長。
海軍魔法兵団では実質的には総司令官だと言える。
出世し過ぎたのだ。
兵団の中には小数だが魔法剣士隊のように勇猛な者がおり、帝国軍と戦おうと集まっていた。
こんな者達は、副団長として解散を命令すれば良かったのに……
ところが先手を打たれてしまったのだ。
先手を打ったのは兵団長。
平時、大人しく言うことに従っているはずの無能な王室団長た。
確か、エルミラ王女だったか。
眼中にはなかったので気に留めてはいなかった。
それ故に、立ち上がって魔法剣士隊の指揮を執った王女を止める術を用意しておけなかった。
結果、指揮を執って帝国軍と戦っている王女と、それを補佐しているハーヴェン副団長という形になってしまった……
ついに魔法剣士隊と王女は多勢の帝国軍に捕えられた。
副団長も途中まで戦いに加わっていたのだが、最後には姿を消していた……
こうして友だった三人は、それぞれ別の道を歩んだのだった。
アーレンゼールは国王になったが処刑された。
ノルトは教育係を帝国によって解任された。
ハーヴェンは王女の団長の武勇に巻き込まれ、魔法剣士隊に加わる羽目になってしまった。
帝国に逆らったことになる伯爵家は滅亡した。
一家と養子が平民に格下げで済んだのは奇跡と言えるかもしれない。
ハーヴェンは行方不明だった——が登場するのはもう少し後だ。
リーベル王国が滅んだ後はリーベル共和国になったが、これも帝国が滅ぼして帝国領イスルード州にし、州政府を置いた。
しかし州政府に反抗したリーベルの残党が旧市街の地下で立ち上がった。
解放軍という。
島内各地でも立ち上がっているが、正規の解放軍と言えるのは最初に立ち上がった彼らだけだ。
地下の解放軍でも幹部がおり、時々地上で活動していることがあるが、首謀者の司令は地下に潜んだままだ。
地下で忍耐強く、規律に厳しい。
その司令こそがハーヴェンだった。
***
地下解放軍、司令室——
ハーヴェンは司令室で一人、王女の巻貝を使って誰かと話していた。
巻貝というのはもちろん〈遠音の巻貝〉だ。
話の相手が誰かというのは簡単に推測出来る。
女将だ。
随分と久しぶりな相手だ。
当時の彼のことは気に入らなったが、いまの王女のことはお気に入りらしい。
今日捕らえたばかりなのに、女将の言い分によれば早速だが王女を解放しろという。
勝手なことを……
彼には王女の使い道があるのだ。
新王国建国に協力してもらう。
姫様はどうやら人型二三号と一緒らしいが、ハーヴェンが用があるのは二四号だ。
魔法に興味はないが、二四号には興味があった。
そのためには新王国を建国しようと考えていた。
あえて魔法に無関心な国を作り、陰でひっそりと二四号を完成させるのだ。
これならリーベル王国のように余計な呪物を製作しようとせず、二四号だけに専念出来る。
人型は難しいのだ。
解放軍司令などとの片手間でやれる作業ではない。
その専念出来る作業場作りのため、王女には総大将として頑張ってもらわねば。
かつて姫様は魔法剣士隊を率いて帝国に抵抗したのだ。
民衆に大人気の新王国女王になれることだろう。
だが、総大将として用があるのはそこまでだ。
二四号……いや、イリスレイヤが復活すれば、エルミラ女王には退位してもらわなければ。
その後はイリスレイヤこそが新王国女王だ。
真の勇者の末裔として、最初から然るべき地位についているべきだったのだ。
先程、王女を見る目が好色だと誤解されたが、とんでもない。
半ゾンビの身体では、女性に興味はない。
妻に興味が持てるようになるには、半ゾンビの身体を治さなければ。
聖なる神に嫌われたが、邪な外法の力を借りて成し遂げてみせるのだ。
妻のために。
イリスレイヤのために!
だからエルミラの解放を断っていたのだが、女将から外法のことを脅されてしまった。
いま外法のことが明らかになるのは都合が悪い。
仕方なく、王女を安全に解放することを承諾したのだった。
話が終わり、巻貝での通話を終わろとした時、ふと女将の通話が終わろとしなかった。
女将の話はあの時——彼が遭難したので、宿屋号で拾った時だ。
あの時、若い彼から闇の気配を感じ取っていたが、いまの彼は遥かに増大している。
女将の質問は、なぜ若い内にやめておかなかったのか。
人の道から外れているのに、と。
「…………」
黙って聞いていたハーヴェンだったが、何を言い返すのか?
いや、理由がどうあれ、外法に身を置いていることに違いはない。
女将に何と言われようと、いま死霊魔法をやめるつもりはない。
だから話を端的に纏めた。
「神に嫌われていたからだよ…… お元気で、女将」
「待っ……」
女将の話をこれ以上聞くつもりはない。
そこで巻貝を置いて、話を終わりにした。
置いた後、
「まあ、仕方があるまい」
ハーヴェンは溜息を一つ漏らした。
イリスレイヤ女王のため、エルミラ王女に新王国の基礎作りを頑張ってもらいたかったのだが……
あの王女ならば、民衆に人気がある。
しかし女将をいま敵に回すのはまずいので諦めることにした。
それにしても、すんなりと諦めたものだ。
国外へ逃亡していた王族は時々帰ってはくるが、こちらの言うことに大人しく従わない男性王族ばかり。
ようやくやってきた女性王族だったのだが、エルミラ王女が大人しくしている姫様ではなかった。
だからこれは女将の要望に負けて従ったのではない。
団長時代の武勇伝を姫様に地下解放軍で再びやられては困るので解放したのだった。
もう少し大人しい別の姫様が帰ってくるかもしれないし、どうしても現れる姫様が性格に難のある人物ばかりなら、リーベル王家の正統性を引き継ぐのは諦めよう。
その場合にはイリスレイヤがいる。
真の勇者の末裔だ。
問題の多いリーベルの王族より相応しいと民衆も受け入れるに違いない。
まだ二四号が用意出来ていないが〈柩計画〉の資料の内、人型に関するものが揃っているのだ。
あと少し読み進めていけば、独力で人型を完成出来るはずだ。
「まあ、いいだろう。エルミラ殿下にはあまり期待していなかったしな」
ハーヴェンがほくそ笑む。
彼の下ですべての準備が整いそうだった。
但し、地上の帝国軍を全滅させることが出来ればの話だが。
しかし彼は何も困っていなかった。
現在、州政府によってウェンドア内外で反乱を企てていた者たちが討伐されている。
各地の解放軍やリーベル市民達がだ。
地下解放軍司令にとって、味方が討たれているのは面白くない状況のはずだ。
なぜほくそ笑んでいるのか?
それは彼が死霊魔法使いだからだ。
外で解放軍が討たれたと聞く度、こう伝えていた。
「動くな」と。
そうだ。
常人がかけた言葉と死霊魔法使いがかけた言葉は違う。
それはただの言葉ではなく術者の呪文だ。
州政府によって亡くなった者がどれ位いるだろう?
あと、これから討伐される者がどれ程になるだろう?
彼らは動かぬ亡骸ではない。
死霊魔法使いの命令の下、眠っている亡骸なのだ。
ある日「目覚めよ」と一声がかかったら……
恐ろしい大軍だ。
ヘイルブルを思い出す。
それを思うと、呑気に反乱の討伐などやっている州政府に対し、笑みか溢れてくるのだ。
「あと少しだぞ。イリスレイヤ」
あと少しだった。
すべての帝国人を打倒し、新王国が完成した後は役立たずの旧王族を追放する。
その後は二四号を〈生きている器〉としてイリスレイヤを〈蘇生〉させるのだ。
半ゾンビの身体もあと少しで復活する。
彼は司令室を出て、死体安置所へ向かった。
安置所には、解放軍の規律を守らないので粛正した者が眠っている。
そんな場所に誰も用がなく、司令だけが入室していた。
兵士を統率する者としての戒めだ——ということだ。
誰もいない廊下で、安置所が近付くにつれてハーヴェンの呟きが聞こえてくる。
「肉肉肉肉……」
(了)
ファントムシップ ~セイジャ 聖なる魔と邪なる聖~ 中村仁人 @HNstory
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