合宿
視界の中を、のどかな田園風景が流れていく。
世はゴールデンウィークの真っ只中。俺たち探偵部も例に漏れず、宿泊先の最寄り駅を目指して電車に揺られていた。
俺たちが座っているのは四人がけのボックス席。正面には羽角がいて、隣には光輝が座っている。俺のことを蛇蝎のごとく嫌っている二井野は当然対角線上にいる。万が一にでも彼女が俺の近くに座ることはないだろう。
誰がこの合宿旅行を提案したのかといえば、意外なことにこの二井野であった。その提案に乗った羽角の熱量に押し切られる形、で今回の合宿旅行の予定が組み込まれたのだ。
これまでの経験則からして、二人だけの時間望んでいると思っていたため、最初に彼女からその言葉を聞いた時は耳を疑った。俺や羽角という存在は彼女にとって邪魔者以外の何者でもないと思ったからだ。
――どうやら羽角さん、玲奈に気に入られてしまったみたいだね
先日の光輝の発言が頭によぎる。この言葉を信じれば真に邪魔者であるのは俺だけということになる。羽角と旅行に行けないか、行ける代わりに邪魔者が混じるのとで、後者の方に天秤が傾いたということだろうか。メリットの大きさの前では、デメリットが霞んだだけかもしれないが。
「渡さん、温泉楽しみですね!」
俺と二井野の関係性を知る由もない羽角が、無邪気に話しかけてくる。
「そうだな」
今回の合宿のメインは地元でも有名な温泉に入ることだ。絶対に仲良くなれない人間がいる以上、親睦会というのはただの名目でしかない。
「喜んでくれたみたいでよかったよ」
「はい。私たちを呼んでくださってありがとうございます」
羽角は体を斜め横に向けて言った。
傍からみたら何様だよと思われる光輝の発言だが、事実その内容は正しい。八木沢家宛に送られた招待状に、タダ乗りさせてもらっている立場なのだ。
「僕の両親は仕事で行く暇がなかったから、腐らせる必要がなくなって、こちらとしても願ったり叶ったりだよ」
「そうよ。分かったら光輝に感謝しなさい!」
何故か二井野がふんぞり返って言う。
「そうですね。このような機会を恵んてくださった八木沢さんには感謝しかありません」
嫌味なく言い切る羽角に、二井野は目をぱちくりとさせて、次の瞬間大笑いした。
「ど、どどどうしたのですか!?」
「何でもないわ。やっぱりあなた良いわね」
目尻に浮かんだ涙を指で掬い上げながら、羽角の上半身を胸元に引き寄せた。情けない悲鳴が響く。
眼前で繰り広げられる寸劇を目をつぶることでシャットアウトした俺は、この先に備えて到着までの時間で英気を養うことにした。
◇
「見えてきましたよ!」
電車から無料のシャトルバスに乗り換えてしばし、屹立する山々を背後に立派な旅館が見えてきた。駐車場には多種多様な車が連なっている。温泉街の中でも特に人気のある旅館だけあって多くの人で賑わっているようだ。
バスを降りれば、温泉特有の匂いが香る。嫌いじゃない匂いだ。
玄関をくぐった俺たちはまず受付に向かった。光輝が名前と名前を告げると、すぐにカードキーが受け渡される。チェックインもチェックアウトもこれを機械と照合するだけで済ませられるみたいだ。
エレベーターで階を移動して、部屋の前にたどり着く。
「こっちが女子の部屋で、あっちが男子の部屋だ。カードキーは羽角さんに渡しておくから、くれぐれも失くさないように」
カードキーを羽角に渡しつつ、光輝は二井野の方を見ながら言った。色々と心当たりがあるのか、彼女はそっぽを向いている。
さすがに家族用の部屋を四人で使うわけにはいかず、二部屋に分けてもらっていた。
「準備が整い次第そちらの部屋に向かいますので、その時は鍵を開けてくださいね」
羽角はそう言うと、さっそく二人で部屋の中に入っていった。
「僕たちも行こうか」
「ああ」
カードキーをドアにかざした光輝は、慣れた様子で部屋に入っていく。後に続いた俺はまずその広さにド肝を抜かれた。
敷かれた畳の上に木製の机と座椅子があり、窓際の障子からは日光がささやかに差し込んでいる。その奥にはシングルベッドが二つ置かれており、見事な和洋折衷の空間を呈していた。直近の記憶にある修学旅行で雑魚寝した部屋とは雲泥の差だ。
「薄々思っていたが、高校生が使って良い旅館じゃないなこれ」
「一般客と同じように泊まろうとすれば、数ヶ月分のお小遣いが一日で吹き飛ぶだろうね」
光輝が奥側のベットに腰をかけたので、俺は手前ベッドに荷物を放り投げた。大したものは入っていないから気にする必要はない。
備え付けの電気ポットと急須でお茶を飲みながら、女性陣が来るのを待った。
十数分後、ドアがノックされてる音が聞こえた。鍵をかけていないのに気づいたのか、ドアが遠慮なく開け放たれる。腕を前に突き出した状態の二井野が姿を表した。その後ろで羽角はあわあわと慌てている。
「二井野さん、せめて声がかかるまで待たないとですよ!」
「いいのよここに来るのは最初から分かってたことじゃない」
靴を脱ぎ捨てながら二井野は我が物顔で部屋に乗り込む。
「ふーん、構造は同じようね。良かったわ」
もし比べて自分の方が劣っていたらどうするかは言うまでもない。
そのまま机の前までやってくると、俺の向かいにいる光輝の隣の席に腰を下ろした。少し遅れて、羽角も残りの空いている席に座った。
「レクリエーションは羽角に任せることになっていたけど、何するんだ?」
羽角は体の横に置いた巾着袋をガサゴソと漁り、取り出したものを机の上に乗せた。
「まず最初はトランプです!」
彼女が考えたにしては無難な選択だ。だれもが知っているルールのゲームが多いのがいい。
「何のゲームが一番いいでしょうか?」
「とりあえず、ババ抜きなんかがいいんじゃないかい?」
「私は何でもいいわ」
羽角の問いかけにそれぞれ思い思いの反応を返す。
「渡さんはどうですか?」
「最初だし簡単なやつでいいだろ」
真隣から名指しで聞かれた俺は判断を彼女に委ねる。全員の意見を聞いた彼女はすぐに決断を下した。
「ではババ抜きをやりましょう!」
ジョーカーを一枚抜き、全員に均等にカードを配っていく。それを静かに待つ光輝に対して、二井野は配られたそばからカードを回収してペアが揃うごとに捨て始めていた。
全てのカードが配られてしばらくして、準備が整う。
残されたカードは、俺が七枚、羽角が六枚、光輝が九枚、二井野が五枚といった具合だ。ちなみにジョーカーは俺の手元にはない。光輝はいつも通りの顔で、二井野は何を考えているのか分からない。羽角はといえば――非情に判り易い顔をしていた。
「俺が最初に引いてもいいか?」
みんなから同意が得られたので、さっそく羽角の手札を吟味していく。視線が向いているカードを選んだ。結果は見事にジョーカーだった。彼女の仕草はブラフでもなんでもなかったらしい。
選んだカードを手札の端にそのまま加えた。続いて伸ばされた光輝の手はそのカードを摘みとってしまった。これに対して光輝は手札をシャッフルすることで対応する。次の人にジョーカーの存在を察知されてしまう可能性があるが、俺や羽角に対しての妨害にもなる。
「私の番ね」
二井野は表情を変えることなくカードを摘み上げると、素早い動きで手札に混ぜた。注視していなかったのもあるが、選んだカードの行方は分からなくなってしまった。
最後に羽角が二井野からカードを取ることで手順が一周することになるが、手札に加えたカードを見た羽角は驚愕の表情を浮かべた。どうやら運の悪いことにジョーカーが一周して戻ってきてしまったらしい。
再び順番が回ってきた俺は今度は指先をカードの上辺に沿わして反応を探る。目線が向いていたカードに差し掛かった途端、劇的に表情が変わる。それを選ぶふりをして別のカードを抜き取ると、残念そうに頭を落とした。
その後の展開は単純だった。俺がジョーカーを避けて取れば何事もなく一周し、温情でジョーカーを選んでも、いつの間にか一周して再び羽角の手元に戻ってしまう。そうこうしているうちに、最初は一番枚数が多かったはずの光輝が上がってしまった。
「僕が一番乗りみたいだね」
二井野は光輝のカードを引くことができないため順番が飛ばされて、次は羽角が二井野のカードを引いた。このとき俺は一枚、羽角は六枚、二井野は二枚だった。ジョーカーは当然羽角の手元にある。
「あっ揃いました!」
羽角がカードを二枚捨て、残り四枚。悩んだ結果、俺はジョーカーを引くことにした。羽角がそのまま負けてしまうよりは、その方が面白みがあると思ったからだ。それにコイツと直接対決できる。
現在それぞれの残り枚数から、俺と二井野の持っているカードが被っていないことが確定している。つまり、羽角がジョーカーを持っていれば確実に分かる以上、ここでジョーカーを相手に引かせれば俺の勝ちが確定し、逆に二井野がジョーカーを避け続ければ、俺の前けが確定する。
羽角からジョーカーを引くことに成功した俺はここで初めてカードをシャッフルした。確実に二井野は俺がジョーカーを持っていることに気づいているはずだ。ここで二井野がジョーカーを引く確率は二分の一だが、心理戦が入る余地は多く残っている。
俺はジョーカーのカードを持ち上げて、高い位置に置いた。これを取ってくれと言わんばかりの行為である。
「ばかね」
二井野は嘲笑を浮かべ、当たり前のように反対のカードを取った。勝負は二回戦に持ち込まれる。
次は羽角がどのカードを選ぼうとペアができるのが確定しているが、羽角は真剣に一枚抜き取って数字が揃ったのを確認すると、大きく喜んだ。これまで不自然なほどにジョーカーが手元に戻ってきたのだから、喜ぶのも無理はない。
羽角の手札から適当なカードを抜き取って手のひらに置き、二枚重ね合わせたカードをそのまま相手に差し出した。相手目線、新しいカードを上から置いたのだから外側のカードがジョーカーであると考えられるのだが、俺はカードを重ねる瞬間、手品のようなものを使い、お互いを入れ替えていた。これを二井野が見破っているのかが全ての分かれ目だ。
「ずいぶんと姑息な手を使うわね」
どうやら二井野はめざとく俺の引っ掛けを把握していたらしく、外側のカードを抜き取ってしまう。当然数字が揃い、二井野の残りカードは一枚。最後に羽角が残ったカードを引いて、二井野が上がると同時に、羽角のカードも全てなくなり、俺の負けが確定した。
◇
「ねえ、何かをかけて賭けてやらないかしら。刺激が足りないないわ」
ゲームを始めてからすでに小一時間ほどが経ち、羽角が一位で終わった大富豪のカード回収を光輝がしている最中、足を投げ出した二井野は天井に向かってぼやいた。
「お金はダメですからね!!」
「分かっているわよ」と憤慨する羽角をなだめつつ、彼女は更に要求を重ねる。
「光輝ぃ。実力勝負のやつで何か良いのないかしら?」
「うーん、ウミガメのスープなんてのはどうかな? 推理がメインだし探偵部にぴったりだと思うんだけど」
「いいですね!」
光輝の出した提案に、羽角は飢えた魚のごとく食いついた。
「こうしましょ。一番早く正解した人は、何でも一つ願い事を言う権利が得られるのよ」
二井野はすかさず自らの要望を採り入れる。
「渡さんもそれでいいですか?」
「ああ、任せる」
全員の了解が得られたところで、光輝が切り出した。
「僕がお題を出す役をやっていいかい? 一つオリジナルの問題を思いつたんだ」
「賛成ね ずるもできないし、まさに実力勝負だわ」
見聞きしたことがある問題が出た場合、一部が有利になってしまう。自己申告でもいいが、全員が完全初見となるオリジナルのものなら確かに公平だ。
「どんなものなのかおさらいしておくと、ウミガメのスープとは一般的な名称でシュチュエーションパズル、水平思考パズルとも呼ばれていて、とある有名な問題がその名前の由来となっているね」
光輝はそう言うと、文を詠唱した。
『ある男が、とある海の見えるレストランで「ウミガメのスープ」を注文しました。しかし、彼はその「ウミガメのスープ」を一口飲んだところで止め、シェフを呼び出しました。
「すみません。これは本当にウミガメのスープですか」
「はい……ウミガメのスープに間違いございません」
男は勘定を済ませ、帰宅した後、自殺をしました。何故でしょう』
「参加者はYESかNOか関係ありません、で答えられる質問をして、問題の結末を推理していくんだ。ちなみにさっきの問題の正解は『男はかつて数人の仲間と海で遭難し、とある島に漂着した。食料はなく、仲間たちは生き延びるために力尽きて死んだ者の肉を食べ始めたが、男はかたくなに拒否していた。見かねた仲間の一人が、「これはウミガメのスープだから」と嘘をつき、男に人肉のスープを飲ませ、救助が来るまで生き延びさせた。男はレストランで飲んだ「本物のウミガメのスープ」とかつて自分が飲んだスープの味が違うことから真相を悟り、絶望のあまり自ら命を絶った』だよ」
言葉をそこで区切り、また続ける。
「一筋縄ではいかなけど、質問を繰り返して真相にたどり着いていくのがこのゲームの肝だね。じゃあさっそく始めようか」
光輝は部屋に備え付けのメモ用紙に何かを書き出していく。全て書き終えたのか顔を上げると、紙の表をこちらに向けつつ、なめらかに話し始めた。
『とある小学生の男の子は、放課後の日直の仕事を終えて自分の下駄箱を開くと、そこに手紙が入っているのに気が付きました。少年は一度手紙を手に取ったが、持ち帰ることなく下駄箱に入れ直して、そのまま帰ってしまいました。何故でしょう』
「あ、間違えたらお手つきとして自分以外の誰かが答えるまで回答を禁止にさせてもらうよ。そうじゃないと言ったもの勝ちになってしまうからね。質問は手を上げた人から答えていくよ。はいスタート」
最初に手を上げたのは羽角だった。
「手紙とはラブレターのことですか?」
「YES」
続けて質問する。
「その時点で少年はラブレターだと知っていましたか」
「YES。少なくとも少年はラブレターだと判断していたよ」
「はい。答えが分かりました!」
早すぎる気がするが、耳を傾けておく。
「彼はラブレターを貰ったのが始めてで驚いてしまって、思わず見ないふりをしてしまったんです」
羽角はそれが正解だと信じて疑っていないようだ。現にもっともらしい回答ではあるが、
「残念。不正解」
こいつがそんな単純な問題を出すはずがない。そもそもウミガメのスープとは無数に広がる選択肢を質問を重ねて正しい答えに導いていくものだ。こんな簡単に正解されては、たまったもんじゃない。
二井野はまだ思案に暮れている様子。そこでひとつ気になったことを聞き出すことにした。
「この問題は光輝の実体験に基づくものか?」
「関係ありません」
この『関係ありません』は答えに関係がないという意味で間違いないが、俺には別の考えが浮かんでいた。あの人をおちょくるような表情。間違いない。
この問題は――俺の昔の話だ。
◇
質問とそれに対する回答が何度もこなされていく。
「少年はラブレターの送り主を知っていたのかしら?」
「YES」
「日直の仕事は回答に関係がありますか」
「NO」
「少年に彼女はいましたか?」
「NO」
この問題の答えが俺の記憶と正しいのなら、正攻法で答えに辿り着くのは厳しいと言わざるをえないだろう。出題者の性格からして俺の誘導を前提としている節が感じられる。よってここは全体の議論を一歩前に進ませる情報が必要だ。
「少年が手紙を取り出した下駄箱と、戻した下駄箱は同様のものか?」
「NO」
ひっかけ問題のようなものだ。どこにも二つの下駄箱が同じところであるとは書かれていない。これは想像力を働かせるだけでは導き出せないだろう。
ボトルネックが取り外されたことで一気に推理が加速していく。
「別の人の下駄箱に入れたということは、宛先が少年に向けたものではなかったということでしょうか……」
羽角が頭をフル回転させる中、ここにきて二井野は大きく動いた。
「質問よ。少年と少年が手紙を入れた下駄箱の持ち主は友達同士だった?」
「YES。お互いのことはある程度知っている仲だったよ」
その流れで回答を口にする。
「『手紙の送り主は勇気を振り絞って、思い主の下駄箱へ手紙を入れたが、そこで痛恨のミスをしてしまった。彼女が手紙を入れたのは思い主とは別の人、この問題に出でくる少年のところだった。しかし幸運なことに少年は思い主と仲が良かったため、送り主の名前を見るだけですぐに宛先が間違っていることに気づき、本来の届けられるはずであった彼女の思い主の下駄箱の元へ手紙を入れ直した』――どうかしら」
二井野の口ぶりは、言葉に反して、自身の回答に期待しているように聞こえない。状況整理も兼ねて、仮の答えを作り上げたのだろう。
「近づいてきたけど、まだまだ正解はあげられないね」
光輝から正否が言い渡されても「そう」と呟くだけで、すでに思考の海に浸かり始めていた。
何度目と知れない沈黙の時間。
俺は次なる一手を考えていたが、よくよく考えれば、この状況は二井野へ一矢報いるチャンスだ。
彼女はお手つき状態にあるため、質問をノーリスクで行えるからだ。いくら核心に迫る情報が出ようと、その間彼女は手足を出すことができない。
これを利用すれば、正解を知る俺がそこに辿り着くまでの過程を、質問を繰り返すことで自然に演出できる。無論答えるのは俺でなくてもいい。まあそのためには羽角の協力が必須なのだが。
「質問、いいですか」
「もちろんさ」
手を上げた羽角だが、なにやら様子がおかしい。小刻みに腕を震わせている。まるで何かに怯えているかのように。
「別の下駄箱へ手紙を移したのは故意ですか」
「YES」
「では――手紙の宛先は問題に出てくる少年で間違いないですか?」
「YES」
その答えを聞いた途端、羽角は身を縮こまらせて口元に両手を当てた。
羽角が何に感化されているのか俺はその時気づいた。
彼女は自らが導き出した答えについて怯えているのだ。そしてその答えが正しいものであるという確信も含めて。
「……渡さん」
こちらを見て、俺の名前を呼ぶ。
「わたし、とても悲しい答えを思いついてしまいました。これを口に出していいのでしょうか」
「問題は答えとセットで一つだ。答えてはいけない理由なんてない、そうだろ」
いちおうは頷いたが、どこか晴れない表情のまま羽角は口を開いた。
「答えはこうです。『少年は下駄箱から出てきた手紙の見た瞬間、持ち主が誰であるか一瞬で気づきました。日頃から好意を向けられている人物がいたのです。ですが少年が心動かされることはありませんでした。それどころか奥底で煩わしいという感情があったのです。そこで少年はこう考えました。このラブレターを誰かになすりつければひとまず事態は解決できると。よって知り合いで女子からモテるクラスメイトの下駄箱に手紙を移したのです』」
羽角の答えを聞いた光輝は感嘆の息を漏らした。
「お~正解だよ。よくわかったね、こういうのは二井野が思いつきそうなものだと思っていたんだけど」
「ちょっと何よそれ! それでも私の彼氏なの!?」
心底同意できる光輝の感想に二井野は憤慨する。てっきり恋は盲目で二井野の性格を把握していないのではと疑っていたため、ある一種の安堵を覚えた。
軽い言葉の応酬を繰り広げる二人に、羽角は話しかける。
「あの八木沢さんっ。正解できたのは嬉しいのですが、この問題の解説とかはできたりしませんか。その……あまり好ましい結末ではなかったので……」
「問題ないよ。一応このあと何も知らない少年の友達が手紙の持ち主のもとへ赴く展開なんだけど、いきなり相手の女の子が泣き出しちゃっていろいろと有耶無耶になってしまったっていうのがことの顛末かな」
「やけに具体的なんですね」
「あ、えーとまあ作ったストーリーラインをもとにこの問題を作ったからね。そっちの方がリアリティーがでるかなと思って」
光輝は頭の裏をわざとらしく掻く。
「おしゃべりはその辺にしてそろそろ風呂に入らないか? 混んでいるときよりは、空いていた方が存分に楽しめると思うんだが」
俺は三人に提案した。
「たしかにそれはいいですね。露天風呂で手足を伸ばしたくなってきました!」
「ついに夢来ちゃんの素肌が拝めるのね」
いつものごとく無視されるのかと思っていたが、二井野は羽角の体にご執心のようだ。というか夢来ちゃんというあだ名がいつの間にかついている。
「じゃあお互いに準備を始めようか。あと、羽角さんはさっきの問題の報酬を考えておいてね」
「勝った人が負けた人になんでもお願いできるというものですよね?」
忘れかけていた。ひとまず二井野の手にその権利が渡らなかったのを喜ぶほかない。
「私が考えてあげてもいいわよ」
つかさず割り込みをしようとする二井野を光輝が手で制した。
「内容について口出しするのは禁止だ。自分が言ったんだから何を言われてもちゃんと守らなきゃだめだよ」
「もー、わかったわよ。何も言わない、これでいいんでしょ。夢来ちゃんいきましょ」
「わわっ、ちょっと待ってください」
拗ねた素振りを見せながら二井野は羽角の腕を引っ張って部屋から出ていった。だがトランプといった荷物はそのままだ。まああとで送り届けるかすればいいだろう。
「僕らも行こうか。浴衣はそこのクローゼットにあるからバスタオルと一緒に持っていくと困らないよ」
「光輝、なんのつもりであの問題を出したんだ?」
女子陣がいなくなったのを皮切りに俺はさっきのことを問い詰めることにした。
「それはどういうことかな?」
「明らかに問題の答えが場にそぐわないだろ。それに何よりも俺がその答えを知っているのが問題だ」
別にあの問題の主人公のモチーフが俺だとバレても構わない。いちいちそんなことで喧嘩になるような間柄でもない。問題が不公平であった、俺が言いたいのはそれだ。
「だからだよ」
光輝は不敵に微笑んで言った。
「もっとも、そんなお膳立てはする必要がなかったみたいだけどね」
この言葉の意味がわかったのは、夕食の際、再び四人で会ったときのことだった。
学校生活における探偵の必要性について 寄辺なき @yoruyorube
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