ホワイトバレンタインをあなたに

神木駿

渡したい気持ち

 あなたのその青みがかった瞳が大好きです。


 あなたのその春風のように穏やかな声が大好きです。


 あなたのその雪のようにやわらかな雰囲気が大好きです。


 だから……


 今日はバレンタイン。甘い匂いに誘われて、甘い気持ちが飛び交う。


 チョコレートの色とは真逆の色が足元に降り積もる。


 冷たい雪は溶かされる前に固まっていく。


 そして今、私の目の前には好きな人がいる。


 言葉を紡がなきゃいけないのにどうしても言葉が出ない。


 バクバクと脈打つ鼓動はおさまることを知らない。今にも口から心臓が飛び出してしまいそうだ。


「どうしたの?」


 あなたは分かっているはずなのに知らないフリをする。


「あ…の……」


 あなたに向ける言葉は浮かんでいる。けれどやっぱり紡ぐことができない。


 その言葉を口にしてしまえば、何かが変わる気がした。


 変わるのが怖くて音にすることができない。


「大丈夫?」


 あなたの言葉は優しくて、冷たい雪と私の耳に落ちていく。


 あなたのちょっとした仕草で私の心臓は跳ね上がる。


 後ろに隠してある包み紙を潰してしまうのではないかと思うぐらい手に力が入る。


 私は上目遣いであなたを見上げる。


 私の目に映る不安をあなたは察して


「いいよ。いくらでも待つ」


 優しげな瞳と少し笑って放つ言葉はやっぱり大好きだ。


 全てを見透かしているようなその笑みは、まるでいたずらをした子どものようで。


 私は深呼吸を一つする。真っ白な息が私とあなたの間を埋める。


 そして私は言葉を紡ぐ。


「あなたのその青みがかった瞳が大好きです。


 あなたのその春風のように穏やかな声が大好きです。


 あなたのその雪のようにやわらかな雰囲気が大好きです。


 だから……」


 ただチョコレートを渡すだけにしようと思ってた。


 あなたの笑みを見るまでは。


 あなたの笑みが私の言葉を引き込む魔法のようで、いつの間にか口から紡いでいた。


「だから?」


 またしてもあなたは魔法の笑みを浮かべる。その笑みに私もまた惹き寄せられる。


「だから……これ、受け取ってください」


 私は俯きながら後ろに隠していたピンクのリボンがついた包みを渡す。


 わけが分からなくなるほど心臓が高鳴る。


 もうこのまま死んでしまうのではないかと思うぐらい頭が真っ白になる。


 時が止まったかのような静けさが心臓の音を大きく拾う。


 あなたは今、どんな表情なのだろうか。見上げることのできないもどかしさがむずがゆい。


 私の手にあった少しの重さが無くなった。


 そこで私はやっと顔を上げた。


 あなたは私が持っていたもので表情を隠している。


 どんな表情をしているのか見てみたい。


 私はそっと横から顔を出して覗き込む。


 雪の白さであなたの頬の紅さが際立っている。


「えっと…ありがとう。でも顔は見ないでほしい」


 覗き込む私に見えないように手で顔を隠す。


 さっきまでのいたずらな笑みは消えていて、少し恥じらいながら浮かべる笑みは初めて見た。


 その表情も大好きだ。


 私はあなたが向けたいたずらな笑みをあなたに返す。


 あなたは少し不服そうな顔をしたけれど、すぐに微笑み返してきた。


 不意に向けられた笑みに心臓が強く鳴る。


 もう今日だけで何回強く鳴っただろうか。数える余裕もない。


「じゃあ、一緒に帰ろうか」


 あなたは右手を差し出し、私をエスコートする。


 白銀の世界で渡せた気持ちは、二人の糸を固く結んだ。

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ホワイトバレンタインをあなたに 神木駿 @kamikishun05

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