マカロナージュが分からなーじゅ

碧月 葉

わからなーじゅな恋心

>マカロナージュが分からなーじゅ!

 help‼︎


 来週に迫った期末テストの勉強を始めたものの理系科目に入るとグッとペースが落ちた私は、ベットにゴロンと転がっていた。

 こんがらがった脳みそを解すと自分に言い訳しながら、スマホで読みかけのWeb漫画を開いたタイミングで、絵茉えまからメッセージが届いた。


 

◇◇◇


 

 絵茉の家に玄関に入った瞬間、甘く香ばしい匂いが漂ってきた。

 

菜々なな〜ぁ。どうしても上手くいかないの」


 涙目の絵茉に連れられてキッチンに行くと、皺の寄った煎餅のような物体が並んでいた。


「明後日の告白に使うマカロンなんだけど…… 全然膨らまなくて」


 絵茉は、ぺしゃんこのマカロンを恨めしそうに見た。


「マカロン……随分と難易度の高いお菓子を選んだねぇ」


「簡単なのだと友チョコと変わんなくなっちゃう。本命だもの特別感を出したいでしょ」


「うーん……。相手は旭陽あさひだよね。彼ならこのマカロンでも喜ぶと思うよ、なんなら板チョコでも良いくらい」


 穏やかな笑顔の野球部の副キャプテンを思い浮かべてアドバイスしたのだが、絵茉は腕を組んでため息をついた。


「菜々は男心を分かってない。お互い好意を持っていたとしても、分かる形にして『あなたが特別』ってちゃんとやらないと伝わらないんだよ」


「そういうもの?」


「そういうもの」


 私なら、絵茉から特別な「好き」が貰えるなら他に何もいらないと思うけど……とまあ、そんなセリフは表に出せる訳もなく、私は気を取り直して平らなマカロンと向き合った。



「で、これはマカロナージュに問題ありだね」


「やっぱりそうか。お菓子作りの動画サイトを見ても、マカロナージュが分からなーじゅなのよ」


 絵茉は肩をすくめた。


 そう、マカロンは難しい。

 卵白と砂糖とアーモンドの粉を使った焼き菓子で、材料こそシンプルなのだが、作り方は独特だ。

 特にマカロナージュの加減は微妙で、お菓子作りが趣味の私も過去に何回も失敗している。


 ちなみにマカロナージュとは卵白を泡立てて作ったメレンゲに粉を加えた後、今度はその泡を潰す作業のことだ。

 生地を潰しながら混ぜることで、泡が均一にし生地の固さを調整するために行うのだが、足りなくてやりすぎても大きく出来に影響する。


「絵茉のこれはマカロナージュのやりすぎだね。泡が潰れすぎちゃって膨らまなかったんだよ。多分、少し足りない位で丁度いいと思うよ。もう一度一緒にやってみよう」

 

 エプロンを着て髪を束ねた私たちは、マカロン作りに取り掛かった。


 先ずは卵白をしっかり泡立てて、砂糖を何回かに分けて加え固いメレンゲに仕上げていく。

 メレンゲができたら、振るっておいた粉類をさっくり混ぜる。

 メレンゲと粉が馴染んだら、いよいよマカロナージュ!

 ヘラを使って生地の泡を丁寧に優しく潰していく。


「ねぇ、このくらいかな?」


 20分位過ぎた頃、生地を掬いあげた絵茉が、首を傾げた。

 絵茉の手元からは艶々した生地がリボン状にとろとろと垂れていく。


「うん、良さそうだね」


 出来上がった生地はクッキングシートを敷いた天板に丸型に絞り、1時間ほど乾燥させる。

 そのあと漸く160度に予熱したオーブンに入れるのだ。

 6分ほど焼くとマカロンの底からフリル状のものが出てきた。


「いい感じにピエも出てる。これは成功だね」


 焼け具合を確認した私たちは、オーブンの扉を開けて熱を逃した。

 130度ほどに下がった所で再び扉を閉めて今度は10分ほど焼く。

 

「やった! ちゃんと可愛く膨らんでいるよ」


 焼きあがった生地を見て絵茉が歓声をあげた。


 生地を冷ます間、私は絵茉が作っていたガナッシュの味見をした。

 スプーンですくってパクリとすると爽やかな甘さが口いっぱいに広がった。


「絵茉、これ美味しい。コアントロー(オレンジリキュール)を入れたの? オレンジの良い香りがする」


「分かる? 実はオレンジ果汁も加えたの。会心の出来だと思わない? このガナッシュがあったから、どうしてもマカロンを完成させたかったの」


 絵茉の顔が輝いた。

 彼女は日頃から料理をする方ではないから、きっとレシピを色々調べて頑張って作ったのだろう。


 生地が冷めたらガナッシュをたっぷりと絞り、組み立てたらマカロンは完成だ。


 紅茶を飲みながら、いざ試食した私たちは目を合わせて頷いた。

 表面ぱりっと、中はもっちり。オレンジ風味のガナッシュとも相性はバッチリな一品にが出来上がった。

 

「すっごく美味しい。菜々、私たち天才だ」


 マカロンを頬張る絵茉の幸せそうな笑顔に、私の胸の奥がキュッとなった。


「大成功だね。その辺のお店のより全然イケてる。冷蔵庫で寝かせたら生地がなじんでもっと美味しくなるよ。旭陽、きっと泣くねこれは」


「本当にありがとう。今度菜々が恋をして誰かを好きになったら、私も全力でサポートするね」


「…… 恋ねぇ、絵茉の出番は当面無さそうだなぁ。それよりさ、数Bで行き詰まった所があるから解き方を教えて欲しいんだけど」


「え、どこ?」


「『直線と平面の交点の位置ベクトルの求め方』……もう訳分かんない」


「ふふ、そんなので良いの? 教科書と参考書持って来るからちょっと待ってて」



◇◇◇



 窓の外を見ると、ちらちらと雪が降り始めていた。

 温かい部屋の中、直ぐ隣に絵茉がいる。


 恋ってさ、何だろうね。

 中学の頃から、私の一番好きな人は絵茉だよ。

 この「好き」は何なんだろうね。

 こんなに好きだと思うのは今まで生きてきて絵茉しかいない。


 明後日の絵茉の告白は成功するだろう。

 そもそもマカロンなんかなくても、旭陽はO.K.するに違いない。

 見ていれば分かる。2人はどう考えても好き同士で今だに付き合っていないのが不思議な位なのだ。

 

 絵茉に男を見る目が無ければ、思いっきり妨害してやろうと思うんだけれど、旭陽あいつはちゃんと人に優しくできるいい奴なんだよ。


 痛いなぁ…… 胸。

 

 このが愛おしい。

 絵茉といると胸が高鳴る。

 絵茉に触れると胸が切ない。

 絵茉が他の誰かを好きだという現実が重く心を押しつぶす。

 これが恋でないのならば、本当の恋とはどれほど苦しいものなのだろう。

 一体、友情と恋情の境目はどこからなのだろう。


「分かんないなぁ」


 ポロリと溢れてしまった言葉に絵茉が反応した。


「え、分かんない⁉︎  だから、ここではね、adcは同一平面上になくって、どの2つも互いに平行じゃないんだよ」


 ごめん、絵茉に見惚れてベクトルの話きいてなかった。


「…… わからなーじゅです……」


 私が誤魔化すように言うと絵茉は爆笑した。


「……菜々、これじゃまた赤点になっちゃうよ。大分最初っから躓いてる。仕方ないなぁ、前に戻るよ」


 熱心に数学を教えてくれる絵茉。

 これはこれで幸せな時間だ。


 もし、私が男だったなら絵茉の全てを手に入れることができたかもしれない。

 そう思う日もあるけれど、もし私が男だったらきっと彼女が誰かに恋した瞬間にこの距離はあり得なくなるだろう。


 胸を焦がすこの思いが恋情だとするならば、早く消えて欲しいと願う。

 

 そして、友情が恋情よりも長命である事を願う。

 いつか、もっと安らかな気持ちであなたの側に居たい。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マカロナージュが分からなーじゅ 碧月 葉 @momobeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説