第47話・龍神様

 神殿に到着した私とクロは、とある大きな空間に案内された。ここはエトニシアの端っこで、深い海に面した扇状の陸地。

 どうやらここで龍神様と話せるらしく、普段であれば警備が着いているのだとか……しかし、今回は龍神様の希望で外してもらうことになった。


「えっと、ここで待っ……」


 クロに話しかけようとしたその時、突如として海が盛り上がった。


「え、え!?何!?」


 現れたのは巨大な龍の姿。

 微かに光を点した鱗と美しい毛並みが、遠くからでもその存在感を嫌という程放っている。


「待たせてしまった。本当に申し訳ない」


 そんな声が頭の中に届く。


「んえ……?」


 この感覚には覚えがあった。

 今ではずっと昔のようにも思えるけど、絶対の確信を持って言える。それは、私がこの世界に来る前に出会った神様と話した時と同じものだった。


「貴方が……龍神様?」


 距離が遠くて聞こえるかな?と心配しつつ、恐る恐る質問をする。


「ああ。そう呼ばれている」


 そう言いながら龍神様は海を進み、隠されていた体を宙に浮かせて近付いてくる。

 その神々しさは恐ろしさをも覆い隠し、その神秘的な姿はまさに龍。

 そして、その大きさは今まで見たモンスターの何よりも巨大で、海で出会ったモンスターですら見劣りしてしまう程だった。


「私に話したいことがあると」


 私はその言葉でハッとした。

 そうだった、聞かないといけない事があったんだ。


「私の両親のこと……!教えて下さい!」


 龍神様は黙り、僅かに空を見上げ、しばらくしてからゆっくり語り始めた。


「どこから話したものか……ああ、そうだな。私は君の両親に救われた。私はあの二人に全てを捧げると誓ったのだ。きっと、他の二人も同じ考えだろう」


 二人……というのは昔話で登場した人物のことなのかな?うう、聞きたいことが多すぎるけど、とりあえず龍神様の話を聞いてみよう。


「あの二人は別の世界からやってきた……それを転生者と呼ぶのだが、神々に選ばれた二人は特別な力を与えられ、人々から勇者と呼ばれるようになった」


 私は事故で死んじゃったから……私は転生者ってことになるの?私と両親以外にも居るってこと?


「その認識で間違いない」


「……読めてるんでしたね」


 プライバシーの侵害……とまでは言わないでおこう。


「ああ、君の……両親が亡くなった際に神々の力の一部を私たちが継承した」


 なるほど……よく分からない。


「二人はどんな力を?」


 話を聞く限りでは、圧倒的な力ってイメージしかできない。


「あの二人が神々から与えられた能力は未来を認知する力。いわゆる未来予知といったところか」


 未来予知……?


「そう、二人は君がここ来ることを知っていたのだ」


「私を……」


 龍神様は顔を近付け、目を細めて私の目を見る。まるで心の内を覗き込み、全てを汲み取るように。


「二人はよく私達に家族の事を話してくれたよ、特に幼かった君の事とをね。私達が居なくて大丈夫なのか、生きていけるのか、それだけが心残りだと言うように」


 その言葉は深く、私の心の何かを満たしていく。


「そう……」


「元の世界に戻る方法を模索していたようだが、結果は見ての通りだった」


 何かを求めていた訳じゃないのに、目元が熱い。


「じゃあ……それなら……」


「私達は待っていたんだ。君がこの世界に転生することを」


 心のどこかでぽっかりと空いてしまった大穴が、ゆっくりと埋め尽くされる感覚。

 同時に喉に何か熱いものが込み上げ、つっかえてしまう。


「君はずっと愛されていたよ」


 私は両手で顔を抑え、声にならない嗚咽が小さく漏れる。

 やがてふらつき、倒れそうになる私をクロが支えてくれる。


 両親が私を捨てたなど、ありえないと知っていた。

 ただ、生きていて欲しかった。

 まだ幼く、両親が消えたあの日から。

 眠る毎に両親の姿を夢想するように。


 ただ、普通に愛して欲しかった。



 ああ……私はあの頃から変わらない……本当に、ずっと子供だった。







 静寂が世界を包み込む。


「ごめ、ごめんなさい……」


「いいや、構わないよ」


 忘れていたが、この龍神様は王様なのだ。あまり時間を取ってしまうのはあんまり良くない。

 そして冷静になって考えてみると、そんな王様の前で泣いてしまうなんて……死ぬ程恥ずかしい。


「気にする事はない……とは言えないな。さて、最後に私の話も聞いて欲しい」


 そうだった、龍神様が私に話したいことがあるって言ってたね。


「良ければ他の二人の国にも行って欲しい。これは私の願いであり、強制するつもりは無い。それでも、あの二人にも見せたいのだ」


「見せたい?」


 そんな私の疑問に、龍神様がニコリと笑ったように見えた。


「君は両親と実に似ている。顔は冬華様と似て美しく、瞳の奥は弥一様のように透き通っている。親子だとひと目見て分かったよ」


「そっか……」


 水面に映る私自身の顔を見る。

 いつも通りの見慣れた顔が映ってるけど、ほんの少しだけ表情が明るくなった気がする。


「急がなくてもいいのだが……」


「ううん、行くよ。私もこの世界を見たいから」


 それと、私はまだ旅を続けたい。

 私には新しい家族もいるんだよ。

 そう思いながらクロを撫でる。


「ガゥ……」


 こんにゃろう、可愛いよ。


「感謝する」


「私こそ、ありがとう。二人の事を教えてくれて、二人に出会ってくれて」


 そして、別れる前に龍神様から他の国について詳しく教えてもらった。


 一つ目は雪国、ヒョウ国。

 そこに君臨するのが不死様と呼ばれている、私の両親と共に旅をした三体の内の一体であり、両親がこの世を去った際に不死鳥に成ったのだとか。

 しかし、龍神様のように国を統治していると言うよりは守り神のような存在らしい。

 そして、その国には二人が惚れた絶景があるのだとか。


 そして二つ目の国はリーテ。

 元々、鬼と呼ばれる種族の一体が鬼神様として存在するらしい。

 特に、その国は美しく宝に例えられたことから宝国と呼ばれるようになって、その所以は四季がある唯一の国だからなんだってさ。


 距離はヒョウ国の方が近いらしくて、リーテはかなり遠いらしい。それでも数年に一度は交流があるらしく、三国の仲は非常に良いのだとか。


 それ聞いたら、もう行くしかないよね?

 雪国なんて見た事ないし、その絶景も凄く見てみたい。

 それと宝国、そんな大層な名前を付けられると見てみたい好奇心が抑えられない。それに四季だよ!?四季!!


「ありがとう、行ってみるよ」


 初めは敬語だったんだけど、いつの間にか崩れた言葉遣いになっていた。

 王様相手に失礼だとは思うけど、何となくそうした方が良い気がしたんだよね。


「ああ、実に楽しい時間だったよ」


 私は抑えきれないワクワクを包み隠さず、龍神様に別れを告げて神殿を出ることにした。




 それから五日後、エトニシアを満喫した私とクロは再び旅に出ることを決めた。


 そして第一の目的地は雪国、ヒョウ国に決定。

 理由は特にないんだけど、エトニシアと宝国リーテの直線上にあるらしいのでヒョウ国に決めた。


 この五日間でお世話になった人や旅館の人、顔見知りになった兵士さんや神官さんにも別れの挨拶を済ませ、私はエトニシアを出た。


 


 そして久しぶりにクロの背中に乗り、空を飛行する。長い間お世話になったエトニシアともこれでお別れってことだね。

 少しだけ寂しいけど、同時に新しい出会いを求めて心臓がうるさいくらい高鳴ってる。




 龍神様に教えられた通り南に進んでいくと、松の木に似た木々が連なる森が広がっている。

 空を飛んでいるなら問題ないんだけど、普通の木よりも曲がりくねった形をしているので見通しが悪く、野営する時は大変そう。


「モンスター見かけないね」


 リセルからエトニシアに向かった時も思ったけど、この大陸はモンスターの数が少ない……というか、一切見かけない。

 いやいや、油断するのは危険だよね。気を引き締めよう。


「少し進んだら雪が見えてくるんだってさ」


 雪国なので当然と言えば当然だけど、分かりやすい目印があるのは安心だね。

 ちなみに、ヒョウ国は超巨大な洞窟のような場所にあるらしいので、そう簡単に見逃すことは無いと思う。

 心配なので更に問い質したところ、絶対大丈夫と言われたので納得した。


 え、そんな服装で大丈夫かって?

 当然!冬服は買ってありますとも!ま、クロは裸だけどね!


「ガゥ……」

 

 ポンポンと背中を叩く冬服バージョンの私に、クロはしょんぼりとした声を上げる。

 とまあ、そんなことを考えながら数時間。松の森を抜けて平原に出た。

 クロの背中から見る視界一面に平原が広がっており、小山が波のように連なっている。


「そういえば、ヒョウ国までの距離は数日くらいって言ってたよ」


「ガル」


 クロが飛んで数日ということはかなりの距離なので、覚悟でもしておいた方がいいかもしれない。

 

 そしてこの旅に問題があるとしたら、このままでは食料が足りないということ。

 モンスターを見かけないのは安全で嬉しいんだけど、クロの食料がないのは苦しい。一応クロは丸一日くらい食事無しでも大丈夫なんだけど、やはり空腹にはなってしまう。


 一切モンスターが居ないなんてことはないと思うから、いざとなったら探し回る必要がある。最悪私の『生産魔法』で創り出しとこう。


 そして平原を飛んでいくと、焼けた西日が私達を照らし始めた。


「よし、今日はここまでしよう!」


「ガルル!」

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私は竜と共に旅をした。 紫猫 @Murasaki_neko

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