閉幕

Ending




「ねぇ、お兄様。わたし、どこか変じゃないかしら?」


 身だしなみを気にする妹が、何度目かとなる確認の目を私に向けた。私は目を瞬かせ、苦笑交じりに笑って腕を組む。


「そう何度も確認しなくとも、お前は世界で一番綺麗だぞエラ」

「もう、そう言うことじゃないの!」


 照れくさげに怒るエラは、髪飾りを直しながら眉を寄せていた。


 この国が、世界魔法協会の預かりとなり、復興を目指して数ヶ月。エラが世話になっていた司教様が主体となり、日夜、業務に追われる日々だ。

 幸い、私が第一王子として、以前より携わっていた事もあるので、大きな混乱はない。しかし反逆者として捉えた、父上の弟や、消滅した魔女が関わっていた案件は、当たり前に頓挫してしまった為、安定しているとは言いづらいのが現状だ。

 早くエラが安心して王を冠し、国を治められるようになるまで奮闘するのが、兄である私の役割である。


 そんな中、今日は世界魔法協会の最高権力者に謁見する日だった。いつも力添えしてもらっている謝礼と、今後の方針について話し合う場を設けてもらったのだ。


 普段なら、私が側近と共に行くところなのだが、エラがまだ第一王女として、というより、王族としての自信が薄い為、今回は二人での謁見を許可頂いたのである。

 私たち兄弟は、協会から魔法で転移した先にある、大聖堂の一室に通され、その到着を待っていた。


「司教様に、教皇様はお優しい方だって聞いたけど、粗相があったら大変でしょう? わたし、至らないところも多いし……」

「朝にあれほど、パームに誉めそやされたばかりじゃないか。何も不安に思うことはない」

「そ、そういうことじゃ……!」


 パームキンの名前を出してやれば、エラは分かりやすく顔を赤くして、両手を胸の前で振った。兄として何も思わないわけではないが、二人の仲は、順調に深まっているらしい。


 パームキンはあの後、王家から籍を抜いた。


 本来の役割に戻るからと城を出て行った時、エラの動揺は饒舌に尽くし難いものだったが、意外にもパームキンは、足繁く城に通ってくれている。

 おかげでエラも塞ぎ込まず、女王になるべく、日々の教育を頑張れていた。


 貴族の中には、二人の逢瀬を快く思わない輩もいるが、正直に言うとパームキンほど、申し分のない相手は居ないと、私は考えている。

 エラに与える愛情も、安心も、地位も名声も。彼以上に、妹に相応しい男はいないだろう。


 しかし、だ。


 不安そうにドレスを見下ろす妹に、私はやはり苦笑して、そんな笑みを隠すように片手で口を覆う。

 全く、人が悪いのも考えものだ。司教様も、教えておいてやったら良いものを。


 靴音が聞こえ、エラがハッとして席を立った。私もそれに倣って立ち上がり、目尻を緩める。

 姿を見せたその人は、繊細な金細工が施された白いローブを羽織り、女神を模した幾何学模様が織り込まれた布を、細長い形状の帽子から眼前に垂らして、顔は見えない。


「……やぁ、エラ。キルジット。待たせてすまなかったね」


 朗らかなその声に、エラが目を見開いて固まった。そして、その身を震わせながら、無遠慮に彼を指差す。


「え、……えっ、え?」


 彼が帽子と布を外して、その静謐な緑色の双眸に、愛情を滲ませて妹を見つめる。背後ではアルビノの女神二人が、頬に片手を当てて微笑んだ。

 エラは驚愕で掠れた声を振り絞り、小さく首を振る。


「あっ……え、も、もう、もうっ、あなた! あ、あなたって、いったい誰なの、パームキン……!!」


 それは悲鳴にも聞こえるようで、私は彼と顔を見合わせて、小さく噴き出す。


 彼は、──キリオス教皇様は、片手を胸にあて恭しく頭を下げた後、意地悪く口角を上げた。


「世界魔法協会、最高幹部。教皇ヴァンプロポス・ナイ・キリオス。長いのでどうぞいつも通り、本名であるパームキンとお呼びください。……三度の飯より新しい恋に夢中な、ただの効率の悪い魔法使いだよ」






 


 


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三度の飯よりサンドリヨン~パームキン殿下の華麗なる魔法のダイエット~ 向野こはる @koharun910

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