惑星アポロ

第1話

 少年の名をカテアという。この物語の主人公だ。

 彼は惑星アポロに生まれた。父は勇者になりたかった男であり、息子が成長すれば前回の『巡礼』から七十一年目の年を迎えることがわかっていた。自分は『巡礼』の選別の儀式すら受けられなかったが、息子なら可能性がある。父は夢を託した。この星の親たちは皆そうだった。恐らくほかの星でも同じだろう。

 我が子を『巡礼者』に、『勇者』にしたい。

 八つの星を巡る『巡礼者』になることはこの上ない栄誉だからだ。

 カテアは同世代の子供たちに違わず、親から英才教育を受けた。勇者になるための厳しい試練だ。その教育と躾は苛烈であり、彼の淡いピンクの髪はほとんど脱色して白に近い金色になってしまったし、直毛だったのに外に丸まりがちなくせ毛になってしまったし、肌には瘢痕がたくさん残っているし、薄紫だった目の色素は抜け落ちて、夕焼けのような赤橙色に変わってしまった。しかしそれらは全て親の愛情であり、子供たちが修行に耐えたという誉なのである。傷痕やまばらな髪の色を気にするような子供は他にいない。カテアだけがそれを気にしている。

 誰もが皆、選別試験に望む子供たちを、誇らしいと言う。生まれた時の姿とは異なり傷だらけの自分を、かっこいいと信じている。『巡礼者』は各部門から一人しか選ばれないのに、それも八つの星全ての十代の子供の中から選ばれるという狭き門なのに、この星アポロには勇者見習いが何十人もいる。魔法使い見習いも十数人いる。

 そして、数日後にはアポロ内の選抜試験が始まる。親世代も選抜の仕方は知らない。何せ七十一年毎の行事だからだ。勇者のための神器『プルートの鏡』と魔法使いのための神器『ヘルメスの杖』が各星を巡って、その持ち主を決めるのだ。

 そして持ち主が決まったら、それが『巡礼者』と呼ばれ、かつて世界を悪しき女神から救ったという八英雄に縁のある場所を巡っていくことになる。

「あと二日で選抜試験だ! どきどきするぜ……」

 カテアの隣で、顔に大きな獣の爪痕を残す少年が声を弾ませた。今は登校中である。彼の名前はテリィ。カテアの幼なじみであり、カテアと同じく勇者見習いであり、カテア以外の子供たちと同様に、消えない傷痕に頓着しないどころか誇りを持っている子供だ。彼の緑の髪も、元は黒髪だったと聞いている。目は黒かったのが色素が薄くなって茶色になった。

「眠れる気がしない!」

「眠らないと、コンディションが悪くなるよ」

 はしゃぐテリィにカテアは苦笑をこぼした。

「わかってるって! だからさ、今夜泊めてよ。一人だと多分興奮して寝れないからさ」

「確かにお前は俺のベッドでぐっすり寝るけど」

 カテアは肩をすくめる。

「……泊まるとかそういうのは早めに言ってよ」

「なんで? あ、カティんとこは今日から勇者弁当食うの?」

「いや、そういう訳じゃない。母さんも別に断らないと思うし」

「ならいいだろ〜。決まりな!」

「うん……」

 母が浮かべるだろう表情が容易に思い浮かんで、カテアは憂鬱な気分になった。テリィが遊びに来てくれること自体は嬉しい。カテアだって、静かな一人部屋で試験に緊張し続けるより友達と過ごした方が心が安らいで良いに決まっている。けれどカテアは、母や父の出す些細な態度の変化や声音に敏感だった。テリィは知らないのだ。この星の母親たちにとって、同じ『見習い』は我が子のライバルでしかない。テリィの母親だって、カテアを一度も泊めたことがない。他人の子供を家に泊めるということは、その家に伝わる秘術やレシピを盗まれる可能性に至るからだ。カテアの家がテリィが泊まっていくことに一見寛容なのは、我が子に絶対の自信を持っているためである。

 カテアはこの星で一番、シクル魔力器官の扱いがうまいから。



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ウラノスの地図(リメイク版) 星町憩 @orgelblue

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