ウラノスの地図(リメイク版)

星町憩

プロローグ

 広大な宇宙のある一箇所に、八つの惑星が浮かんでいる。住まう人々から『連合星』と呼称されるそれらの惑星群には、驚くべきことに恒星がなく、また、自転もしていない。数多くの物理法則が作用する宇宙という場所で、ただ『停止』したままそこにある。

 それを可能としたのは、かつて八英雄と呼ばれた、場所が場所なら『神』とも表現されただろう存在達の力だった。彼らは万有引力を恐れ、切り離そうとした。惑星と同一化していた彼らにとって、その強制的な引力は偏位的な感情の源でもあったからだ。

 八英雄は、彼らの『女神』であった、ある恒星の支配から逃れたかった。

 そして、見せかけ上は、彼らは自由になった。恒星というエネルギー源を持たずして、平等に、生き物たちの土壌となった。


 それが見せかけでしかないと、その英雄だけは知っていた。その英雄は成長につれ女神を愛するようになったが、女神は別の英雄を愛していた。そしてその相手は……

 彼は、女神を手中に収めたいわけではなかった。彼女があれを愛しているというならそれで仕方ない。けれども彼女の尊厳を貶めた身として、彼女を幸せにするという償いの権利はあるはずだった。少なくとも、あれと彼女が幸福だとは思えなかった。

 だから、彼は待ち続けた。世界の裏側で。観測されない奈落の中を落ち続けながら、自分たちの星に芽吹く命が、どれでもいい、彼女の魂に惹かれるのを待っていた。

 徹底的にその存在を消され隠された彼女に気づいてくれる誰かを、自分たちではない新しい命を待っていた。

 そうして、彼は見つけた。


『かわいい』

「ほかの子どもは皆、これを気味悪がった。君の感性は変わっている」

『かわってたら、だめ?』

「そんなことない。この生き物は、かつて僕が生きていた世界では多くの人に愛された。けれど仲間の一人がこれを毛嫌いしていてね、連合星にこの生き物は生まれなかった。僕もこの動物が好きだったよ」

『こんなにかわいいのに、ぼくは生まれてもこの子に会えないの?』

「そうだ。でも、この子にそっくりな女の子がいる」

『女の子?』

「そう。まつ毛は短く、目尻のつり上がったつぶらな瞳。低いが通った鼻筋、薄い唇。生憎この白弦のような髭もないし、柔らかな被毛もないけれど、君と同じ姿をした人間として出会うだろう」

『この姿のままでいいのに』

「まあそう言うなよ。きっと君は惹かれて気になってしまうと思うな。それが君の運命の子だよ」

『うんめい』

「そう。君が救えるかもしれない、かわいそうな命だ」

『ぼくにできるかな』

「できなかったらまたほかの子を探すさ。僕は気が長いからね」

『会ってから考える』

「ふふ。まあ、君は産まれたら僕との会話なんてほとんど忘れるのだけれど」

 いっておいで。

 彼はうまれたての命を送り出した。その命は惑星アポロのとある女の腹に宿り、産まれてくるだろう。まさかそれが、彼自身が人間として転生した折の姪だとは予想だにしていなかったが。

「僕も未練がましいってことかな。でも、ウラノスよりはマシだと思いたいな」

 世界の裏側で死にかけている恒星の光を見つめながら、彼は落ちていく。



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