月食
西しまこ
第1話
月食を見るために川沿いまで行った。
赤銅色の月食を、ぜひこの目で見たかったのだ。
川沿いの道に辿りつくと、同じように思って来ている人たちが何人もいて、少し嬉しく思った。みな、夜空を見上げている。
月はどこにあるのだろう?
だいたいの方角は分かっているけれど、なかなか月が見つけられなかった。川沿いは建物が少ないとは言え、全くないわけではない。たぶん、あの辺の建物に隠れているのだろう。
歩いて月を探す。
街の灯りが明るくて、夜空の星を消してしまっている。けれど、月ならよく見える。
建物と建物の間に月が見えた。月が低い位置にあるから見えなかったんだ。
より月が見える場所を求めて、また歩く。
ふと、前に見知った姿が見えた。
「まゆこ?」
声をかけると、彼女は振り向いて、「悟?」と言った。
「久しぶり。元気だった?」
「うん。悟も月食を見に来たの?」
「そうだよ」
二人で並んで歩く。車が通るたびに二人の影が伸びたり縮んだりした。
「月、なかなか見える場所、ないね」
「そうだね。川沿いなら見えると思ったんだけどなあ」
夜空ではなく、僕はまゆこの顔を見ながら歩いた。まゆこも僕の顔を見ていた。
「悟、最近、何していたの?」
「うーん、バイトとか? まゆこは?」
「あたしもバイトとか?」
二人で顔を見合わせて笑う。高校時代に戻ったみたいだ。高校のころ、席が近くてよくしゃべっていた。卒業してから、なんとなく音信不通になっていたけれど、久しぶりに会って話して、少しも違和感がなかった。
「……今度、遊びに行かない?」僕は思い切って、言った。
「いいよ。どこに行く?」
「どこがいい?」
「どこがいいかなあ? あ。あそこ!」
まゆこが指さした先に、くっきりと月が見えた。月は赤銅色に変わりつつあった。
「きれいだ」
「うん、きれいだね」僕はまゆこの手を握った。
月はどんどん欠けていき、完全に美しい赤銅色になった。
僕たちは月が変わっていくようすを、手を繋ぎながら眺めた。
月が元に戻り始めたころ、まゆこが「ねえ、ごはん食べた?」と言った。僕は「まだ」と答える。
「じゃあ、ごはん、食べに行かない? とりあえず」
「うん」
「でね、遊びに行く場所、食べながら決めようよ」
「うん、そうしよう」
僕が手を強く握ると、まゆこも強く握り返してきた。
☆今までのショートショートはこちら☆
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000
月食 西しまこ @nishi-shima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
うたかた/西しまこ
★87 エッセイ・ノンフィクション 連載中 131話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます