第11話 幸せは手の中に


 下校時間の鐘が鳴る。小テストの採点を済ませて、俺も早く帰るぞと意気込む。

 勤務する高校が異動になって、今は部活動の顧問を断っていた。

 たまにほんの手助け程度でサッカー部のコーチとして指導することはあったが、それ以外は周りの先生方に頼み込んで帰っている。

 何故なら部活動よりも大事な活動が俺にはあるから。

 あれから三年が経とうとしている。

 再会した日から数か月後。

 例の結婚指輪が出来上がったその日に俺は芳乃さんと入籍し、今は芳乃さんの祖父母が残してくれた家で暮らしている。

 古さはあるけど、そこそこ広い庭があって落ち着ける家だ。

 披露宴などは行わず、ウェディングフォトだけ撮影した。

 後は、レストランで親族や友人を招いて食事会をした。

 それにしても、ウエディングドレスを着た芳乃さんを今思い出しただけでも感動する。

 実は、今でもスマホのホーム画面はその時の写真だったりする。内緒だけれど。


 机の上のスマホが光って、メッセージが届いたことを伝えている。

 画面を見れば、芳乃さんからだ。


『帰りに買い物お願いしたくて。沢山あってごめんなさい。』


 謝らなくていいのに、そう思いながら買い物のリストを確認していく。


『任せてください。もうすぐ帰れそうです。』

『分かりました。晩御飯頑張ります。』


 そんなやり取りの後、採点を終わらせるべく赤ペンを握った。


 何だかんだあって、買い物して帰ってきたら七時近くになっていた。


「ただいま。芳乃さん、遅くなってごめん。」


と叫んだら、


「おかえりなさい。お疲れ様でした。」


と、いつもの芳乃さんの声。

 しかし、いつもなら玄関で出迎えてくれるのに出てきてくれない。何となく寂しい。


「そこで待っていて下さいね~」


 の声を合図に、廊下の奥の扉から芳乃さんではない、小さな影がポテポテとたどたどしい足取りで歩いてくる。

 しかも、一人だけじゃない。更にもう一人。

 俺は、絶句して固まってしまった。

 だって、ついこの前つかまり立ちしたばかりじゃないか。


「あ、危ない! え…?」


 何と、二人とも同時によろけてこけたのに、泣きもせず四つん這いで俺に駆け寄ってくる。

 俺の元へ来た二人が、同時に手を挙げて抱っこをせがむ。こんな奇跡があるのか。

 二人を同時に抱きあげて、ぎゅっと抱きしめる。二人はキャッキャと笑っている。


「おかえりなさい。和弘さん。凄いサプライズでしょ。」


 廊下の奥で、芳乃さんがスマホをこちらに向けながら笑っている。

 そう、この子たちは俺と芳乃さんの双子の子供たち。しかも、芳乃さん似の男の子と、俺似の女の子。


「さっき晩御飯の準備をしていたら、二人ともテーブルの端掴みながらぐるぐる歩き出して。いつもお世話してくれる、大好きなパパを驚かせたかったみたい。ちゃんと動画も取ったので、後で見ましょう。今のも動画撮っちゃいました。

この子たち、天才かも。あ、冴さんにも送らないと…」


 芳乃さんが俺を見て慌てて走ってくる。

 俺は号泣していた。

 双子たちは、きょとんとしている。

 そんな二人に『いい子ね』と頭を撫でた後、三人ごとぎゅっと抱きしめてくる。

 嬉しくて、愛おしくて、子供たちと芳乃さんの額にそれぞれキスをする。

 芳乃さんが笑って、俺にキスをした。

 お互い見つめ合って、ほほ笑む。


「「大好きです。」」


 同時に呟いて、また、抱きしめ合った。

 双子たちが下りたがったので、ゆっくり一人ずつ降ろし、四人で手を繋いで廊下を歩いていく。

 廊下の先から、旨そうな匂いがする。

 歩けるのが嬉しいのか、それとも四人でいるのが楽しいのか。

 子供たちが、きゃあと声をあげている。


「二人共、お部屋までもう少し。頑張れ!」


 芳乃さんが声を掛けて励ます。

 リビングに到着すると、芳乃さんが双子を抱きあげる。


「頑張ってここまで歩いて来れたね。二人とも凄い。大好きよ。」


 抱きしめられている二人は、疲れたのかうとうとし始めていた。


「さっき早めにご飯食べさせたので、運動もしておねむかも。寝かせてきますね。」


 囁き声で言うと、芳乃さんは奥の部屋へ双子達を寝かせに行った。

 玄関にそのままにしていた買い物の残骸を思い出して、慌てて取りに行く。

 それぞれを所定の場所にしまい、振り返ると芳乃さんが立っていた。


「ありがとうございます。和弘さんが手伝ってくれるから、本当に助かります。」

「芳乃さんは、あの子たちを生んで育ててくれているんだからこれ位は当然です。」

「ありがとう。ご飯、冷めないうちに食べましょう。着替えてきて下さい。」


 温かい湯気が立つ味噌汁がテーブルに二つ置かれたのを合図に、


「「いただきます。」」


と、小声で呟く。


「旨い。あ~、落ち着く。」

「冴さんに、料理教わってよかった。私、一人暮らしの頃は本当に料理が苦手でしたから。」

「小口切りのネギ、繋がっていましたしね。」

「もう、それは言わないで下さい。」


 他愛もない話をして、温かくなる。


 食事を終えて、俺が皿を洗っている間に芳乃さんがお風呂に入る。ゆっくり入ってと言っているのに、いつも直ぐに出て来てしまう。

 そうして、交代に俺が入る。俺も元々長風呂じゃないのでさっと済ませて居間へ向かうと、ソファーで芳乃さんがお茶を飲みながらのんびりしていた。

 横に座り、芳乃さんと手を繋ぐ。

 今度は明日の授業についてどう進めようかとか、この公式についてはこういう方法で教えるのはどうかとか話したりする。

 俺と芳乃さんは、教師でそれはこれからも変わらない。

 話が熱を帯びて、少し大声になってしまった。それが引き金になって、奥の部屋で双子達が同時に泣きだした。


「あちゃぁ…、やっちゃった…。」


 二人で双子達をあやしに行く。

 夜泣きがひどくて大変だと、他の子の親から聞いたりするが、意外とうちの双子達は直ぐに泣き止む率が高い。

 やっぱり、俺と芳乃さんの子供だ。

 暫くして泣き止んだ子供たちを抱きながら、二人して笑顔になる。

 出会えた奇跡を離さずに生きていく。

 幸せは、今、俺と芳乃さんの中にある。


 

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二人の今は、手の中に ゆーすでん @yuusuden

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