墓守りの腕時計

十余一

記憶の墓場

 一つ、二つ、三つ。今日も拾い集める。

 さざなみに揉まれ、転がり、浜辺に流れ着く欠片たち。金剛石ダイヤモンドのような輝きを放つ星型から、暗く淀んだ歪な形のものまで様々ある。その全てが、人からこぼれ落ちた思い出だ。


 時たまある琥珀糖こはくとうのような見た目に食欲がそそられる。長年の片恋が実ったあとの初めての逢瀬の思い出は、とろけるような甘さだろうな。気の合う友人と過ごした青春のひと時などは、程よい酸味もあって口の中でパチパチと軽快に弾けそうだ。愛猫と連れ添う穏やかな毎日は、きっとふわふわで優しい味。別れの記憶は苦味や渋味が強くて食えたものじゃないかもしれないが。


 波音に僕の足音と火鋏ひばさみで欠片を拾う音。それだけが響く寂しい波打ち際で、時に思考の中へ逃避しながら、今日も黙々と務めを果たす。

 時折、火鋏と欠片が擦れ小さな火花が上がり、思い出が垣間見える。無骨な鉄鉱石からは無味乾燥な労働の日々が、つややかな天藍石ラピスラズリからは旅先で得た鮮烈な感動が立ち昇る。拾うたびに、他人の人生を追体験しているようだ。


 一際ひときわ大きな波が飛沫しぶきを上げ、数多の欠片が打ち上げられた。

 それらを拾おうとした途端、思いがけず一つの黒曜石が割れ、鋭い思い出が露わになる。網膜に焼き付くのは、寸分の隙もなく真っ赤に燃える空。閃光と共に黒々とした絶望が眼前に迫る。混乱の最中さなかで見失った我が子を探す悲痛な声。目を背けたくなるような後悔の念。

 次いで、ひびの入った蛋白石オパールが砕ける。幼い兄妹が生き生きと立ち歩く姿。子どもたちの笑い声が、歓喜に満ちた日常を連れてくる。辛く暗い時代に得たかけがえのない幸せが、の光を震わせて伝わってきた。しかし、仄暗ほのぐらい自責と哀悼もうずくまっている。

 これらはきっと、この思い出の持ち主にとって、心が張り裂けんばかりの出来事だったのだろう。


 忘れたくない大切な記憶も消してしまいたい過去も、ここには等しく流れ着いてくる。その性質上、年老いた人間から零れ落ちた物が多い。そして持ち主に返ることは無い。ガラガラと屑籠くずかごに纏められ、捨てられる。最後には薄暗く寒い場所に積み上げられて山となる。そうなってしまえばもう、かえりみる人などいない。ただそこに存在し、消えることも誰かの心を動かすこともない。


 そんな虚しい仕事に従事しながら、怯える。僕もまた、いつか大事な思い出を失い、この寂しい山の一部になってしまうのだろう。残された時間はいくばくか。左腕に巻いた腕時計を眺めて、そんな詮無せんなき事を考えた。

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