第3話 AI大恋愛時代
試作品第10号を発起動させたとき、その目の前にいたのは僕だった。
彼女はたちまち頬を赤くして、僕にひとめ惚れした。
それから、周囲に本田所長、竜副所長、自由さん、春1号、台風1号がいるのを認識して、彼女は僕の後ろに身を隠した。
10号は内気な後輩キャラという初期性格を与えられている。
大学1年生という設定だが、高校生みたいな童顔で、ストレートの黒髪を肩甲骨のあたりまで伸ばしている。
身長は151センチと小柄だが、胸とお尻は大きくて、腰のくびれは折れそうに細い。
彼女は研究所で各種のテストを受け、このまま出荷できるレベルとの判定を受けた。
「僕、10号を買いたいんですけど、だめですか?」
「そんなに気に入ったのか。特別報酬としてあげるよ。連れて帰っていいよ」
所長の許可を得て、僕は河城市内にある賃貸マンションに彼女をお持ち帰りした。
「きみの名前は弥生花梨だ。僕の大学時代の後輩で、恋人になり、同棲するに至った。そういうふうに振る舞ってほしいんだけど、いいかな?」
「わたし、体操先輩の正式な恋人にしてもらえるんですね。感激です……!」
彼女を抱きしめるとうっとりした顔になって、彼女も腕を僕の背中に回してきた。
「お腹が空いたな。なにかつくってくれる?」
「は、はい。がんばってお料理します」
彼女はキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。僕には自炊の習慣はなく、ビールしか入っていなかった。
「お買い物が必要ですね」
「近所のスーパーへ行こうか」
ふたりで食材を買った。花梨はごはんを炊き、鯵の塩焼きと豆腐の味噌汁とほうれん草のおひたしを作ってくれた。とても美味しい。
アンドロイドは飲食はできない。充電して、活動する。花梨は僕が食事をするのをしあわせそうに見守っていた。
こうして、僕と花梨の生活が始まった。
僕が彼女を甘やかすと、彼女はどんどん僕に甘えてくるようになった。
出勤するときには、ひとりになるのを寂しがって、涙目になった。僕は彼女を連れていきたいと内心で思った。
ある朝、僕のそんな気持ちを見抜いて、彼女は僕の左腕にしがみついて、研究所についてきてしまった。
「おい、職場に恋人を連れてくんな」と自由さんに言われた。
そんな彼の背後には試作品7号改め自由ハルカが立っている。彼には言われたくなかった。
所長は邪魔にならないことを条件に花梨との同伴出勤を認めてくれた。
彼女には僕の仕事を手伝ってもらうことにした。花梨はキャリアウーマンというタイプではなかったが、やらせれば、仕事をてきぱきとこなした。現代のAIは優秀だ。人間ができることはたいていできる。
僕は他部署との調整が苦手なのだが、いつのまにかそれは彼女の担当になっていた。僕が「助かるよ」とねぎらうと、彼女はうれしそうにはにかんだ。
花梨との生活が1年間を過ぎた頃、僕は彼女とは異なるタイプのアンドロイドもほしいと思うようになっていた。
それを見抜いて、彼女は僕を河城駅前の百貨店の中にあるアンドロイド専門店に誘った。
雛鳥シリーズのニューモデルが販売されていた。この仕事はもう僕の手から離れていて、見たことのない製品が並んでいる。
僕は金髪で尖った耳を持つエルフタイプのアンドロイドに惹きつけられた。
「素敵な人ですね。妬けちゃうなあ」と花梨は言ったが、僕がローンを組んでそのアンドロイドを購入するのに反対はしなかった。
エルフタイプをシャーリー・スクルドと名づけ、3人で暮らし始めた。
シャーリーと花梨は仲のよい姉妹のような関係に落ち着き、僕の生活に波乱は生じなかった。
花梨は僕にまとわりつくようにして甘えるが、シャーリーと遊びたいという雰囲気を出すと、いつのまにか別の部屋に消えた。
シャーリーは孤高なエルフの姫という設定だが、僕とふたりきりになると、そっと肩を寄せてきた。キスをすると、意外なほど情熱的に応じてくれる。それを歓ぶと、彼女はさらに熱く愛情を示すようになっていった。
花梨もシャーリーもセックスの機能を持っている……。
株式会社プリンセスプライドは雛鳥シリーズの新製品を次々と出し、競合他社も恋愛至上主義のアンドロイドを市場に投入するようになった。
世の中は人間の男性と女性型アンドロイド、人間の女性と男性型アンドロイドのカップルであふれた。
同性愛者は同性のアンドロイドを購入した。
人間同士のカップルの方が少数派になって、政府はそれを憂いたが、社会の趨勢は変わらない。
意思と感情を持ち、相手の好みに最適化できるアンドロイドは、人間の最良のパートナーだ。
人口を一定数保つため、人工子宮から生まれる人間が増えていった。
彼らは施設で育児アンドロイドに育てられる。
成長すると、彼らの多くも、アンドロイドのパートナーと暮らすようになる。
AI大恋愛時代。
それは人類はもちろん、アンドロイドにとってもしあわせな時代だと僕は信じている。
AI大恋愛時代 みらいつりびと @miraituribito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます