第26話 再雇用の条件は当然変更させてくれますよね?
軍への納品を終え、次なる新商品開発に乗り出すことにした。
あと一月は軍に納品するだけの状態が続く。その新商品開発の目処だけは立てておきたい。
だが、その前に……。
「ノーラさん……これがお約束の金貨です」
納品が終わった段階で、完成分の代金を支払うという約束だった。もちろん、一万本のうち、全てをノーラさんが担当したわけではないので、その一部となるが……。
「これは多すぎます! 私以外のエルフも頑張りましたし……」
おそらく、その言葉は正しいのだろう。
だが、彼女に手渡したのは金貨2000枚分の為替証書だ。
「これは正当な報酬と思っています。ノーラさんがいなければ、ここまでの事業は展開できなかったと思いますし。それにこれは……」
退職金も上乗せしている。夢の中の人は辞める従業員に多くの金銭を渡すという事をやっていた。この安心感は絶大で、離職する従業員を格段に減らすことが出来る。
「私は……」
短い間だったけど、苦楽を共に出来たのは本当に良かった。ノーラさんとの出会いで、エルフを大量雇用しようと決めることが出来た。今、あるのはノーラさんのおかげである部分は大きい。
「このお金で借金を返して、夢だったお店を頑張ってくださいね」
結局、仕事以外の話はほとんど出来なかったな。それだけが、なにやっているんだ? 僕は、と思う瞬間だ。だが、後悔はない。
ノーラさんが育ててくれたエルフたちもいる。この先もノーラさん抜きで製薬の方もやっていけるだろう……。
「あの‼ 私……ごめんなさい‼」
「謝ることはありませんよ。夢を追いかけるのは大切なことです。折角、掴んだ大金ですから、このチャンスをモノにして下さい‼」
これで彼女は仲間から商売敵になる。それも強力だ。エルフの製薬技術は、静かにだが、確実に浸透していこうとしている。
僕にとって、それが大きな利益になると思い広めていった噂だが、ノーラさんにとっては大きな追い風となる。それも退職金の一部だと思ってくれると嬉しいんだけど。
「違うんです‼ もっと、前から言おうと思っていたんですけど……ラングワース商会に新ポーションのことは教えていません‼」
……ん? どうやら、聞き間違いをしてしまったようだ。こんなことでどうする。
「もう一度、言ってくれないかな?」
情報は正確に聞いておいたほうがいいな。
「これが契約書です。お金を借りた時の……」
これは読んでもいいということだろうか? いいんだよね?
彼女の手から書類を受けて取り、文章に目を通していく。
そこには……僕はついに笑みをこぼしてしまった。
ラングワース商会、遅るるに足りない存在だ、と。なんて、詰めの甘い商会なんだ。それとも慢心か? 僕のような弱小を相手にしているという驕りが透けて見える。
それに相手がエルフということもあったのか……だが、どう見ても、時間を与えすぎだ。
ラングワース商会とノーラさんとの契約は、新ポーションの製法を担保にした借用だ。これだけでも、ノーラさんが情報を売ったと判断することは間違いではない。
だが、商人は今を重んじる。今の状況で最大の利益をあげる目利きだけが生き残れる世界だ。
ラングワースは期限までに支払えなければ、情報をもらうとしてある。これでは、情報が手に入るかどうかは不透明だ。もっともエルフが金貨900枚を支払えるとは思っていなかったのだろう。
まぁ、これがアダとなってくれたのは不幸中の幸いと言ったところだ。
「これで腑に落ちました。ラングワースの動きがなかったのも、何も知らなければ、動き様がありませんからね。ノーラさんはなぜ、このことを伝えてくださらなかったのですか?」
伝えてくれれば、色々とやり様はあった。それこそ、借金をチャラにしてしまえばいい。
情報が漏れていなければ、確実に負けない戦だったから。
「その……あの時はどうしてもお店をやりたくて……話したら、全てが終わってしまう気がして。元の生活に戻って、売れないポーションを殴られながら売る生活……戻りたくなかったんです‼ だから……」
僕は思い違いをしていたみたいだ。ノーラさんを普通の人のように接していたが、やはりエルフには暗い影がある。それは到底、僕には理解できないものだ。
「分かりました。もはや、詮索は止めますね。このお金で是非、お店を成功させて下さい」
「あの‼ ここに残ってはいけませんか?」
「いや、だって……」
「私、お店のことばかり考えていて……ずっと夢だったから。だけど、アルヴィンさんに何の恩返しも出来ていないですし……それに……」
ノーラさんは思った以上にしっかりしているみたいだ。
お店を開けるほどのお金をこの商会で稼ぐことが出来るからと言った。
だけど、そんなに甘くないんだよな。すでにノーラさん以外でも新ポーション作成は可能だ。品質だって、申し分ない。高給取りのノーラさんを残しておく必要性は商会としては乏しいんだ。
「ノーラさん。ここに残るのは構いませんが、新ポーションの部署からは外れてもらいます。それでも構いませんか?」
「それは……今のようなお金はもらえないのですか?」
そこは悩みどころだ。だが、新ポーションが一万本、納品する度に一人の従業員に金貨2000枚を毎回支払うのは厳しいものがある。
だったら、彼女の活きる道は……新商品開発しかないと思う。
「ノーラさんには新商品を開発してもらいます。それに成功した場合、多額の報酬をお支払しましょう」
これからは売上に対しての報酬ではなく、商品開発の成否での報酬。
開発が出来なければ、報酬はなしだ。まぁ、他のエルフと同様の給金は支払うつもりだけど。
「それでも残りますか?」
「もちろんです‼ 絶対に新商品を作ってみせます」
「それは良かった。では、これを作ってみましょう」
「えっ!? もう、アイディアが? これじゃあ、私の出る幕はないような……」
久しぶりのふたりきりの時間は楽しかった。
心なしか、ノーラさんとの距離が近づいた気がする。
スキルを自由に選べる世界で僕はあえてゴミスキルを取ります。だって、『勇者』や『聖女』なんてバカが取るものでしょ? 秋 田之介 @muroyan
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