最終話 男の過去と思い、そして別れ
数日が経ったある日、凜人は養護施設にある談話室に呼び出された。待っていたのは章治である。この数日の凜人の様子がおかしい事に気づき、この場を設けたのだろう。何か思い詰めているが、一向に話そうとしない凜人に、章治は自身の過去について話始めた。
章治は凜人と似た境遇に遭っていた。本当の両親の顔を知らず、捨てられていた施設に引き取られ、育てられた。ある頃から章治はこの施設を運営する施設長夫婦の養子として、新たな居場所を手に入れた。夫婦には一人息子 幸俊がいた。十歳差の幸俊と章治は本当の兄弟のように毎日共に過ごしていた。そんな幸俊は、子どもの頃からこの養護施設の跡を継ぎたいと考えていた。憧れる父の姿、血の繋がらない子供達を我が子のように愛情もって接する母、そんな自慢話を聞かされれば、章治が同様の夢を持つのは当たり前だったかもしれない。
月日は流れ、章治は高校3年生になった。既に幸俊は養護施設のスタッフとして働き始めていた。章治の気持ちは変わることなく、施設長である養父に養護施設に残り、働きたいと申し出た。しかし、養父はそれを認めなかった。章治が理由を聞いても一向に話そうとしないため、話は平行線のままだった。
結局、章治は高校卒業と同時に施設を出ていった。養父との溝は埋まることなく、それ以降幸俊とも連絡をとることはなかった。そんな時、突然幸俊から連絡が来た。その内容は養父の死を報せるものだった。章治も一人涙を流した。あんな別れ方をしても、自分を拾い養子として育ててくれた父親である。その悲しみは図り知ることなどできない。しかし、今更どんな顔をしてあの家族のもとに行けばいいか分からず、養父の葬式に参列することはなかった。
数日後、そんな章治のもとに幸俊が訪ねに来た。葬式に参列しなかったことに対して、注意されると思っていたが、幸俊の意図はそこにはなかった。
「すまない。俺が弱かったから。父さんもあの時本当のことを言っていればこんな事にならなかったかもな」
幸俊はそう言ったが、章治はその意味がよく分からなかった。しかし、幸俊は何故頑なに父が章治を拒んだのか、その理由を教えてくれた。
章治が養父に養護施設で働きたいと告白する少し前、とある話が持ち上がっていた。それは、養護施設のある周辺一帯の土地開発だ。この話が本当であれば、養護施設は取り壊されることになり、一緒に住んでいる子供たちは別々の施設へと移ることになる。それだけはどうしても避けたいと、新たな場所で養護施設を建てられないか、模索していた。しかし、現実的には難しい問題で養父は毎日のように頭を抱えていた。そんな中で、「養護施設で働きたい」と章治から告白された。てっきり高校卒業と同時に施設を出ていくと思っていた養父は心底驚いたが、その反面とても嬉しかったそうだ。しかし、養護施設の今後がわからない以上、章治をこの場所に縛りつけたくないと思ってしまった。息子の方は都市開発の話を知っていた事もあり、スタッフとして働いてもらっているが、成人もしていない章治には他の道を歩んで欲しかった。
養護施設がどうなるかわからない事を伝えてしまうと、章治は余計にここに留まる事を望むだろう。結局、全てを話すことができないまま一方的な思いだけで章治を突き放した。
その後、都市開発の話は白紙となり養護施設は閉鎖の危機を脱した。この結果に対し頭をよぎるのは、章治の事だった。今からでも呼び戻すことは簡単だった。しかし、自身から突き放して、また自身の都合で誘われる、そんな自分勝手すぎる思いで踏み切れないでいた。傍で見ていた幸俊も同様である。父がそうするならばと責任を全て押しつける形で、考える事を辞めた。
そんなある日、養父に病が見つかった。しかし、その時には既に遅く、完治は不可能だった。急速に病は進行し、呆気なくこの世を去った。最期まで章治を突き放してしまった事を悔いていた。幸俊は何とか章治と連絡を取ろうとしたが、連絡がとれた頃には既に手遅れだった。
章治への連絡は父親の死という、一番避けたかった結末だった。しかし、父親の死を伝えても章治は葬式に現れることはなかった。互いに遠慮し、踏み込めないでいると感じた幸俊は章治を訪ねる事を決意した。そして、父の思いも全て打ち明けようと。
幸俊は父に変わり、章治に戻ってこないかと提案した。章治もあの場所で働きたいという思いは消えていなかった。しかし、すぐに決断できる問題ではなく、互いの間にある溝はすぐには埋まらなかった。それでも幸俊は諦めなかった。何度も章治に会いに行き、会話を重ねた。ぎこちなかった空気は少しずつ変わっていった。そんな兄を見てか、章治はとうとう決意を固めた。養護施設へ戻り、スタッフとして幸俊の仕事をサポートをしようと決めたのだ。そして、二人は後悔のない生き方をしようと、父の前で誓ったのだった。
そして、今度は目の前で兄が死んだ。どうしようもない、誰もが予想できない出来事での死だった。しかし、章治には後悔は残っていなかった。たった数年でも傍で支え合いながら、同じ時を共有できたのだから。そして、亡き父と兄の分まで今度は自身が養護施設を守って行くと決心したそうだ。
養護施設に暮らす子供は、必ず巣立ちを迎えなければならない。養護施設に戻ることなどほとんど無く、その後は一人で人生を歩んでいくことになるだろう。だからこそ今を大切に生きて欲しい。今を後悔なく生き、自信を持って巣立つことができれば、何の不安も残らない。出会いと別れを繰り返しながらも力強く生きているだろう、そう信じられるのだ。どんなに離れていても、もう二度と会うことができなくても。
凜人は自室に戻った後、何やら考えている様子だった。部屋にあった全員が写った家族写真を見て凜人は決心した。
凜人は翌日の早朝、養護施設の前で待つエデルと合流した。
「本当に良いのか?」
エデルは心配そうに凜人を見つめる。
「大切な家族が笑顔でいてくれるなら、僕は何でもやる。そう決めたから」
凜人の強い眼差しにエデルは微笑んだ。
今日も養護施設の日常が始まる。大切な家族の一人が消えたことも知らずに。
凜人にこれから待ち受けるのは、途方もない長い戦いの日々。想像を絶する程の苦しみや悲しみが彼を待ち受けているだろう。しかし、エデル達だけがそれを理解し、共有することができる。使命を終えるその時まで、彼が一日でも多く笑って過ごせることを願っている。
四柱の守り人 瑠璃川あおい @takamusu
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