大きな桜の木が存在感を放つ、河川敷の一角。

 ポカポカとした陽気の中、マドカとその親友のスミネはピッタリと隣り合わせで座り込み、最期の時間を過ごしていた。

「改めて聞いたけど、ホントに色々あったんだね~」

 呑気に言うマドカの手には卒業証書の入る丸筒があり、赤い制服の胸元には、粛々と飾られたコサージュが添えられていた。

「ホントだよ、もう。なんか野郎どもは意気投合っぽい空気の直後に乱闘を始めてさ。でも結局、ボロボロだったジュンセとヒュウガくんは普通にカノウくんにボコボコにされるんだもん、せっかく回復させたのに、なに仕事増やしてんのコイツらって感じ」

 呆れ果てながら口を尖らせるスミネに、マドカは楽しそうな顔で同情する。

「まあでも、最後の方で破れかぶれの二人がカノウくんに一発かましたのは、見ててスカッとしたかも、カノウくんを診るのも初めてで何か新鮮だったし」

「ね~。私も見てみたかったよ。普段は爽やか飄々って感じで実は偉そうなカノウくんがやられる所」

「……マドカって、カノウくんと仲良さげなのに、結構言うよね」

「あははは。友達だからこそ、陰であれこれ言いたい事もあるよね」

「え、何それ?ひょっとして私の事も陰で何か言ってたの⁉」

「どうだろうね~。まあ、もう墓場まで持ってくけどね」

「ちょ、言いなさいよこの~」

 マドカの肩を掴んで乱雑に揺らし、スミネは問い詰める。そんなスミネから逃れる為、マドカは強引に話題を変えた。

「それにしても凄いよね、ジュンセくん」

 唐突に送られた息子への賛辞に、スミネはコロッと機嫌を良くした。

「そりゃあそうよ。なんたって、私が敬愛するご主人様が手塩にかけて育てた、私の息子ですから」

 鼻高々とした顔で告げると、その微笑ましさにマドカも同調する。

「そうだね。さすが私が見出した後輩だよ」

「ああ。それなんかズルい!けどまあ、私にだって頼もしい後任が出来たんだもんね!」

 無駄な対抗意識をスミネが燃やしていると、その場に一人の女子生徒が訪れた。制服の色は赤色の一年生だ。

「噂をすればっ、てヤツかな」

 どこか感慨深い顔をして、スミネは保健委員の任を託した後輩に微笑み掛ける。

「こんな所に居たんですね、スミネ先輩、マドカ先輩」

 その表情は安らぎに溢れ、落ち着いた感じのストーレートヘアが、大人びた雰囲気を醸し出す。保健委員にして、ジュンセの相棒、リアだ。

「探すのに苦労しましたよ。生徒会の手伝いをしていたら、見失っちゃって」

 困り顔で説明するリアの後ろに、保健委員の腕章が漂うように飛んでいた。どうやらこの腕章がマドカとスミネを見つけてくれたようだ。

「私たちに用があったの?」

 立ち上がりながら、マドカは懐っこい態度で尋ねる。

「はい。マドカ先輩に、改めて卒業のお祝いを」

 言って、リアは姿勢を正し、マドカと向き合った。

「マドカ先輩。ご卒業……おめでとうございます」

 うやうやしく祝福するリアに、マドカは気恥ずかしさを感じるも、その顔には喜びの色が滲み出ていた。

「うん、ありがとう、リアちゃん」

「今の私があるのは、マドカ先輩のお陰でもあるから。だから、感謝してるんです」

「そっか。なら、一つ聞いていい?」

「何ですか?」

 一拍置いて、マドカはリアに問うた。

「リアちゃんは、謳泉学園の事、どう思う?」

 口調は穏やかだが、どこか張り詰めた雰囲気のある問い掛けだ。リアはそれを真摯に受け止め、以前ジュンセがマドカについて話していた事を思い出す。

 初めてマドカに会った時、マドカは謳泉学園を良い所だと言った。ジュンセはそれが不思議で、その真意を知りたいと考えていたそうだ。

 リアは自分なりに、謳泉学園がどんな場所かを導き出す。

「何も無いと思えた私は、きっとここで、生き甲斐を見つけられたと思います。たくさんの人たちの……想いで」

 心から熱が湧きだし、咲き誇る微笑みと共に、答えを告げた。

「良い所ですよ、この学校」

「……そっか。ありがとう、リアちゃん」

 自然と溢れた感謝の気持ちを返し、マドカも笑顔になる。

 想いを伝え合い、リアは学園に戻った。

 再び二人きりになるが、マドカが目を覚ましてから、ずっと付きっ切りであり、正直もう、話す事が足りなくなっていた。

「そろそろ、お別れだね」

 達観したような声で、マドカが告げる。

「うん」

 応答し、スミネが立ち上がると、二人は抱擁ほうようを交わした。

「先に逝ってる、て感じなんだろうけど、そうじゃない事を、私たちは知ってる」

「そう。ここで終わって、もうその後はない、だから、みんな必死で生きてるんだね」

 名残惜しそうに離れ、二人は視線をぶつけ合う。

「生き返って良かった、友達になれて良かったよ、スミネ」

「……アナタと会えて、私は幸せだったよ、マドカ」

 これが本当に最後の言葉。想いを伝え合い、二人は相手から目を離さないまま、ゆっくりと離れていく。

 そして、先にスミネが振り返り、謳泉学園へと戻った。

 見送る側にはなりたくなかったからだ。

 逆にスミネを見送ると、マドカは胸の寂しさを鎮めるように、大きく息を吸い、静かに吐いた。

 往生際が悪いと、後輩に合わせる顔が無い。そんな考えを胸に、遠く見える母校に向けて、マドカはエールを送る。

「頑張れよ、後輩」

 ジュンセを含む、これからの謳泉学園の生徒に向けた言葉を最後に、マドカは踵を返し、歩き始めた。

 その様子を、桜の木枝、その陰から、風紀委員の腕章が眺めていた。

 刹那、呼び出しを察知した腕章は、先代の主の見送りを終え、今の主の元へと急行する。

 腕章の飛び立つ勢いに巻き込まれ、桜の花が落ちる。

 何の抵抗も出来ぬままに地に落ち、きっと後は枯れるだけだ。そんな花をすくい上げるようにして、風が吹いた。

 花弁は散り、空へと舞いあがる。まるで、どこかの誰かの元へ向かうように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

黄泉路の傍 とき @tokiori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ