エピローグ 卒業
壱
小さな
突風により外れた看板に、男性が一人、下敷きになったのだ。
男性の傍には、まだ死の意味を理解して間もない頃のマドカが、男性の事を案じて頑なにその場を動かなかった。
看板が落ちそうになった時、強く押し飛ばされて転び、痣が出来た。しかし、次に目に入ったのは、無残にも運命に押し潰されていた、名も知らぬ男だった。
見た事の無い出血の量は見ているだけで痛く、ひどく辛いはずだとマドカは直感する。
しかし、男の表情は、苦悶に歪むでも後悔に染まるでもなく、ただ単に、マドカの無事を安堵し、希望に満ちた目をしていた。
言葉にならない声を掛けると、男は言う。
「よかったよ。こんな俺にも、まだ、出来る事が、あったんだな……」
男の言葉は耳に強く残り、脳裏に焼き付いた。
後に男の正体が発覚し、周囲の人間は一方的に男の死を肯定してしまう。
寂しかった。男の意思がなければ、自分はこの世にはいないと理解しているマドカは、男が非難される事が、堪らなく寂しいと感じた。
誰でもいいから、理解しようとして欲しかった。男の人生に許されない行為があったとしても、他人を完全に理解する事が不可能であっても、理解しようとして欲しかった。
そこで初めて、マドカは命を落とした人間と向き合い、結論に至った。
せめて自分だけでも、遺された想いを覚えていよう。
結局の所、人は遺された想いの蓄積により動く生き物なのだ。
ただ受け取った想いを胸に、自分の出来る事をしよう。それがきっと、その想いを、男の死を無為なモノではないと主張する事になるハズだから。
この信念を、マドカは一度命を落としても尚、強く抱き続けた。
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