第4話忘れないよ
朝早めに登校して、放課後はヒマ潰ししてから遅く帰るようになった。
毎日、毎日、今日こそは会いたい、彼女の家の前を通り過ぎるのだけれど、あれから一度も、二階の窓が開いていることはなかった。
いつも白いレースのカーテンが引かれたままで、窓ガラスに映る桜の枝には、萌黄色の葉が茂っていた。
最近は母親どうしの交流も途絶えているらしい。「入院でもしているんじゃないか」と心配していたそうだ。
友だちでもないし、知り合いでさえないボクには、何もできることはなくて、ただ、気をもみながら、時間が過ぎるのを感じているだけだった。
蒸し暑い夏が過ぎ、秋も深まった頃、桜並木には乾いた落ち葉が目立つようになってきていた。
シャリシャリと落ち葉を踏みながら、いつもの道を登校していた。
通りを
彼女の家の前に来た時、あり得ないものが目に入って、ボクは動けなくなった。
白黒の花輪に貼られた葬儀案内だった。
佐倉 澄 享年十五歳
あの子が? そんなはずない。たった十五歳なのに?
ボク、まだ声をかけることもできてないのに、どうして、どうして。
ボクは
どれほど時間が過ぎたのだろうか、それとも、ほんの僅かな時間でしかなかったのかもしれない。遅刻してしまうことなんか、まったく考えていなかった。
彼女の家のドアが開いて、落ち葉を掃くつもりなのだろう、掃除用具を持った小柄な女性が出てきた。
ボクは、ハッとして女性を見て、あわてて後ずさりしようとした。でも、うまく体が動かなくて、少し足がもつれてしまっていた。
「だいじょうぶですか?」
女性は心配そうに声をかけてくれた。
「はい、ちょっと驚いてしまって」
「
「いえ」
ボクはあわてて首を振った。
「前に一度だけ、二階で外を見ているのを見かけただけで」
「もしかして、手を振ってくれた人かしら」
「ええ?」
「あの子がね。男の子が手を振ってくれたって、話していたことがあって」
女性は、悲しそうだった顔を、ほんの少しだけ緩めて、かすかに笑みを浮かべた。
「嬉しそうに話してたから、よく覚えていたの」
「そうなんですね。通り道で見かけただけなのに、可愛いなって……すみません。こんなこと」
ボクは頬に熱が上がるのに気づいて、恥ずかしくなった。
女性は静かに首を振ってボクを見た。
「病気ばかりで、ボーイフレンドなんてできるはずもなかったから、あの子に気づいてくれた男の子がいて、嬉しいわ」
そう言って、目を潤ませた女性は、かすかに彼女の面影と重なるような気がした。
澄ちゃん、澄ちゃん。もう二度と会えなくなってしまった。
友だちでもなく、知り合いでもなかったボクたち。
だけど、少しだけでも、彼女の心の中に、ボクが残っていたのなら良かったと思う。
彼女がいなくなってしまったなんて、まだ、とても信じられないけれど、ボクはずっと、ずっと。大人になっても忘れない。
澄ちゃん、言葉も交わしたことないけど、ボク、君がとっても好きだったよ。
(終)
桜の記憶 仲津麻子 @kukiha
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