家族旅行
西しまこ
第1話
朝起きたら夫がいなかった。
「晋! どこ?」
もう何年もいっしょのベッドで寝ていない。わたしは夫の部屋のドアを開けた。いない。
「もう、どこにいるの!」
毎朝、駅まで送ってもらっている。夫がいないと、時間がぎりぎりになってしまう。
「晋!」
家のどこにもいない。そう言えば、息子たちもいない。
探している時間はないので、急いで身支度を整え駅に向かう。朝ごはんも食べている時間はなかった。今日に限って! 今日は新人が入って来る日だから、早めに行きたかったのに。
急いで歩いていたら側溝の穴に踵が入ってしまい、靴が傷ついた感覚がした。ああもう! 高かったのに!
駅についてICカードを探している間に、電車が目の前で行ってしまった。しかも、鞄の中からハンカチが落ちてしまった。ああああ!
今日来る新人はどんな子だろうか。……すぐに辞めないといいな。新人が立て続けに三人辞めている。とりあえず、辞めないでいてくれればいい。
ハンカチをはたきながら、大きく溜め息をつく。社用スマホをチェックし、それから私用スマホを見る。
夫からLINEが来ていた。
――みづ枝は寝ていたけど、俺たちはもう行くね。
……そっか。そういえば、息子たちと旅行に行くって、言っていたっけ。
仕事が忙しすぎて、家族が何をしているのか、よく分かっていなかった。
……そもそも、家族の中でわたし対夫・息子たちの構図となっていて、わたしは家族ではのけものだ。今回の旅行も「三連休、みづ枝は仕事だろ? 俺たち、三連休を利用して旅行に行くことにしたから」と、相談もなく報告だけされた。だいたい家族でのお出かけはわたし抜きで行われる。それに、長男の大学受験のときもわたしは蚊帳の外だった。夫と長男で、わたしには何の相談もなく、大学を決めていた。……別にいいけど。
長男の開は進学校に進んだにも関わらず、たいした大学には行かなかった。クラスメイトはみな有名大学に進学したというのに。恥ずかしくないのだろうか。わたしは恥ずかしい。あんな、私立大学なんて。相談してくれたら、よかったのに。
でも、母さん、家にいないじゃん!
まだ開が中学校に入ったばかりのころの台詞が蘇った。
相談したくても、母さん、いないじゃん。どうすりゃいいってんだよ!
……仕方ないじゃない。仕事が忙しくて。毎日九時まで仕事をして、休日出勤は当たり前。みんな、そうやって働いているんだから。
わたしが仕事を始めたころ、開が私立中学に入学したころ、あのころから、わたしは家族の中で孤立していった。……仕事を始めたのがいけなかったのだろうか。
電車に乗り込み、また私用スマホを見る。夫からも息子たちからも連絡は無かった。
家族旅行 西しまこ @nishi-shima
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