第00年代
那加共栄
虚空の音
私の心臓は、死に急ぎ野郎だ。
バクバク。
今もこうして、なんの意味があるのか、
私を急かしてくる。
バクバクバク。
嗚呼、うざったい。
いったいなんなんだ。
バクバクバクバク。
もう刺し潰してしまおう。
もう衝動が押さえきれない。
わたしはシャープペンシルを取り出した。
カチカチカチ。
カチカチカチカチ。
よし、上等だ。
思いきり、シャツを脱ぎ捨てて、
ブラジャーを剥ぎ取った。
厭に膨らんだ乳房を横によけて、
先の尖ったシャープペンシルを構えた。
ようし、覚悟しろ。
心の中で、投げ掛けてみる。
バクバクバクバクバク。
ええい、往生際の悪い。
こうなったら容赦しない。
このまま振り下ろそう。
シャープペンシルを構えた腕に力を込める。
肉を穿つイメージを持って。
バクバクバクバクバクバク。
さぁ、新世界へと─
「何してんの、マニアックな自慰行為かな」
私は、心臓が止まってしまったのではないかという錯覚をに陥った。現実に引き戻される。私は、好意の目で、後ろの窓を見やった。
「やぁ、千里。相変わらずキュートなお顔だね。私のラブドールにならないかい?」
私は、初めて千里を見たとき、真っ先に、死神を思い浮かべた。
絹のような黒髪。
漆喰を塗りたくったかのような肌。
蝋を流し込んだかような白い眼球。
私は、そんな非日常を生きているかのような
彼女が気に入っている。
あっちがどう思っているのかは、知らないが、こうしてほぼ毎日、私の部屋に遊びにくるところを見ると、少なくとも好意的に捉えてもらっていると思う。
「んー?考えとく。入るよ」
千里は、絹のような黒髪をたゆませながら、ひょいっと、窓枠から部屋に飛び降りた。
「今日も今日とてダイナミックな登場だね」
「そんなことより私の質問に答えてよ」
先程から、千里の目線は、私の乳房と、シャープペンシルをいったりきたりだ。
「あぁ、心臓を潰そうと思って」
「そんなので?」
千里は、私からシャープペンシルを取り上げた。芯の先を人差し指でちょんちょんしている。
「こんなんじゃ無理だよ」
「そうかい」
私は、肩をすくめて、ベットに転がり込んだ。
「そうかいって貴方ねぇ」
呆れてしまったのだろう。千里は、シャープペンシルを床に放って、窓枠に背中を掛けた。
すると、突然、千里の目に、歓喜の色が浮かんだ。
いったいなんなんだろう。
「ねぇねぇ、貴女、もう要らないの?」
「まあね」
「じゃあ、あたしが引受人になったげる」
「はぁ?」
「仰向けになってみて」
私は、言われた通りにした。
「なにをするんだい」
「取り除くの」
「なんのために、どうやって。」
千里は、秘密めいた笑みを浮かべて、私の乳房を愛撫した。
「貴方、肉体に執着がないのね」
「皆目ね」
「じゃあ、この心臓好きにしていいのかな」
「どうぞご自由に」
私は、少々困惑していたが、何かのごっこ遊びだと思い、最後まで付き合うことにした。
「じゃあ、寝ていて。大丈夫、チクッとするだけだから。いってらしゃい。星の海へと」
「だから何を─」
刹那、意識がぐわんぐわんと、揺れ蠢く。
漆黒の円環が幾多にも重なって、まるで、総てを包括しようとしているかのように、精神に入り込んでくる。
やがて、苦痛と快楽が綯交ぜになったような感覚が襲ってきた。
泣き叫びたいのに、声帯が消え去ってしまったかのように、声が出せない。
やがて、意識がショートした。
機械だらけ。
それがこの部屋を表す最も的確な表現だろう。
全ての壁が機械化されている。
今も点滅を繰り返し、真っ暗の部屋に、微弱
な光を落とし込んでいる。
「調子はどう、マリア」
彼女はにぃっと口角を上げながら言う。
「あと少しです。あと少しで…」
マリアと呼ばれた少女は、頭頂から鼻先まですっぽりと、ヘルメットのようなものを、被って、虚空とにらめっこしていた。
「よろしい」
彼女は手近にあった、マッチで、口に咥えていた偽造タバコに火をつけた。
ダメだ、不味すぎる。
だが、もう少しでこんな、タバコともおさらばだ。
我が第三フロンティアが、あらゆる万物を掌握する時が、もう目前に迫っている。
冷笑が、思わずこぼれる。
彼女は遠い目をして、あの日のことを思う。
あの時─
「チサトさん、完成しました」
彼女は振り返る。
マリアが、視界からフッと消えた。
それとほぼ同時に胸元に強い衝撃が押し寄せた。
マリアが抱きついてきたのだ。
彼女は、マリアの、髪を撫でてやる。
ついにだ。
彼女は脳髄の中で漂う心臓を見る。
刹那、部屋中の機械が矯声を発した。
全てを白紙に。
さよなら。
そしてようこそ、素晴らしき新世界。
第00年代 那加共栄 @anarchyabyss
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