逆鏡

幽宮影人

悪夢? 否。それは懐かしい記憶

 夢を見る。


 寝ても覚めても、気が付けば同じ場所で呆然と立ち尽くしている夢を。


 何度見たのか分からない。でも、何度も見てその内容も、次に起こることも予測できるくらい見たことだけは覚えている。


 一番初めに目に入るのは炎。

 固いアスファルトの上でぶつかった四台の車は、ゴウゴウと唸る赤い火に包まれている。タイヤが溶け、車の塗装も剥がれ落ち、見るも無残な姿だ。


 次に耳に届くのは音。

 パチパチと火が爆ぜる音は、冬の日に行われる火祭りとよく似ている。でも、燃えているのは祭りにはどうしたって似つかないモノたち。聞こえてくるのはそれだけではない。

 遠くの方からサイレンが聞こえる。遠方から響いてくるその音は、まるで被害者たちがもう声に出せない悲痛な叫びの代弁だ。甲高く耳障りな音が辺り一帯に響く。


 最後に目に留まるのは薄っすらと揺らぐ人の影。

 炎から少し離れた場所で何かを囲うようにして輪を作る影は、真っ黒な人の形をしているが顔も無ければなにもない。ただ暗闇が人の形を取っただけのような雑な存在である。おまけにその暗闇は随分と儚く、奥の景色が透けて見えるくらい朧気だ。しかしそのおかげで彼らの囲っているものも良く見える。


 そこにいるのは小さな男の子。

 地面に三角座りをし、膝の間に顔を埋めて耳を塞いでいる。小さな男の子は体を震わせて縮こまっているが、俺は彼が次に何をするかを知っている。


 知っているからこそ、この先を見ないためには何をすればいいのかも理解していた。少年は顔を上げ、泣きはらした虚ろな目をこちらに向ける。そうして目を合わせてしまったら、今度は俺が影に囲まれてしまうのだ。


 それから、それから……。


 思い出すだけで心臓が早鐘を打ち、息が苦しくなってくる。


 早くここから動かなくちゃ。

 この光景から目を逸らさないと。

 あの少年と目を合わせてはいけない。


 そう思って動こうとした時だった。少年がゆっくりと顔を上げる。今回も間に合わなかったか、と思った瞬間には少年の目が俺を捕らえ、瞬きの間に俺は少年のいた場所に入れ替わって影に囲まれていた。


 途端に響く声、声、声。


「どうしてお前が生き残ったんだ」

「羨ましい、妬ましい、あぁ死んでしまえばいいのに」

「お兄ちゃんだけズルい」

「まだ幸せになっていなかったのに」

「やりたいことがたくさんあったのに」

「お前じゃない、生き残るべきはお前じゃなかった」

「お前に幸せは似合わない」

「背負い続けろ、私たちの苦痛と声を」


 声と呼称するのもおぞましい音が辺りを木霊する。

 人が発せる音ではないその音は、地獄の底から響いてくるようで、彼方の天国から降り注ぐよう。


「死んでしまえ」

「お前だけ、どうして」

「あぁ憎い憎い!」


 止めどなくただ続く。


 体を動かすこともできないため、もちろん耳を塞ぐこともできない。ただ瞼を閉ざして、この夢が終わるのを待つことしかできなかった。

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