決戦、そして……

 その場所は無数のかがり火で彩られた大広間だった。

 等間隔に並べられ灯された炎の先に見えるのは、まるで冒険者たちを待ち受けんかとする巨大な木製の扉――。

 いよいよだ。ここに来るまでに起きた様々な出来事を僕は思い返す。

 

 最初はゴブリンだったけな? 姉さんに追いかけられてたゴブリンのまるでこの世の終わりだと言わん顔。フフ……、今でも思い出すとちょっと笑いそうになる。

 その後、魔物の肉を姉さんと一緒に食べたんだったな。姉さんが仕留めて、僕の解体スキルで魔物を調理して。うまくもなければまずくもない、ごく普通の味だったことを覚えてる。

 スライムの群れに襲われた時はやばかった。あの時は本当に死ぬかと思ったよ。姉さんの頑張りがなければ、僕は今ここに立ってはいなかっただろう。


 泉さんたちに会ったときは驚いたな。危篤だった船橋さんを治すためにみんなで蝙蝠の魔物に戦いを挑んで、僕は回復スキルを習得したんだ。

 E.D.Mとの命がけの鬼ごっこは白熱だった。死力を尽くすってのは、ああいうときのことを言うんだろうな。MPをフルに使って命かながら、なんとか二層まで逃げ延びることができた。


 鮮明に脳裏に焼き付いている。これまでに起きたことはほんの数時間前の事だったが、思い返してみればとても濃密で楽しい時間だった。


「姉さん、僕……」


「ん、なあに?」


 横を歩く姉さんにそっと僕は話しかけた。それは僕の中である一つの決意が芽生えていたからだ。


「僕ね。将来……」


「よーし、準備はいいかお前ら!」


 僕が喋りかけたその時、龍堂の勇ましい声が大広間にこだました。


「扉を開けたらボスのお出ましだ。歯ぁ、食いしばれよ!」


 龍堂が両手を扉の上に置くと、大地が割れるような轟音と共にそこは開かれた。



**********



 ダンジョンボスは五メートル近い巨大な狼のような魔物。脅威の見極めで見えたその名は、フェンリルと表示されていた。

 フェンリルは体格に似合わず素早い動きで、僕ら冒険者たちの攻撃を華麗にかわし翻弄していた。


「きゃあ!」


 悲鳴をあげたのは姉さんだった。姉さんの振り下ろした刀をよけたフェンリルは、カウンターを合わせるかように向かって体当たりをしたのだ。

 そのせいで姉さんが思いっきり後ろに吹き飛ばされた。


「姉さん!」


 慌てて僕は姉さんのもとに駆け寄ると、スキル――ヒーリングを発動させた。

 酷い青あざだ。よっぽどの衝撃だったのだろう。上腕から肩にかけての内出血した様子が肌に色濃く出ていた。


「大丈夫?」


「ちょっと痛いけど、大丈夫。骨は折れてないみたい」


「チッ、思ったよりもやりよるな……。しゃあねえ、文字通り出血大サービスだ!」


 龍堂が突然そう叫ぶと、彼は手にしたナイフで自身の肘から手首にかけてを思いっきり切り裂いた。

 彼はその大量に流れ出た血をボス部屋の床一杯にまき散らす。空中を跳躍していたフェンリルが床に着地した瞬間、龍堂の血がまるで針山のように変形すると、まきびしのように魔物の四足に突き刺さったのだ。

 フェンリルは足元をとられ、明らかに動きが鈍くなっている。


「今だ。全員、叩きこめ!」


 龍堂の号令をかわきりに、冒険者たちは一斉に攻撃を畳みかけた。泉さんの弾丸、船橋さんの火球、里紗さんの雷光。ただ……。


「効いていない……?」


 全て直撃したというのに、魔物はピンピンしていたのだ。倒れる素振りがまるで見えない。


「まさか、遠距離攻撃が効かないのか!?」


「だったら、あたしが!」


 姉さんはヒーリングでの治療を中断し、壁に立てかけた刀を手に取ると走り出し、フェンリル目掛けて飛びかかる。


「これで、終わりよ。エアスラーッシュ!」


 刀に纏わせた風の刃を姉さんは、魔物の首元へ振り下ろした。姉さんが血で汚れた地面に足を付けると、フェンリルの頭がポロっと胴体から床に落ちたのだった。


 するとすぐ、魔物の亡骸の傍に青い光柱のようなものが出現した。これがさっき話していた転移門というやつか。


「光大、帰ろっか!」


 光に触れた姉さんの体が消える。僕もその後を追うように、そっと転移門に触れると目の前が真っ白になった……。



**********



 光に包まれた僕は気づくと幼いころよく遊んでいた公園の前に立っていた。目の前に広がる黒い渦。どうやらダンジョンを脱出することに成功したようだ。


「あ~、楽しかったぁ!」


 気づけば朝を迎えそうになっていた。僕の隣に立つ姉さんが、オレンジ色に輝く朝日を全身に浴び、けのびして体を伸ばす。


「姉さん、その……。さっき言いそびれたことがあるんだけど……」


「なあに? お姉ちゃんに何でも言ってくれていいわよ!」


「うん、僕ね。冒険者になりたい」


 僕はこの世で一番信頼できる人間の一人に、思いの内を話した。


「泉さんたちや姉さんのギルドの人たちと関わって、冒険者ってのはすごい職業なんだって思ったんだ。命がけで魔物と戦って、人々の役に立つ。僕もあんな風に立派な……、みんなに尊敬されるような人間になりたい……! あと、僕のユニークスキルの本当の力もちょっと気になるし……」


「光大、あんた……!」


「それは本当か、フェイバリットフレンド!」


 すると、龍堂がいつの間にかこちらに戻っていた。その隣には部下である里紗さんもいる。


「君ならなれるよ」


 そう優しい口調で言ったのは、船橋さんだった。


「ああ、間違いない! わたしが保証する」


 勇ましい声で僕を激励してくれたのは、泉さんだ。


「光大、話してくれてありがとね。姉さん、すごく応援するから……! 頑張れ!」


 みんなの励ましの言葉が、とても身に染みる。


 地平線から太陽が昇った。その日差しはまるで僕の門出を祝うかのように光り輝いて見えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自宅の風呂場にダンジョンができたある姉弟の話 星川カタル @kataru3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ