船上のブルー。

音佐りんご。

どんな荒波にも決して溺れない為に。

 ◆◆◇◆◆


  洋上、船の甲板に集まる五人。

  鼬川の前に鬼灯が立っている。


鬼灯:どうして殺したの? 鼬川さん。

鼬川:え、っと……その……。

鬼灯:ううん、勘違いしないで? 別に責めてるわけじゃ無い。私はただ純粋に気になるだけ。あなたがこの状況で船長をどうして殺したのか。

鼬川:そ、それは……。

平葦:なしろサン、その言い方って責めてるのと一緒じゃん? どうして殺したの? なんて、刑事ドラマかよ。って感じじゃん? なしろサン。

鬼灯:ドラマ? あなたは気楽で良いですね。これはそんなに易しい状況だと思う?

平葦:思わ無いっすけど、それだけが取り柄なもんで。

鬼灯:でしょうね。

平葦:手厳しい。でも、この状況ってまさにドラマなわけじゃん? この血みどろの悲惨な船上に残された五人。まぁ、ドラマティックさは死にそうなくらい無くてリアリスティック全開のすんげーハードな……

鬼灯:何が言いたいの? あなたは。

平葦:仲良くしよーよ? ってこと。

青葉:仲良く、ねぇ。

平葦:なしろさん。それにみんなも。争ってても意味ないよ? まずは生きて帰らなきゃ!

青葉:それはそうですがねぇ、そもそも……。

平葦:まぁまぁ、青葉サン。それぞれ思うところはあるだろうけどこの困難を前に俺達は手に手を取って協力しなきゃなんだぜ?

鎚谷:協力って言っても、船長がくたばっちまった以上、俺達にできることは多くないぞ。

鬼灯:多く、どころか何も無い。私は船の操縦なんて出来ないし、無線機も死んでる。あなたたちは?


  間。


鬼灯:なら、私達は助けを待つしかない。この話はそれで終わり。

青葉:随分淡泊ですね。鬼灯さん? そもそもあなた達ヤクザだかマフィアだかがこの船に乗らなければこんなことにはならなかったというのに。そのことに関して何か申し開きは無いんですかねぇ?

鬼灯:巻き込んでしまったことは申し訳ないと思う。けれど、それは今重要なことでは無いと考えているから、無事生還したら責任を負うつもり。この件について私から言えることはもう無い。

青葉:なんですかそれ。他人事じゃないんですよ?

鬼灯:今、私に出来ることは何も無い。それでも、考えるべきことはある。だから、悠長に過ぎたことを話しているつもりはない。

青葉:過ぎたこと? なら、鼬川くんのことも同じじゃ無いですかねぇ?

鬼灯:いいえ、彼は実際に船長を殺したし、今生きているんだもの。これは今後話し合うべきことでしょ?

鼬川:その、僕は、すみません……。

鬼灯:だから鼬川さんには答えてもらわないといけない。

青葉:だったら鬼灯さん、あなたにも答えて頂かないといけないことがたくさんあると思うのですがそれについてはどのようにお考えなんですかねぇ?

鎚谷:青葉、絡む気持ちは分かるが今は……

平葦:ちょっとちょっとみんな! 人類皆ファミリーだよ!

鎚谷:平葦お前なぁ。

平葦:しっかりしてよみんな。パニックになっちゃダメだって。てか、こういうの、鎚谷サンの仕事でしょ? この中で一番年長なんだから。しっかりしなきゃだめじゃない。

鎚谷:年長者に向かって随分上から来るお前は何なんだよ?

平葦:今は年齢なんてどうでもいいでしょ。

鎚谷:お前……。

鼬川:すごいダブルスタンダード……。

平葦:そうダブルスはチームワークが大事。みんな、ほら、こういうのなんて言うんだっけ? 一蓮托生、呉越同舟、的な? 僻み合ってても仕方ない! オーケー?

鎚谷:オーケーじゃねぇよ平葦。僻み合うってなんだ、啀み合うだろ。馬鹿に明るいのは構わねぇが、考えなさすぎもどうかと思うぞ俺は。

平葦:それは一理どころか二万理ある。

鎚谷:なんだよ二万理って。

平葦:鎚谷サンと違って俺は悲観なんてしてられませんよ、ほっとくとみんな直ぐ喧嘩するんだもん。折角生き残ったんだから、これ以上命を蔑ろには出来ませんよ。ね? なしろの姉御。

鬼灯:そうね。

平葦:どうでもよさげだなぁ。

鎚谷:いいからお前はしばらく黙ってろ平葦。

平葦:あいあいキャプテン。

鎚谷:ほんと気楽だな、お前。長生きするぞ。

平葦:えへへ、俺もそう思います。鎚谷サン。

鬼灯:長生き、ねぇ。

鬼灯:……それで? もう一度訊くけど、鼬川さん。

鬼灯:あなたはどうして船長を殺したの?

鼬川:それは……。

青葉:生きるためですよ。

鼬川:え?

青葉:決まってるじゃないですか。ねぇ、鼬川くん。

鼬川:あ、えっと、……はい。

青葉:ねぇ?

鬼灯:青葉さん、あなたに聞いたつもりはないのだけれど。

青葉:彼は自分の行いにまだ激しく動揺されているんですよ? それなのにあなたみたいな方に問い詰められるなんて、僕は鼬川さんが不憫で……。

鎚谷:青葉。お前は鼬川の保護者か? 恋人か? 違うなら控えろ。

青葉:おや、失礼。

鬼灯:……それで、間違い無い? 鼬川さん。

鼬川:……はい。

鬼灯:詳しい状況を教えてくれる?

青葉:はぁ……。

鬼灯:何?

青葉:いいえ。

鬼灯:……鼬川さん?

鼬川:僕は……僕は船長に殺されると思って殺しました。

鬼灯:それは聞いたけれど。その前に、どうしてあなたは船長のところに行ったの? 最初から教えて。

鼬川:……皆さんも知っているとおり、この船では、恐ろしい殺し合いが起きていました。

青葉:誰かさんのせいでねぇ。

鬼灯:私のせいだと言いたいの?

青葉:そう聞こえませんでしたか?

鎚谷:青葉。今は鼬川が話してるんだ。黙って聞け。

青葉:……ふ。

鎚谷:続けてくれ。

鼬川:僕は怖くて逃げ出しました。でも、この船の上で、安全な場所なんて無い、そう気付いたので、この船で、最も重要な場所に、逃げ込もうと思いました。

鬼灯:それでブリッジへ?

鼬川:……はい。何が起こっているのかも分からなかったので、助けを求めて僕は……。そしたら、……船長が、銃を持っていました。僕を見た彼は、銃をこちらに向けて撃ってきたんです。僕は必死に逃げました。

鎚谷:怪我は、その時にしたのか?

鼬川:はい、幸い、掠っただけでしたけど……。

平葦:よく逃げられたっすね!

鼬川:でも、このままでは殺されると思って、それで、ふと近くにあった消火器を掴み、曲がり角で、丁度追いかけてきた彼に向かって……


  間。


鼬川:それでよろめいた船長をこの船から落として殺しました。

平葦:……わーお。鼬川サン、意外に勇ましいよね。お見事!

鎚谷:お見事じゃねぇんだよ馬鹿。その結果、この船は彷徨うことになってるわけだろうが。

鼬川:すみません、僕の軽率な行いのせいで皆さんをこんな目に……。

平葦:いいのいいの。気にしないでよ、鼬川サン。人間生きてりゃそういうこともあるって。

鎚谷:ねぇよ。あるんなら、お前生き方見直した方が良いぞ。

平葦:善処するっす。

鎚谷:まったく……。

平葦:まぁでも鎚谷サン。やっちゃったもんは仕方なくね?

鎚谷:そりゃそうなんだが……。

平葦:水と食料はいっぱい在るんだし。しばらくは大丈夫でしょ。

鼬川:でも、助けがいつ来るか分からないんです。いくらあっても足りないかも……。

鎚谷:それはそうだ。無線も壊れてるんだろう?

鬼灯:船長があちら側だったから、この船の航路だって怪しいかもね。

鎚谷:だとしたら、このまましばらくは漂流していると?

青葉:嵐に遭わなければねぇ。

鎚谷:それは笑えねぇぜ、よしてくれよ。

鬼灯:最悪なくなっても、肉だけはなんとかなると思うけど。

鼬川:え?

平葦:あー確かにね。鎚谷サン。冷凍してるっしょ? あれ。

鎚谷:それは、してるが、そういう意味じゃ無くて……あー想像したくねぇな……。

平葦:まぁ、最後の手段だよね~。

鎚谷:……お前正直怖いわ。

平葦:俺だって怖いっすよ、でも生きて帰るためには仕方ないことっすよ。だ~か~ら~、気に病まないで欲しいっす。鼬川サン?

鼬川:は、はい……ありがとうございます……平葦さん。

平葦:喜利でも良いっすよ、マイフレンド蓮太郎。

鼬川:え、えっと……平葦さん。

平葦:振られちゃった!

鎚谷:緊張感ねぇなぁ。

平葦:それが唯一の取り柄っすから!

鬼灯:言うことはそれだけ?

鼬川:……はい。僕は死にたくなくて船長を殺しました。すみません。

鬼灯:……そう、分かった。それならいい。

青葉:それならいい? いや、ちょっとさぁ、あれだけ人を問い詰めておいて……いいえ、追い詰めてと言うべきでしょうか? 何にしても味気ない態度ですよねぇ鬼灯嬢? それこそ平葦くんが言うみたいに刑事みたいでしたよ? 実際は全く逆の立場だというのに。

鬼灯:その、軽薄な呼び方やめてもらえる? 私、お嬢さんなんて歳じゃ無いのだけれど。

青葉:それは失礼。鬼灯撫白婆。ふふ。

鬼灯:何がおかしいの? 今のどこが面白かったのか説明してくれない?

青葉:そんな怒らないでくださいよ。ほんの冗談じゃ無いですか。

鬼灯:怒ってないけど?

青葉:またまた~。ふふふ。

鬼灯:何が面白いの?

青葉:いやいや。

平葦:それあずきバーみたいっすね!

鎚谷:ぶふっ……。


  間。


鎚谷:失敬。続けて。

平葦:ちょっと鎚谷さ~ん、空気読んでくださいよ~。

鎚谷:っく、お前が言うな。

鬼灯:……私は怒っていないけれど、あなたが私を怒らせるつもりなのは分かった。

青葉:怒らせるなんて滅相も無いですよ。あなたが勝手に怒っているだけですから。短気の鬼灯婆さん、

鬼灯:怒ってないというのに。まぁいい。

鬼灯:私はただ、あなたのような存在が理解が出来ないだけ。それに、今の自分の冗談を面白いと言える感性も。

青葉:ふうん? あんたに理解できる人間なんているのかな?

鬼灯:そんなものいない。他人を理解できるなんて傲りそのものだし、理解する必要も無い。そんなのは言うまでも無いことでしょう?

青葉:なら、どうして彼を問い詰めたんですか? 鼬川くんを。

鬼灯:簡潔に言えば好奇心と確認。それ以上の意味なんて無い。

青葉:好奇心で人の内面に土足で踏み込むんですか? 野蛮ですねぇ。怖いですねぇ。それに確認とは、随分上から目線ですが……いやぁ、流石堅気じゃ無い人は違います。

鬼灯:靴を脱げばどこにでも上がれると思ってる方もどうかと思うけれど。

平葦:西洋は土足だしね~。

鎚谷:そういう話はしていないが。

鼬川:西洋は土足だけど洋上は……どっちなんだろう?

鎚谷:お前も乗るな。

平葦:船の上じゃ靴は脱がないんじゃね?

鎚谷:まぁ現にここは洋室だしな。

平葦:だったら、靴を脱ぐのは……

鼬川:飛び降りるとき。

鎚谷:ふむ。

鬼灯:ねぇ、青葉さん。

青葉:何でしょうかねぇ?

鬼灯:あなた。ここがどこなのか理解してる?

青葉:さぁ? どこなんですか? 洋上のどこかだということは分かりますけど、……もしや、聡明な鬼灯女史にはここがどこだか見当がおありでしょうかねぇ? もしそうならば、あなたの口からお聞かせ願いたいところですねぇ。

鬼灯:……決まっているでしょう。ここは海の真ん中。

青葉:は、そんなの見れば分かりますよ。そのまんまじゃ無いですか、僕達が聞きたいのは、そんな表面的なことじゃないんですよ。

鬼灯:そう? あなたはその表面的なことすら分かってないのかと思った。

青葉:はぁ? 僕のこと馬鹿にしてますか?

鬼灯:馬鹿にしてるのはあなたでは? それに事実でしょう? 私があなたの言うように婆さんであるのと同じように、あなたはよく言えば道化で端的には愚か者。

青葉:道化か愚か者ねぇ? あなたは差し詰め女王ですね。

鬼灯:婆さんだと言ったり、女王だと言ったり、忙しい。

青葉:姫に林檎食べさせるために婆さんに化けるの知らないんですか?

鬼灯:知らないけど。メルヘンなお話をしている余裕があるなら現実見たらどう?

青葉:目を背けてんのはあんただろ。

鬼灯:……あなたたちはどう思う? 鎚谷さん。鼬川さん。平葦。

鎚谷:ん? そうだな。青葉が出過ぎたことを言って戯けてるようには、確かに見えるが。まぁ、俺ははこの状況を考えればそれも仕方ないことだとは思ってる。実際、こいつが言うように俺達が今こんなことになってるのは、もとを辿ればあんたらのせいだしな。

鼬川:ヤクザの抗争……。

鎚谷:実際はもっと複雑なんだろうが、偶然居合わせた俺達は割りを食う形だ。目の前でいきなりドンパチ繰り広げられて、船長までグルで、狙われた方も殺しに来た方も全員纏めて他の客ごと巻き込んで死んで。そんな中、運良く生き残ったとはいえ、俺達は一歩間違えば死んでた。それは事実だろ?

鬼灯:ええ、そう。それは紛れもない事実。

鎚谷:あんたにも事情はあるんだろうが、こんなことにさえならなけりゃ俺達は今も日差しの下、陽気にバカンスと洒落込んでた訳だ。どうしてくれるって思うのも無理は無い。

青葉:その通りですよ! 鼬川さんは巻き込まれたんです。こんなことが無ければ鼬川さんは人を殺すようなことも、あなたのような人に目をつけられることも無かった。どう責任を取るんです?

鼬川:僕は……。

鎚谷:でも俺はその点に関しては中立でいさせて欲しい。どっちにも五分の主張はあるだろうしな。

平葦:てかあの、なしろサン? なんで俺だけ呼び捨てなんすか?

鬼灯:初めて会ったとき、そう言ってたでしょ。あなた。

平葦:あり? そうだっけ?

鎚谷:俺の名前は平葦喜利、平葦でも喜利ちゃんでも好きに呼んでくれよ美しいレディ? って、女とみるや片っ端から声かけてただろお前。

平葦:記憶にございません。

鎚谷:おいおい。

鬼灯:忘れて正解かもね。なんせその子達は片っ端から死んだんだから。

鎚谷:あのな鬼灯さんよ。鼬川のこともそうだが、言い方ってもんがあるだろ。みんな生き死に関しちゃ敏感になってる。あんたが憎まれ役買いたいってんならとめねぇが、今はそれより、生きて帰ること優先しなきゃだろ?

鬼灯:どう言い繕ったところでそれが事実なんだから仕方ないでしょう。言い方を変えれば現実が何か変わって? それに、こんな時くらい死に敏感じゃないと遠くないうちに死ぬことになる。

青葉:あのさ、鬼灯さんは人が死ぬことなんて日常茶飯事だから感覚が麻痺してるのかも知れませんけどねぇ、僕ら一般人にとっては人が死ぬのはおおごとなんですよ。それを、死んだ殺したで片付けるのは理性ある現代人としてどうなんでしょうねぇ? って、僕なんかはそう思うんですよ。

鬼灯:随分お利口さんみたいな口を利くけれど、あなたの中にそういう感覚があるとは意外。

青葉:心外ですねぇ。僕にも人を悼む気持ちはあります。あって当然じゃないですか。

鬼灯:いいえ、あなたの死生観は知らないけれど、あなたに「僕ら」だとか「一般人」だとか、社会性のようなものがあるようには感じられなくて。

青葉:はぁ……。何言ってるんですかねぇ、反社が。

鎚谷:おい青葉。

平葦:仲良くしようよ~。

青葉:仲良く? 冗談でしょう? どう言い繕ったところでそれが事実なんだから仕方ないでしょう? 鎚谷さん。それとも言い方を変えれば現実が何か変わるんでしょうかねぇ?

鎚谷:それは……。

青葉:このクソみたいな状況を作った張本人なんですよ? こいつは。ヤクザの女だか女王だか何だか知りませんが、それがどんなに偉いんでしょうか? 罪に溺れた暴力装置が罪の無い僕らを巻き込んだ。事実はそれだけですよ。死ぬなら自分たちでに勝手に死ねば良い。僕らを巻き込むなよ。それだけじゃ飽き足らず、勝鼬川くんみたいな気の弱そうなやつ問い詰めて刑事ごっことか、ほんと舐めてますよねぇ。社会を。脅せばなんとかなると思ってんですかねぇ。てか、そんな余裕あるなら詫びるとかさ、つか責任取れよ? 人に責任転嫁してんじゃねぇっての。

鬼灯:責任転嫁? いつしましたか、私が。

青葉:いやぁ驚きますよ、こいつ。開きなおんなよ。あのさ、鼬川くんにこの責任押しつけようとしてただろうが、ババア。

鬼灯:……責めてるわけじゃ無いと言いましたが。聞いてなかったのですか? 生きるために殺したという答えに対して、いい、とも。

青葉:あ? それが責めてることになるんだよ。馬鹿なのか? それも開き直りなんだよ、正当化なんだよ。鼬川くんの気持ち考えろよな? ねぇ、鼬川くん。

鼬川:あ、え、あの……僕は……えっと、鬼灯さんは、若いと思います。


  間。


青葉:は?

平葦:……それな!

鎚谷:まぁ、ババアでは無いよな。それ言ったら俺もっと年寄りだし。逆に言えば青葉が若すぎるだけなんだよな。

平葦:俺も若いけどね!

鎚谷:そうだなー。

青葉:いや、今そういう話してないんですが。

鎚谷:じゃあ、どういう話をしてるんだ?

青葉:決まってるじゃないですか、この女から鼬川くんを守ってるんですよ。

鎚谷:そうなのか、鼬川?

鼬川:えっと……。

平葦:てか、青葉サン人の気持ちがどうとか言ってるけど、鼬川サンの気持ちとか、なしろサンの気持ち考えてます?

青葉:嫌だなぁ、平葦くん。鼬川くんのことは考えてますよ。もちろん。でも、鬼灯さんの気持ちなんて考える意味なくないですか? だって、元凶ですよ。犯罪者だし。そもそも社会のゴミだし。

鎚谷:それを言ったら、鼬川だって人を殺してる。この状況を作ったって意味なら鬼灯以上に、鼬川蓮太郎は犯罪者だ。

鼬川:……はい、僕は……人を、船長を殺しました。それによって、皆さんの命まで危険に……僕はなんて大きな過ちを犯してしまったんでしょう……。こんなの許されて良いはずが無い……。

平葦:鼬川サン……。

青葉:ちょっと、鎚谷さんまで彼を責めるんですか? 酷いですよ、彼は生きるために仕方なく殺したんですから。悪くないじゃないですか。

鎚谷:悪くない。確かに、自衛の為の手段としてはそれしか取りようが無かったのかも知れない。非常事態だったしな。

鼬川:すみません……。

青葉:鼬川くんは間違ってないですって。

平葦:鼬川サンは間違って無いっす。

青葉:そう思いますよねぇ。

平葦:てか、間違ってるの青葉サンじゃないすか?

青葉:え?

平葦:あの、さっきから聞いてて思ってたんすけど、なんていうかあんた、すごい醜いっすね。

青葉:は、醜い? 何言ってるんですか、僕は正しいことをしてるだけなんですけどねぇ、それの何が醜いんですか?

平葦:何がって……言わなきゃ分からないすか?

青葉:はは、分かりませんねぇ。いいたいことがあるなら言って下さいよ平葦くん。醜いと言えば、元凶のクセに反省してる風も無く、開き直ってるそこのババアじゃないで……

平葦:口開くなって。殺すぞ。


  平葦、青葉に銃を向ける。


青葉:あ、え、銃?!

鎚谷:平葦お前!

鼬川:平葦さん……!

鬼灯:……あなたが持ってたの。

青葉:冗談はやめて下さいよ、平葦さん、僕を殺してどうなるんですか。というか、殺すなんておかしいですって、なんで僕が殺されないといけないんですか、そうだ、おかしいですよ。論理が破綻してる。こんな状況だからって、おかしくならないで下さいって。冷静に、そう、冷静になるべきです! 僕達は生きて帰らなきゃいけないんですよ。ねぇそうでしょう? 鼬川くん! あなたもそう思いますよねぇ!

鼬川:え、あ、その、生きて帰りたいです。

平葦:そうっすね、俺達は生きて帰らなきゃいけない。

青葉:そうですよ。協力しましょう。

平葦:でも、その俺達の中に、あなたみたいなゴミを本当に含まなきゃいけないのか、俺には分からないんすよね。

青葉:は、はは、お前何言ってんだよ? 目ぇ付いてんのか? 社会のゴミはそこに居るだろ。俺よりもそっちの……!


  銃声。


青葉:っひ!

平葦:おー。手ぇ痺れるぅ。でも、銃って初めてでも意外と撃てるものなんすね。

青葉:ちょ、シャレになってないですって!

平葦:うーん、この辺かな。

青葉:や、やめ……!

鎚谷:平葦!


  銃声。


平葦:あー、うん、大体コツは分かったす。次は当てるっすよ。

青葉:あ、ああ……。

鎚谷:やめろ平葦、こいつを殺して何になるんだ。

平葦:何にもならないけど、これ以上醜いものを知覚しなくて、済む?

鎚谷:そんな理由で人を殺すな!

平葦:じゃあ、どんな理由なら、人は人を殺して良いんすか?

鎚谷:それは……。

平葦:生きるためならオーケー?

鎚谷:そんなわけ無いだろう、殺すのはダメだ。

青葉:そ、そうだよ、人を殺すのは良くない……!

平葦:黙れよ。口を開くな。

青葉:う、あ……。

平葦:言っときますけど、こいつ、快楽で人殺すタイプっすよ絶対。喜び勇んで、罪人に石を投げようとするやつ。自分は正しいみたいな。絶対に間違ってないみたいな確信があるのか何なのか知らないんすけど、正直気持ち悪いんすよね、こういうやつ。よくないっすか、もう。

鎚谷:それ以上言うな。平葦。

平葦:分かってないんすよ、こいつ。ここがどこで、どういう状況なのか。なしろサンは言うまでも無いし、鎚谷サンも分かってる。鼬川サンは、分かったからこそ殺した。そうっしょ?

鼬川:僕は……。

平葦:わかってるっす。鼬川サン。あなたは、率先して船長を殺した。多分、みんなは迷うと思うっす。船長を殺したら漂流することは目に見えてるし、生きて帰れる確率は減る。でも、船長が俺達を生きて帰すはず無いって分かってたから殺したんす。

鼬川:でも、僕は追われていて、必死だったから……。

鬼灯:でも、一度殴ってから、突き落としたんでしょ? あなたは。

鼬川:あ……。

平葦:そうっす。本人は気付いてないのかもっすが、鼬川サンはその点冷静だった。鬼灯サンはそれを確かめたかった。自分が非難されることも分かってるのに。なのにこいつだけ、阿呆みたいにピーチクパーチク好き勝手囀って、ガンガン空気悪くするだけして、責任なんて取ろうとしない。俺、結構思いやりのある男のつもりだったんすけど、ああ、ダメだなって思いましたもん。非常時にこそ人の本性が出るって言いますけど、気付きましたね。ああ、こいつ悪性だなって。どうしようもねぇなって。俺、言いましたよね? 呉越同舟って。喧嘩してる余裕なんて無いんすよ。それが出来ないなら退場してもらうのが一番なんす。

青葉:そんな馬鹿な……!

平葦:馬鹿はお前だろ。未だに分からないのかな、あんた。もう終わりにしようか。

青葉:僕を殺すなんて、そんなの、許されるはずない!

鎚谷:そうだ、殺したらダメだ! 生きて帰るんだろ、俺達は!

平葦:鎚谷サン。撃ちたかったら撃っても良いんすよ? 持ってるんでしょ、銃。

鎚谷:お前気付いてたのか。

平葦:鎚谷サンも何人か殺してますもんね。いや、別に責めるわけじゃ無いです。鎚谷サンが居なかったら、俺も死んでたと思うんで。そう、生きるために生き残るために必要だから殺した。それだけっすから。

青葉:や、やめ……!

鬼灯:待って平葦。あなたはどんな理由で彼を殺すの? それは本当に正当なこと?

青葉:そうだそんなのは間違ってる!

平葦:人が人を殺すのに正当性なんて無いっすよ。それはあなたが一番分かってるでしょ、なしろサン。

鬼灯:ええ。どう言い繕ったところで、殺しは相手の権利を奪うことに外ならない。そこに正当性なんてない。あるのはただ……。

鼬川:殺してでも為したい、エゴ。

平葦:結局はそうっす。帰りたいと思うのも、協力しなきゃと思うのも、殺したいと思うのもエゴ。

鼬川:そう、ですね。

青葉:いや、納得してんじゃねぇよ! お前らいかれてんじゃねぇのか!?


  平葦、銃を下ろす。


鎚谷:平葦。

青葉:は、なんだよ脅かすなよ……。

平葦:でも、俺にはやっぱ出来無いっす。こんなクソ野郎でも、殺すのは怖い。殺して生きていくのが、怖い。それを押し通せるほど俺のエゴは強くないっす。

鬼灯:生きて帰る。けれど、帰った後も、人生は続いていく。

鼬川:だからこそ、殺さないと後悔する。


  鼬川、青葉を掴む。


青葉:は?

鼬川:僕が船長を殺した本当の理由。

青葉:何だよ、お前! 手ぇ放せよ!

鼬川:やっと分かったんです。

青葉:冗談だよな、おい! やめてくれ鼬川!

鼬川:そう。生きるため。

青葉:鼬川! てめぇふざけんな!

鼬川:そしてみんなを守るため、僕はそう思ってました。

青葉:何見てんだよ、お前ら! 鎚谷、助けろよ! 殺しはいけないんだろ、

鼬川:けど、違うんです。

青葉:は、はは、終わりだ! お前らは終わりなんだ! もしお前らが生きて帰れても、世界がお前らを許さない!

鼬川:ここは海のど真ん中で、僕達は今、世界の外側にいる。

青葉:僕を殺すのか? そんなの許される筈が無い!

鼬川:確かに許されざる罪かも知れない。けど、それを知る人間はもういない。

青葉:鼬川ぁぁ!

鼬川:さようなら。青葉さん。


  銃声。

  何かが海に落ちる音。


青葉:え、え?

鬼灯:やっぱりそうなるんですね、鎚谷さん。

鎚谷:俺達は生きて帰る。でも、俺にもう帰るところは無い。

平葦:何、言ってんすか鎚谷サン、どうして鼬川サンを……!

鎚谷:巻き込んで悪かったな、平葦、青葉、それに鬼灯さん。

鬼灯:気にしないで。鎚谷さん。私が勝手に守ろうとしただけだから。でもそれがあなたの選択なら、私は止めない。

平葦:何言ってんすか、鎚谷サンを守る? どういうことっすか?

鎚谷:平葦、人間、運命からは逃げられないんだよ。お前がもしそんな生き方をしようとしてるなら、生き方見直した方が良い。罪からは逃げられないんだ。

平葦:罪? 鎚谷サンは生きるために、俺らを守るために……!

鎚谷:違うんだ。俺なんだよ。抗争なんかじゃ無い。俺のせいだったんだ。鬼灯さんは、彼女の仲間達は俺を守るために死んだんだ。お前らははそれに巻き込まれた。

平葦:そんな、だって、鬼灯サンは……。

青葉:スケープゴートになろうとした……?

鎚谷:背負うべき罪を人に背負わせ、罪の無い人を殺し、罪を人に吹き込み、そして罪を負った人を殺した。俺は正しく悪魔だよ。

平葦:そ、……んな、

鎚谷:迷惑かけたな。今更こんなこと言って、何かが変わるわけでは無いが、生きてくれ。そして悔いの無いように。どんなに悔やんだところで死ぬ寸前にそれを改めることは出来ないんだから。

平葦:鎚谷サン!

鎚谷:じゃあな。


  銃声。

  何かが海に落ちる音。


平葦:鎚谷サン……。

鬼灯:…………。

青葉:あの、結局、これは何だったんですかね。

鬼灯:…………。

青葉:黙ってないでなんとか言って下さいよ、鬼灯さん。

鬼灯:これは、誰も知らない船の上の出来事。

青葉:はい? そんな言葉で片付けないで、説明して下さい! こんなの訳が分からないですって!

鬼灯:ええ、これから全てお話しましょう。そして考えて下さい。青葉さん。それに平葦さん。

平葦:……考える余裕なんて。

鬼灯:それでも、今生きているのなら、考えるんですよ。

青葉:考える? 何を。

鬼灯:今生き、これからどう生きるのか。その時間はこの海の水の分だけあります。そして、渡っていきましょう、この海をいいえ、世界を。どんな荒波にも決して溺れない為に。それが生きる者の運命なのだから。

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