1-23.必要な努力


 夕食後。ダンストンと話があるからと、ミルキィはそこでルカと別れた。

 その後はルカの部屋までサシェ達が送ってくれ、ミルキィは部屋に入るなりベッドへと倒れ込んだ。

 うつ伏せの体勢で身を沈ませる。

 軋むスプリングの音を聞きながら、カーテンの隙間から覗く夜の空を見上げた。

 ほおぉ、と。充足感はらむ細い吐息をもらす。

 不思議とミルキィは満たされた心地に包まれていた。

 彼らならば、ミルキィのことを本当の意味で知っても、きっと拒むことはしないのだろうなとは思っていた。

 なのに、一度は手放そうとしていた存在だ。

 あまりにも勝手が過ぎる考えだとも思っている。

 こうして受け入れてもらえて、充足感に包まれている。

 ミルキィのしたいことのために、一歩前へと踏み出せた。


「……ルカの隣に居るって決めたんだから、そのための努力はしないとじゃん」


 ごろんと転がった。

 聞こえはよくないかもしれない。

 それでも、居たいと思う場所に居るための努力は、時には必要なのだと思う。

 そう、人と向き合う努力は必要だ。

 人の領域で生きると決めた。

 ならば、人の中に馴染む努力は必要な努力であり、しなければならない努力だ。

 身を丸める。それはまるで、何かから身を護るようで。


「――……やっぱりみんな、あったかかった」


 丸まった身体。足を両手で抱え込むと、尾が追従するように身を添ってミルキィを包んだ。


「利用してるって思われるかな。でも、これが私の生き方だ」


 ルカは人の領域で生きる存在だ。

 彼をミルキィの領域に引っ張ることは出来ない。

 それならば、ミルキィが領域を広げて彼の方へと歩み寄るしかない。

 ミルキィは先祖返りとして人ならざる面も持つが、人の領域で生きることも出来る存在なのだから。

 なら、それらしく――人らしくならねばならない。

 そう思い、ミルキィは皮肉げに口の端を上げた。

 それはやがて、ほろ苦いものに変わる。


「ルカの隣――人の領域で生きるって決めたけど、根本なとこは人になれないのかもなぁ……。それでも、それを面倒だって片付けちゃえば、バロン君が言ったみたいに逃げになるし」


 逃げるのは、なんかムカつくからやだ。

 ごろんと寝転がり、両手足を広げて大の字になってやった。

 そういえば、そのバロンは大丈夫なのだろうか。

 ヒョオから間接的にだが、プリュイと共に精霊界に帰れたとは聞いた。

 けれども、その後のことは全くわからない。

 ルカが戻って来たら、改めてバロン達のことを訊いてみよう。

 そう決めたミルキィは、一度体を起こした。


「この勢いのままに、今はもう一つと向き合おう」


 金の瞳がサイドテーブルに放置したままのスマートフォンを見る。

 暫く触りもしていなかった。

 幸いに充電ケーブルに繋げたままだったので、充電切れの心配はない。

 ケーブルを引っこ抜くと、ミルキィはスマートフォンの画面を付ける。

 案の定というか、予想通りというか、思った通りに連絡通知は――ないなと思ったら、一通だけ入っていた。

 おや、と軽い驚きで金の瞳が瞬く。

 ミルキィの人ならざる面が強く現れる期間には、基本的に母から連絡をしてくることはない。

 それが今回はある。

 妙な緊張も伴いながら、通知をタップする。


【お母さん:元気してる? ご飯はきちんと食べなさいね】


 起動したメッセージアプリには、それだけだった。

 それだけの母からのメッセージ。

 ふふっ、とミルキィの口から小さな笑いがもれた。

 短い文でも、きっと頭を悩ませたのだろうなとわかるくらいには、ミルキィも母と一緒の時間を過ごしてきた。

 もしかしたらずっと母も、こんなミルキィと向き合おうとしてきたのかもしれない。

 獣の耳と尾を持った姿のミルキィと。

 それをミルキィの側から諦めていたのだから、母もどうすればいいのかわかるはずもない。


【ミルキィ:まあまあ元気。戻ったら話そう、いろいろ】


 それだけメッセージを返すと、すぐにスマートフォンの画面を消してベッドに放り投げる。

 メッセージに既読が付くのを見るのも、何だか返信を待っているみたいでむず痒かった。

 再びベッドに倒れ込んで、疲れたぁと深い息を吐き出す。

 ころんと寝転んでうつ伏せの体勢になると、ベッドに染み付いた匂いがミルキィの鼻を刺激した。

 その匂いが、どうしてだかふと気になった。

 少しだけ気が緩んだせいなのかもしれない。


「……ルカの匂いがする」


 ルカのベッドなのだから、彼の匂いが染み付いているのは当たり前だ。

 けれども、この頃はミルキィもこのベッドで寝起きしていたため、己の匂いも付き始めている。

 僅かながらに、ルカの匂いの中に自分の匂いを見つけて、ミルキィはがばっと顔を上げた。

 唐突に思ったことがある。


「……ルカって、このベッドで寝起きしてんだよね」


 当たり前過ぎることを呟く。

 脳裏を過ぎたのは、惰眠をむさぼるルカの姿。

 今現在、ミルキィが寝転ぶベッドで寝るルカの姿。


「私も、最近はこのベッドで寝起きしてたじゃん……?」


 焚き付けるように、ミルキィが寝転ぶベッドで寝るルカの姿が浮かんだ。

 解像度の上がる姿に、ミルキィは慌てて頭を横に振った。

 そして、いそいそとベッドから退く。

 しばらくその場に立ち尽くし、途方に暮れた心地でベッドを見下ろす。

 徐ろにソファへと向かい、今度はそこへ倒れ込んだ。

 ふわりとルカの匂いが広がったが、ベッドに比べれば薄い。

 ここならばまだ、妙な意識はしなくともよさそうだ。

 だが、そこではっとする。


「……別に、意識してないし」


 でも、この部屋はルカの匂いがしすぎるかもしれない。

 彼の匂いは落ち着いて好きだが、今はちょっとそわそわとして居心地が悪い。


「どうした、私――……」


 戸惑う自分に戸惑う。

 ミルキィは両手で顔を覆って、そして呻いた。

 ルカは言ってくれた。ミルキィの寄辺にしていいと言ってくれた。

 それが思ったよりも熱を持って、ミルキィの中に存在していることに気付いた。




―――――

第一章更新は了です。

再開時期は未定ですが、第二章書き上げに集中したく思います。

またお見かけになった際は、楽しんでいただけたらなと思います。

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ミルキィは風と一緒に自分を探す 白浜ましろ @mashiro_shiro

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