雪椿からヘビ
長月瓦礫
雪椿からヘビ
今日は朝から雪が降り続いていた。
赤く咲いた椿の花に雪がこんもりと積もっている。
電車はどこも止まっていて、大学の講義どころの騒ぎじゃない。
浅羽は早々に諦め、近所を散歩していた。
「今ならだれも見ていないし、少しだけなら大丈夫だよ。
枝を折って花を持ち去ったところで、誰も気づかないさ」
椿の木の枝に白いヘビが絡みつき、浅羽に話しかけている。
雪の塊に紛れ、非常に見えづらい。
誰もいないからよかったようなものだ。
街路樹の前に突っ立っているその姿は、ただの不審者である。
「この花が綺麗だから、君も見ていたんだろう?
綺麗なものは共有したほうが楽しいよ~」
しゅるると舌を出して蛇は笑う。浅羽は幻に悩まされている。
椿に絡みついているヘビは浅羽にしか見えていない。
鮮やかに咲いた椿と雪の対比は美しく、持ち帰ってじっくりと眺めたい。
しかし、街路樹の枝を折るわけにもいかない。
浅羽の葛藤を見抜いたかのように、ヘビが現れた。
どうあがいても欲望には逆らえないということか。
「……描くだけならいいか」
メモ帳を取り出した。
簡単に記録だけしておいて、仕上げは記憶を頼りにやればいい。
傘を肩にかけて、メモ帳と鉛筆を取りだす。
誰もいないうちに記録しておいたほうがいい。
「お前、何やってんだ?」
真ん中に分けられた水色の髪から角が一本生えた男がいた。
着物の上から紺色のコートを着ている。
そういえば、鬼が出るというのを幼い頃に聞いたことがある。
誰も使っていない神社を守っている鬼がいる。それが彼なのだろうか。
「すみません、椿が綺麗だったので描いてました」
「へぇ、そうだったのか。
寒かっただろう、これでもやるよ」
カイロを投げ渡される。手に伝わる熱は本物だ。
本物の鬼か、あるいは人間が鬼に見えているだけか。
どちらだろうか。
「やぁ、梅雨さん。今日はいい天気だね」
ヘビは体をくねらせながら、頭を下げる。
「よう、白崎の兄さん。何してるんだ、こんな雪の日に」
「雪に紛れて人間観察してたのさ。人間はおもしろいねえ。
どいつもこいつも悪戦苦闘しながら、あくせく働いてんだから」
鬼とヘビが当たり前のように会話している。
幻が混ざり合えば、こういうことも発生する。
「兄さんはのんきでいいな、こんな雪でみんな大変だってのに」
「そんなことはないね、雪に弱い人間について上に報告せにゃならんのだ。
しばらくはここで観察させてもらうよ」
ヘビは椿の木に隠れた。
浅羽はかいろを手で転がしながら、話を聞いていた。
かいろの熱はまぎれもない現実だ。
目の前にいる鬼もヘビも現実ということになる。
気のいい人が鬼に見えているだけなのかもしれない。
ヘビの形をした雪が話しかけているだけなのかもしれない。
浅羽にとって、何が現実で幻なのか分からない。
浅羽は鬼に軽く挨拶をして帰宅した。
それでも、椿の赤色は脳裏に焼き付いている。
それはまぎれもない現実だ。
雪椿からヘビ 長月瓦礫 @debrisbottle00
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