03 ー 錯覚ウニと観察クラゲ
性格が悪い、とよく言われる。
タチが悪い、ともよく言われる。
「何考えてるのか分かんない」と言われて、女性にフラれたことはよくある。
一番ひどかったのはなんだっただろう。そうだ、
「付き合ってみるまでは好青年だと思ってたけど、付き合ってみたらなんかムリだった。ゴメン」
だった。何がゴメンなのか、何に謝られたのか、よくわからないが、次の次の日にはもう彼女の事はどうでもよくなっていた。
それをアキラに話したら、「あの美人と別れてその反応!? それどうでもよくなるところじゃなくね!?」と言われた。なるほど、こういうところなのか、と思った。思っても、やはり理解はできなかった。
ビャクノとは、そういう男である。
本人は至極、腹が減ったから食べる、あくびが止まらないから眠る、といった風に、至極当たり前のことを当たり前に生きているだけのつもりだ。
だが、そうやって生きているだけなのに、なんとなく世間から浮いてしまう。そういう人生だった。
浮いている事に悩んだ時期も、ほんの少しだけあった。
でも、悩んでいる間に、やりたかった事が、したかった研究が、知りたかった知識が、過ぎ行く時間の中で取りこぼしているのではないかと思うと、単純にもったいないな、と思った。
以来、ビャクノは悩まなくなった。
周囲から浮いてしまおうというのなら、浮いて、浮いて、浮き続けて、その浮いた先で気ままなクラゲのように暮らそうとそう思った。
―—だからだろうか。
―—時々、クラゲになって下界を見下ろす夢を見る。
机に突っ伏して寝ていたビャクノは、今さっきまでそんな夢を見ていた。意識は覚醒しているが、身体はまだ動かない。神経が目覚めていくと、肩と腰にグキグキと痛みを感じる。固い机で寝ていたのだ。当然だろう。
何をしていたんだっけ、と突っ伏したまま考え、そして目線だけで浮遊液晶を眺める。ああそうか、蜜柑の甘味の数値を調整していたんだっけか。
「うぅーん、なんか違うかぁ」
ふと、ビャクノの耳に飛び込んでくるアキラの声。
机に突っ伏した姿勢のまま、声のした方――ソファを見る。
「いや、うーん……こういうもんなのか」
アキラは調味料と小皿を前にして、スプーンを口にしては首をひねっている。
アキラちゃん、何をしているんだろう、と思う。
ビャクノの中の半分は、アキラにそれを尋ねたい。
だがもう半分は、このままちょっと眺めていたい、と思った。ビャクノは数秒迷い、後者を選ぶ。
アキラはソファにごろりと横になった。
そして言った。
「やっぱ、バーチャル蜜柑じゃ、醤油とあわせてもウニの味にならないかぁ」
ビャクノは突っ伏す。起きていたことがバレないよう、そっと突っ伏す。
そして心の中でアキラに言う。
―—ソレそもそもオレンジじゃなくてプリンと醤油足してウニだから。
どんな動機があってアキラが突然錯覚のウニを試そうと思ったのかは分からない。
そもそもバーチャル味覚から生まれた錯覚ウニって呼称はどうなるんだろうな、イマジナリーウニかな、とかノってしまいそうな自分も正直居る。
浮いて浮いて浮いた先に出会った風変わりな相棒の発想は、いつもいい意味でビャクノの想定を裏切る。
そんなアキラの暴走を、眺めていないフリをしながら眺めるのが日々の楽しみで――
「あ」
小さく声をあげる。
そうか、とビャクノは納得する。数年越しに、自分と他者の境界を理解する。
―—こうやって人を眺めて観察してばかりだから、性格悪いって言われるのか。
うーん、この性格、やっぱり直したもんかなぁ。
直した方が利益があるなら直すべきなんだろうか。
でも、誰のために性格を直すんだろう。直したら浮いたクラゲは地に戻って足がつくのか。足って地面についた方がいいのか――
そんなことを考えているビャクノの背後で、アキラが声をあげる。
「あっ、違うな!? あーあーそっか! そうだよ、オレンジと醤油足してウニじゃない!」
アキラの閃きの声は、大きく開いた窓から空へと弾む。
「そもそもオレンジじゃなくてレモンだったっけ!?」
ビャクノは今一度突っ伏す。
寝たフリは、このまま暫く続けようと思った。
バーチャル蜜柑研究室(たまに酸っぱい仕様) 二八 鯉市(にはち りいち) @mentanpin-ippatutsumo
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