02 ー バーチャル皮剥きの醍醐味
「うぅうぅ」
アキラはソファに突っ伏したまま、獣のような唸り声をあげていた。
「リアリティって何なんだ……」
「神様も、ニンゲンを生み出すときそうやって悩んだのかなあ」
天から降ってきた、幼い少年の声。アキラはのっそりと顔をあげた。
くりくりの目。桃色の頬。十二歳の少年の見た目。だが首筋に刻まれたバーコードの下部には、「耐久試験部 室長」の文字が刻印されている。
そんな、非合法若返りアプリ常習者の噂を持つ男、セナは子犬のような可愛い声を部屋の片隅のビャクノに向けた。
「ビャクノっぴー? ……あれ?」
「アイツなら今聴覚遮断してるんで突っつかないと気づかないですよ」
ビャクノは今、聴覚を「ウキウキ昭和歌謡ミュージックチャンネル」に同期して何かの作業をしている為何も聞こえていない。
すると、セナは部屋の隅へ驚くべき速さで駆けていき、「どーんっ」と言いながらビャクノの背を叩いた。一方ビャクノは大変面倒そうに振り返り、どろんとした目を擦りながらセナに会釈をする。
「あぁセナさん。どうも」
「ビャクノっぴ、今日午後からうちの実験手伝ってくれるって約束だったじゃん」
「そーでしたっけ。すいませんちょっと今立て込んでて。また今度でもいいですか」
「えぇー? なんかあったの」
「新実装した機能のレビューがイマイチ、リアリティに欠けるって不評で」
「あー、あれかぁ」
セナはポケットに手を突っ込むとスマホを取り出し、「バーチャル蜜柑アプリ」を表示した。画面には先日まで無かった、イラスト調の蜜柑の絵が表示されている。
「皮剥き機能追加したんだっけ。でも正直画面をタップするだけじゃショボいよね。なんでこんなの足したの?」
「触覚部門のデルタさんからの売り込みです」
「あー蜜柑アプリ売れたから自分もおこぼれ欲しいんだ。ハハッあいつクッソせこいもんね。ま、お気の毒様。でもこれでデルタの機嫌がとれて研究が続くならいいって割り切るしかなくない?」
「それはそうなんですけど」
セナの手のスマホを見るアキラは、正直不服である。画面に表示された、やっつけと言っていいクオリティの画像の蜜柑。タップすると、ぺろりんと皮がめくれる。
アキラたちが心と神経と時間を砕いてきたのは、脳に同期した味覚に伝わる、リアルな蜜柑の味の再現だ。
それに対して、これはいかにもおまけ仕様といった感じで、ともすると蛇足ですらある。
自分が考えた発明なら辛辣なレビューも受け取れるというものだが、押し売りされた機能に文句をつけられてもいまいちモチベーションが燃えない。
アキラは、これからチェックしなければならない膨大な量のレビューを思った。無意識のうちに、鉛のようなため息が零れる。
「はー」
「アキラくんそんなに不服? ボクだったら、デルタ用の試作アプリ渡してそこにハバネロとか仕込むけど」
「なんですかその地味な嫌がらせ。俺はそういうの絶対やりません!」
「えーなんで? いいじゃんデルタにハバネロ食わせたい研究者なんて星の数いるんだからその代表としてさ。ちょっとした悪戯したってクビにはならないよ」
「デルタあいつどんだけ嫌われてんですか」
その時、アキラの脳の中でチカリと何かが閃いた。
脳に浮かんだハバネロのイメージと、目の前の無機質な蜜柑の画像、それにセナの悪戯っ子のような顔が交錯し、光が弾け、一筋の道を垣間見る。
アキラは手を叩いた。
「ハバネロの悪戯、そうか!」
「何? ハバネロ仕込む? 超たのしそ。よしよしボクてつだおっか」
「セナさん自分の実験あるでしょ。……アキラちゃん、何思いついたの?」
「蜜柑の皮むきのリアリティって言ったら、これだろ!」
そして後日。
『バーチャル蜜柑』はアップデートされた。
追加された機能は、「皮を剥いている最中、一定の確率で汁が目に飛んできた痛みを感じられる」機能であった。
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