バーチャル蜜柑研究室(たまに酸っぱい仕様)

二八 鯉市(にはち りいち)

01 ー 10%ぐらいは失敗したいよね。


 「すっごい何度も実験してさ、それでつくったわけじゃん。完璧な蜜柑」

「そーだねぇ」

「三年だよ? 三年かけて、ただの『甘い』だとか『辛い』で止まっていた味覚デバイスにだよ、『蜜柑味』を追加したんだぞ?」

「がんばったよねぇ」

「んんんんっ!」


 第二味覚デバイス試験室。

 アキラは憤慨のあまり立ち上がる。立ち上がったところで一個一万円の安い椅子がギシギシ言うだけであった。

 一応アキラの話を聞いてくれているはずの同僚のビャクノは、先程からずっと同じ姿勢のまま淡々とキーボードを打ち続けている。


 怒りに任せ、アキラは試験室のデスクの周りをぐるぐると歩き回った。


 「この蜜柑味の完成により、アプリを起動してタップするだけでいつでも舌に蜜柑の味が広がるようになった! 画期的だともてはやされたじゃないか!」

「そーだねぇ」

「確かにスマホと脳を同期させてるのはまだ一部の若い世代だけだ。でもそれはいずれ多くの世代に広がる! 成長見込める分野だ、蜜柑は手始めだ、って! なのに、なんでっ!」

アキラは灰色の机をダンッと叩いた。


 机の上には、カスタマーからのアンケートが積まれている。アキラが苛立っているのは、そのアンケートの回答だった。


 「なんなんだよっ、『蜜柑が甘いのばっかりで飽きる』って!」


 「言葉通りじゃないかなあ」

「『たまには酸っぱい蜜柑に当たりたい』……なんだよそれっ!」

「なんでだろうねぇ」

ビャクノはそこで初めて、報告書を打つ手を止め、アキラの方を見た。

 ビャクノは元々狸顔の男だが、寝不足のせいかクマがひどい。だがその目には、確かにギラギラとした何かしらの野望が光っている。

「普通に蜜柑を食べる時には、酸っぱい蜜柑なんて当たりたくないよね。むしろ、酸っぱい蜜柑に当たらない為に丹念に揉んだりするよね」

「お、おう……」

「例えば合コンで、『皮を剥く前から甘い蜜柑を見つけられる方法』みたいなネタを話せたりしたら、盛り上がる事間違いなし。人間は、目の前に十個の蜜柑が並んでいたら、その中でもひときわ甘い蜜柑を食べたくなるハズなんだよ」

「そうだよ、そうなんだよっ」

アキラはさながらヘヴィメタルでも聞いているように激しく頭を上下に振った。

「だからっ、味覚信号を調整して、100%甘い蜜柑の味を舌に再現できるように」

「でも100%甘いってなるとなァ、やっぱちょっとは酸っぱいの混ざっててほしいんだよなぁ」

「なんでだよぅっ!」

アキラがダンダンダンッと地団太を踏む。そんなアキラをある程度楽しそうに眺めてから、ビャクノは自身の机の上に手を伸ばした。

「ほら」

そして放る。放られた橙色を、アキラはぱしりとキャッチする。つやつやとした蜜柑であった。


 「アキラちゃん。イライラした時は蜜柑。それが一番いいよ。食べよう」

「……」

アキラは険悪な顔をしながらビャクノを見たが、やがてその手は何かに操られるように蜜柑の皮を剥いた。


 「……すっぱ!」

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