#56(最終話) 積み上げて来た絆




 事件の翌日、日曜日。


 朝、目が覚めるとヒトミと父さんはまだ寝ていたので一人起き出して顔を洗い、朝食の準備をすることにした。

 4日間留守にしてたし昨日はロクに買い物にも行けなかったので冷蔵庫の中はほぼ空っぽだったけど、とりあえず洗米して炊飯ジャーにセットして、インスタントの味噌汁とサバの缶詰を使った簡単なオカズを用意した。


 一人で調理をしていると、5月の盗難被害に気付いてからのことを色々と思い出していた。


 そこで漸く弁償として受け取った2万円のことを思い出した。

 手紙を確認して直ぐに手紙と一緒に封筒に入れて保管したままになっている。


 盗まれた物は一応全部返してもらっているが、気味が悪いので処分するつもりだ。 なので、そのまま弁償として受け取って、盗難に関してはこれ以上相手に何かを要求するのは止めて良いと考えていた。


 だけど改めて、「その2万円をどうしようか」という思いが浮かび始めた。

 このお金使って何か買っても、それを使ったり見たりする度に事件の事をなんだか思い出しそうだし、だからと言っていつまでも手元に残しておくのもイヤだった。



 ご飯が炊けたので父さんとヒトミを起こして、3人で食事を始めてから2万円のことを二人に相談してみた。

 父さんは「受け取って問題ないだろう」と言い、ヒトミは「だったら今日の飲み会の費用にしたら?」と言うので、そうすることにした。


 食事が終わると、父さんは10時頃には帰る予定でいたので、準備をするためにシャワーを浴びに行き、ヒトミが食事の後片付けをしてくれると言うので、俺は布団をベランダで干してシーツや服等の洗濯を始めた。


 忙しく動き回っていると、インターホンがピンコーンと鳴った。


 ヒトミが「もう誰か来たの?」と言うので、「多分ミキだよ」と教えてから玄関扉を開けると、やはりミキだった。


「おはよう!お父さん、もう出ちゃった?」


 昨日の夜、ミキからメッセージで『お父さん明日には帰るんでしょ?何時頃に出発予定?』と聞かれていたので、父さんに確認してその時間をミキに伝えてあった。


「いや、今シャワー浴びてる。もうすぐ出てくると思うよ」


「間に合って良かったぁ。 水筒に暖かいコーヒーとあとおにぎり作って来たから、渡そうと思って急いで来たの!」


 ミキは普段デートするようなおしゃれな服装にメイクもばっちりしてるのに、手には父さんに渡すための弁当も持っていた。


「ばっちりお洒落もして弁当も用意してたなら、めっちゃ早起きしたんじゃない?」


「うん、6時起きで準備したの」


「マジかよ。気を遣わせてごめん」


「うふふ、全然大丈夫。なんせ超体育会系だからね!朝練で早起きなれてるし!」


「ミキさん、おはようございます。朝から元気ですね」


「ヒトミちゃんおはよう!今日はヒトミちゃんも飲み会に参加なんだってね!楽しみだね」うふふ


 3人でわいわいお喋りしていると父さんがシャワーから戻って来たので、ミキが「これ、用意してきたんで、どうぞ持って行って下さい!」と早速用意してきた物を渡していた。


 父さんの方はビックリした様子だったけど、「有難く頂きますね。ありがとうね」と嬉しそうな笑顔になって受け取っていた。



 父さんはそのまま帰る準備を始め、「それじゃあ帰るよ」と言うので、ヒトミとミキの3人で車の所まで見送りに出た。


 父さんは「ヒロキとヒトミ、二人とも体に気を付けて頑張るんだよ。 それとミキさん、色々とありがとうね。今度またウチに遊びに来てくださいね」と言って、車で帰って行った。



 部屋に戻ると残りの家事を済ませて、ミキに「盗難被害の弁償で受け取った2万を今日の飲み会の費用にするから、今日は俺のおごりね」と話して、これからお酒とか色々買い出しに行こうと誘った。


 ついでに今日来る友達連中にも『今日の飲み会は弁償で貰った2万使うから、何も持ってこなくていいよ』と連絡を済ませておいた。


 ヒトミには留守番を頼もうとしたら「兄ちゃんの奢りなら、私も色々食べたいし付いてく」と言うので、結局3人で近所のスーパーに出かけた。


 スーパーではミキもヒトミも遠慮せずに食べたい物やお酒なんかを選んではがんがんカートに放り込んでいった。

 結局会計では2万を少し超えてしまったが、二人とも飲み会を楽しみにしているところに水を差したくなかったので、その分も俺が自腹を切った。


 3人とも両手に荷物を一杯持って部屋に戻ると、手分けしてビール等を冷蔵庫に詰め込んだり、お惣菜とかをお皿に移したりと飲み会の準備を始めた。



 ◇



 準備を終えて、3人でお茶を飲みながら寛いでいると、最初に鈴木がやって来た。


 玄関で出迎えると、鈴木は山根ミドリも連れて来ていて「秋山の事件のこととか今日飲み会すること話したら、今朝になってどうしても来たいって言うから連れて来た。 急で悪いけど一人増えてもいいか?」と秋山が説明してくれて、山根ミドリからは「今日、ヒトミちゃんも居るって聞いて、どうしても謝りたかったので無理言って連れて来てもらいました。 ご一緒しても良いでしょうか?」と言われたので、部屋で座ってこちらの様子を見ていたヒトミを玄関まで呼んだ。


 ヒトミは玄関まで来ると「兄ちゃんを元気づける飲み会だし、その邪魔にならないなら私は良いよ」と了解してくれたので、二人にも上がって貰った。


 俺が鈴木と事件のことを軽く話している間、ヒトミとミキと山根ミドリの3人でお喋りしていたが、チラリと様子を伺うと、話しているのはミキと山根ミドリばかりで、ヒトミは二人の話を黙って聞いている様だった。

 表情を見る限りは不機嫌そうでも無いし、ミキが一緒ならその内に昔みたいに戻るかな?と思い、俺からはお節介をしないことにした。


 お昼頃には三島と山田も来てくれたので、ローテーブルに料理を並べて、乗り切らない物はキッチンのテーブルにも並べて、ビールやジュースをみんなに配り、早速飲み会を始めることになった。


 いつも友達と宅飲みするときは、だらだらとお喋りしながらみんな好き勝手に飲んだり食べたりするのだけど、この日は鈴木が「秋山、乾杯の音頭取ってよ」と言うので、「なんの乾杯なんだよ」と突っ込むと、今度は三島が「アッキーのストーカー解決祝いでしょ!」と言うので、仕方無いなぁと言いながら缶ビール片手に立ち上がった。



「えっと、みんな。色々心配掛けてごめん。それと色々相談に乗ってくれたり助けてくれて、ありがとう。 三島と山田は犯人捕まえる作戦に協力してくれたし、鈴木と山根さんは俺がミキと喧嘩してた時に愚痴一杯聞いてくれて慰めてくれて滅茶苦茶有難かったし、ヒトミはコナンくんみたいに事件解決にすげぇ貢献してくれたし、ミキは頼りない俺の傍でずっと励ましてくれて、みんなにはホントに感謝してるよ」


 話しながら気持ちが昂ってしまい、なんだか目頭が熱くなってきた。


「こんな時しか言えないと思うので、言わせてください。 みんなありがとう!俺は良い仲間に恵まれて凄く幸せな者だと思います!これからも仲良くしてくれ! カンパイ!!!」


『かんぱ~い!!!』




 乾杯の後は、ミキとヒトミをみんなに紹介したり、逆に「三島が彼女募集中だから誰か紹介してあげて」と三島の前でヒトミにお願いしたけど即答で断られたり、鈴木と山根ミドリのラブラブぶりを敢えてイジって、逆に俺とミキのことをイジられたり、出来の良い妹を持つ苦労を切実に語ったりと、わいわい賑やかに飲んでいた。


 三島と山田は、ストーカーの件を本当に心配してくれてて、この日も「嫌なことはさっさと忘れちまおう」と言ってはグイグイ飲まされた。こうやって心配して直ぐに駆けつけて、明るく励ましてくれる友達の存在の有難みをしみじみ感じながら、俺も二人にグイグイ飲ませた。


 鈴木と山根ミドリには、以前鈴木の部屋でゲロ吐くまで飲んで迷惑掛けたことを改めて謝ると、二人とも全然気にしてないと言いながらその時の俺の様子(ベロベロになって泣きながら愚痴りまくってた)をみんなに暴露して笑いのネタにしやがったので、俺も仕返しに鈴木がストーカーになりかけてたことや山根ミドリが死にそうな顔で元カレの俺の所に泣きついてきたことを面白可笑しく暴露してやった。


 ヒトミは、鈴木に興味があるとか言ってたのに、結局は男性陣に怯えた様子でミキに引っ付く様にしてたけど、俺が山根ミドリの話を暴露したのを切っ掛けに、山根ミドリと二人で話し始めてたので、その様子を見ててニヤニヤが止まらなかった。


 ミキは、最初こそ男性陣を前に緊張している様子だったけど、アルコールが入ると直ぐにいつもの調子を取り戻して、鈴木や山田の話に突っ込み入れたり、三島のことをイジったりしてて、かなり頑張っている様子だった。



 そんな風にして、いつもよりも多い人数での飲み会を賑やかに楽しんでいると、インターホンがピンコーンと1度鳴り、直ぐにピンコンピンコンと連打され始めた。


 酔いが周り既にフラフラになってた俺が「あちゃ、また下の部屋の人が怒ってる」と言いながら玄関に向かおうとすると、「ヒロくんフラフラじゃん!私が行ってくるから大人しくしてて!」と言ってミキが代わりに応対に出てくれた。


「すまん、頼む」と言いながら横になって休んでいると、いつの間にか寝てしまっていた。


 多分、寝てたのは30分も経っていなかったと思うけど、目が覚めたら相変わらずみんな賑やかにお喋りしてて、何故かその中には下の部屋の女性も混ざってて、お酒を飲みながらお喋りしていた。


「あれ?なんでまた?」と疑問を口にすると、「苦情言いに来たんだけど、ミキさんが強引に引っ張りこんで、そのまま飲み会に参加してるの」とヒトミが教えてくれた。


 その話を聞いて、兎に角挨拶をしなくてはと思い、フラフラのまま「いつも騒いでてすみません」と謝ると、「昨日は大変だったみたいですね。てっきり女性がらみのトラブルかと勘違いしてました」と笑いながら話してくれて、「今日も煩いから「また!?」と思って文句言いに来たら、何故かこうなっちゃいました」と教えてくれた。

 色々聞いてみると、俺と同じA大の3年で、出身も俺と同じB県であることが分かった。同じマンションなのにそんなことも知らずに今まで生活していた。

 その話の流れで話が盛り上がっていると、山田がこの人のことが気になるのか、仕切りに話に入ってこようとしてウザかったので、「こいつだけ彼女居ないんでどうですか?」と聞いてみると、あから様にイヤな顔をしていたので、「無理だって」と山田の肩をポンポンと叩いておいた。



 飲み会は夕暮れ時になっても続いてて、少し酔いを醒まそうと冷たいお茶を持ってベランダに出て涼んで居ると、しばらくしてからヒトミも避難するようにベランダに出て来た。


 室内で相変わらず元気に盛り上がってるみんなの様子を眺めながら、なんと無しに会話をしていた。



「こういう飲み会どう?お酒飲めないと酔っ払いの相手、大変でしょ?」


「うん…マジうざい。でもミドリちゃんもお酒飲めないのに甲斐甲斐しく相手してるから凄いと思う」


「そうだな。あの子も大学に来て色々変わったんだろうな」


「うん、そうだね」


「ヒトミは仲直り出来たの?」


「まぁ一応」


「そっか」



 そんな会話をしながら眺めていると、三島が下の部屋の子に絡み始め、再びあから様にイヤな顔をされていた。



「なんかさ、今思ったんだけど、飯塚さんともこうやって一緒に飲み会したりしてたら、あんな事にはならなかったのかなぁ」


「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないね。 でも、それはタラレバだし、考えても仕方ないよ」


「そっか」


「でも、一人暮らしする様になってから分かったけど、自分一人じゃ生きていけないんだなぁって思った。 きっと飯塚さんは、一人でカラに閉じこもってたから、ああなっちゃったんだと思う。 私には兄ちゃんやミキさんが居てくれたから、あんな風にはならずに楽しく過ごせてるんだって」


「なら、ヒトミも彼氏作ったら? 一人彼女募集中のヤツが居るよ?三島っていうヤツなんだけど」


「無理」


「まぁ、冗談だけどね。流石に兄妹と友達が付き合って気不味くなるのは、もう勘弁だよな」


「うん、間違いないね」 












 お終い。





 ___________


 最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。

 内容は可もなく不可もなくといった感じの物語だったかと思いますが、書いてる方としては、かなりカロリーを消費しながら書いてました。


 次の作品は気楽に書きたいなと思いつつ、既に新作に取り掛かってます。 本日から公開開始してますので、そちらもよろしくお願い致します。



 バネ屋

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『男子学生のリアルな日常』に潜む何か バネ屋 @baneya0513

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