#55 情けと思いやり
ミキを送り届けて自宅に戻ると、父さんから「外にご飯食べに行こう」と誘われ、3人で外食に行くことになった。
父さんは実家からココまで車を飛ばして来てくれてて、長距離運転で疲れているだろうからと父さんの車を俺が運転して焼き肉屋へ行った。
お店に入り4人席に案内され、父さんと向かい合う様に俺とヒトミが並んで座った。
秋山家では、普段から母さんと末っ子のマユミはお喋り好きで、父さんと俺とヒトミの3人は口数が少ない。
その3人だけでの外食は、初めてのことだった。
俺とヒトミの二人だけなら今は普通に会話しながら食事が出来るが、そこに父さんも加わると俺もヒトミを気を遣ってしまい、静かな食事の時間になることが予想された。
しかし、意外にもこの日の父さんは、オーダーの初っ端からビールを注文して一人で飲み始め(俺は車の運転があり、ヒトミは未成年)、普段よりも饒舌に話し始めた。
「ヒロキから電話貰った時は凄くビックリしてな、心配で直ぐに駆けつけようとしたんだけど、母さんに内緒にしてくれって言われてたから、母さんになんて説明しようか大変だったよ」
「へー、それでどうやって説明してきたの?」
「ヒロキがマンションの他の住人とトラブルになってるみたいだから、急いで行ってくるって言ったんだよ。そしたら母さんも「私も行く!」って言うから、受験生のマユミ一人にするのは心配だから、残ってくれって説得してきた」
「なるほど」
「でも急いで来た甲斐があったよ。二人とも元気そうだし、コッチでしっかりやってるみたいで安心したよ。 ああ、でもトラブルに巻き込まれてたのに安心したっていうのも変かな」
「特にヒトミには凄く助けられたよ。ヒトミが居なかったら、もっと大変だったと思う」
俺がヒトミのことを褒めても、ヒトミは顔色を変えずに黙って網の上の肉の焼き加減をトングで確認していた。
「そうだな。ヒロキの時もヒトミの時も、家を出て一人で本当に大丈夫か心配だったけど、今はちゃんと二人で助け合って頑張ってるんだな。 父さんはそれが何よりも嬉しいよ」
「まぁ、俺の方が助けて貰ってばかりだけどね」
「そんなこと無いよ。 兄ちゃんやミキさんと一緒に居ると楽しいし、私も色々と助けられてるって思ってるよ」
「そうか、ミキさんにも感謝だな」
「うん。ミキにもいっぱい助けて貰ってる」
「ミキさんは、ホントに頼もしくて良い人だね。 私もああいう女性になりたい」
「酒癖悪いけどな」
父さんにこんな風に大げさに褒められたり、ヒトミが父さんの前で素直な気持ちを話したりするのを見るのは初めてのことで、でもやっぱり家族だからなのか、最初身構えてたのも忘れて、お喋りをしながらの食事を楽しむことが出来た。
父さんは疲れていたのに結構な量を飲んでいた為、食事が終る頃には酔いが回ってフラフラになってて、こんなに酔ってる姿を見るのも初めてだった。
会計で俺が支払いをしようとすると、酔いながらも父さんが「今日は父さんがご馳走するから」と言って支払いを済ませ、帰りも俺の運転で帰った。
帰りの車中では、父さんは目を瞑っていたので寝てしまったと思い、話しかけずにそっとしておいたら、しばらくしてから目を瞑ったまま話し始めた。
「情けは人のためならずって言うけど、今日のヒロキとヒトミの言っていたことは、情けというより思いやりだと思ったよ。 誰だって罪を起こしたり失敗することはある。そういう人の表面だけみて断罪したり無責任に情けを掛けるのは良くないと思うけど、二人はちゃんと相手の事を考えて、更生することを願って掛けた言葉だった。 二人のその思いやりがあの子(飯塚シズカ)に伝わって、ちゃんと更生してくれることをお父さんは願うよ」
父さんは酔っぱらっているせいなのか、「そのことわざってそういう意味だっけ?」と疑問を感じたけど、何となく言いたいことは分かった。
心の中では「警察や大学に通報しなくて本当に良かったのだろうか?」と不安がまだ
俺のワンルームに戻る頃には父さんは本当に寝てしまっていたので、ヒトミに手伝って貰い俺がおんぶして部屋まで運び、ベッドに寝かせた。
俺とヒトミは寝るにはまだ早い時間だったので、順番にシャワーを浴びて、その後も二人で雑談しながら起きていた。
ヒトミは自分のスマホでゲームをしながらで、俺の方は「そういえば、三島たちにも事件の犯人捕まえて、一応解決したことを報告しないと」と思い出し、4人で普段使っているグループチャットで今日起きた犯行現場遭遇から犯人を捕まえて取り調べしたことや、相手の親を呼んで連れて帰って貰ったこと等を報告した。
すると直ぐに3人から、今から酒持って俺んちに来ると言われてしまい、『今日は実家から父さんが来てるから遠慮してくれ』と断ると、だったら明日来ると言い出した。
ヒトミにそのことを話すと「明日ココで友達と宅飲みするの?」と聞かれたので、「多分そうなる」と答えると、「だったら私も参加しようかな」と言い出した。
まさかヒトミが俺の友達に会いたいと言うなんては思ってもいなかったので、ビックリして「急にどうした!? 俺の友達に興味でもあるのか???」と尋ねると、「ミドリちゃんの彼氏さん、鈴木さんだっけ? ちょっと会ってみたいと思って」と話してくれた。
もしかしたらヒトミも山根ミドリと和解したいと思ってるのかな?と思ったけど、それは聞かないでおいた。
「まぁヒトミがそう言うなら俺は全然構わないけど、あいつら酔っぱらうと結構ウザいぞ?」
「でも兄ちゃんを心配して直ぐに来るっていうくらいだし、良い人達なんでしょ? それに私も大学生だし、酔っ払いの相手くらいは慣れないと」
「そっか。じゃあ明日は妹も居ること伝えておくな」
「うん。 あ、ミキさんも明日来るんじゃないの?」
「おおう、そうだった。ミキにも話しといたほうがいいな」
ミキは普段は表に出さないように頑張っているけど、まだ男性に苦手意識があって、いきなりだと身構えたりして嫌な思いをさせてしまうかもしまうので、事前に許可取らないと不味いだろう。
やっぱり嫌がるかな?と思いつつ、明日鈴木たち3人の友達がウチに来て宅飲みすることになったことを伝えると、「おっけー!」と直ぐに返事が返って来た。詳しいことは何も話して無いけど、ミキなりに飲み会の目的を察してくれてたのかもしれない。
その後、俺とヒトミは床で寝ることにして、照明を消してからヒトミに父さんが言ってた話の感想を聞いてみると、やっぱりヒトミも同じことを感じたようで、「情けは人のためならずっていうことわざの意味って、情けを人にかけると、その良い行いがいつか自分に返ってくるっていう意味だから、お父さんが言いたかった話と微妙にあってなかったと思う」と話してくれた。
「やっぱそうだよなぁ。俺も微妙にソコが引っかかってた」
「お父さん珍しく酔ってお喋りだったし、私たちに色々話したかったんだよ」
「今日の父さん、ちょっと面白かったよな」
「そうだね。きっとお父さんなりに兄ちゃんや私を励ましたかったんじゃないかな」
「そうかもなぁ」
そんな会話をしてたら、父さんが酔っぱらっていつもよりもお喋りだった姿を思い出して「ふふふ」と思い出し笑いしてしまい、ヒトミも同じように思い出したのか、「クスクス」と笑っていた。
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