第10話 島に戻る

 シの精霊と島の精霊となったワタシは、海岸を歩いていた。


「目線の高さが違いすぎて、慣れねぇス」

「浮くか、飛ぶかやってみたらどうだろね」

「そんな簡単に言うけど、すぐ出来るの?」

「意識的な話だろ。今、人の肉体ではない。空気よりも軽いって思ってみ?」


 短い手で、苔玉な体をもそもそと触り、両手をスッと真上に上げ、軽く浮かぶイメージをした。


「あら、出来たね」


 空を舞うクラゲのような一定速度で飛べないが、空を漂うことが出来た。


「おーぃ、何やってんだ?」


 火と風の精霊がやってきた。


「なんだ、あんた?何担当の精霊だよ」

「お久しぶりです、シィさんと一緒にいた人間です。島の精霊やれって、シの神から言われまして、この姿になったですよ」

「え゛!」


 ワタシの苔玉ボディを触る精霊たち。


「あ~、この精神を触れた感じは、あの人間だ。転生せずに変化したんだ。しかし、小柄だな」

「えぇ、凝縮されたと考えております」

「そういや、原住民たちがアンタの墓作ってたぞ。ついて来なよ」


 そう言われ、空飛ぶ練習を兼ねて精霊たちについて行った。

 森の中の木々をすり抜け、到着した場所はワタシが倒れた所だった。大きな木の根元に埋葬されたようで、中央に石があり周囲を花が置いてあった。


「自分の墓見るって、変な気分」

「あくまで、人基準の葬り方だからな。その感覚も、いずれ変わってくる。精霊目線になるんじゃねぇのかな」


 シィさんらしい淡々とした回答だった。

 ふと気付くと、何かが近付いてくる。


「あら、久しぶりだね」


 密林の王であるジャガーが、沢の上流から降りてきていた。


「嗅いだことある匂いを感じ取ったんだ。でも、姿が違う。あのニンゲンだよな?」

「うん、そうだよ。精霊になって島に戻ってきたんだよ。密林の王を邪魔することないように気をつける」

「なんでも首突っ込むなよ。精霊でも消えることあるんじゃないのか?」

「あるかもね、よく分からないけど」


 ジャガーの喉元や背中を撫で、少しイチャイチャした。


「ん、何か来る。失礼する」


 ジャガーは、足早に去っていった。次に来たのは、猿の群れだった。ワタシの墓があるのは、原住民の場所なのでワタシからボス猿の元へ行くことにする。


「やぁ、ボス。久しぶり」


 精霊となっても会話は出来なかったが、不思議そうにこちらを見つつ、様子を伺っている。そりゃそうだろ苔玉がひょっとこの面付けて、『やぁ』って言われても、何だオメェとしか思えない。

 しかし、あの子猿が走ってきて体を擦り付けてきた。


「は~ぃ、元気だった?」


 子猿はワタシを分かってくれたようだ。今、精霊の体だから、匂いをつけるとか、実体を触れられている訳ではないがこういうのも感覚で理解するものなのだろう。どうにか、猿たちにも戻ってきたことを伝えることができた。

 他の精霊たちは、それぞれの持ち場に戻り、シィさんも次の後継者を探すためにどこかへ行った。

 ワタシは、島の巡回と島主と思われる動物に挨拶をする島巡りをし、一通り済んだので久しぶりにワタシの墓がある島へ戻ってきた。


「あれ、花が増えている」


 精霊なってから、自然の植物に惹かれるように変わった。しゃがみこんで、その花びらに触れたり、香りを嗅いでいる。

 足音が聞こえてきたので、大木の後ろに隠れて様子を見ることにした。

 若い男女が花を持ってやってきた。墓に花を置いて、右手を胸に当て、右手に左手を重ね、目を閉じている。原住民のお祈りの仕方だろう。

 女性が男性に向かって話し始めた。


「このお墓の人が、私たちのことを後押ししてくれた。だから、あなたと一緒にいる。あの戦いでも火の姿で集落を守ってくれた」

「集落の人は減ったけど、しきたりを見直すきっかけとなった。変化をもたらしてくれた」


 ワタシは精霊になって原住民の会話が理解できるようになっていた。そのせいか、男女の顔が見たくなり、ちょっと前に出てみた。


「あ~、あの恋煩いの娘さんじゃないの!一緒になったんだ、良かったねぇ」


 思わず声に出してしまい、女性がこっちを見ている。・・・見ている?


「アンタ、何?」

「え、見えるの?精霊の姿になっちゃったけど」


 男性の方は見えないようだが、女性は確実に見えている。


「あのさ、食事できるようになったようだね。夫婦になったんだろ?おめでとさん」

「え、この人?」

「信じてはもらえないだろうけど、精霊になっちゃった。島をウロウロしているから、また話を聞かせてよ」


 そう言って、ワタシは二人の邪魔しないよう木々を飛び交い、身を隠した。

 ワタシは、それからシの神から与えられた役割として、たくさんの島を守っている。ほとんどは、成り行きに任せ自然現象には他の精霊に意見を伺いながら、維持できるよう心掛けている。木々が増え過ぎたら、間引きのため枯れさせたり侵入者には落石や落雷で近づかせなかったりと、やることはある。

 元人間であったことは、次第に忘れるというか薄れていっている。どんな存在であったとしても、この島の環境の中では優劣はない。確かに、いろんなことに巻き込まれ、命を失ったわけだが、それは一つの出来事としか言えないのかも。出張がなかったとして、母国にいても事件・事故・災害で誰にも気付かれず、同じように命が終わることもある。

 その命に役割があるとか、そういうのは分からない。生きた末の結果が、誰かに讃えられたら、それが役割なのだろう。


 でも、シの精霊は言うだろうね。


「その役割って、それぞれ人の価値観で何とでも言える。生きる事に意味持たせなくても、"今"がある事がすごい事。いつ終わるか分からない命というものが、長く続くと方向性が変わることってたくさん出てくる。"今"をたくさん繰り返してアンタは生きてんだぞ。そんなもん、他が批評することではない、知り得ない事柄だ。アンタのユニークさは、簡単に計り知ることなんて出来ねぇし、無尽蔵に溢れ出るものだ。悔いることが無ぇようにやんなよ」




終わり

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ワタシの精霊 まるま堂本舗 @marumadou_honpo

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