退社の理由

豆狸の怪談

退社の理由

前置き

原因不明の痛みって経験ありますか?

急にお腹が痛い、頭が痛いってなって、しばらく休んでいると治ってしまう。

それが一回だけなら、大したことではないんだけどね、毎日のように痛くなることが起きて、

なんだろー?なんか病気なのかな?って病院に行くけど、特に悪いところはありませんって診断されてしまう。

でも実際に痛くなるんだ。あまりにも続くもんだから、他の大きな病院とか行っても、やっぱり原因不明。

そうなると、だんだん不安になってくるし、痛みもずっとつきまとってくる。そんな痛みに襲われたことありませんか?


  『退社の理由』

 

 これは、東京の新宿に勤めていた、優子さんという方から聞いた話でね。

 当時、優子さんが新卒で入社した頃で

 覚えることもたくさんあって、それに羽田から些細な事ではあるんだけど、ミスをする事も当然ある、

優子さんは気を使いがちな人だったから、上司や先輩に迷惑を嫌だなぁ、あーまたやってしまったぁって気を病んでいた。

そんな時にね、大丈夫だよ、気にするなとか、これはやり方分かる?っていつも優しく励ましてくれたり、フォローしてくれる

かっこいい先輩がいた。優子さんはその先輩をいいなって思ってて、どこか憧れていた。

 ある日、仕事帰りに同期の女友達と飲んでいると、同じお店になんと、その先輩がいた。

しかもその先輩の方からね優子さん達に気がついて一緒に飲もうって誘ってくれたんだよ。

優子さんはね、仕事場では忙しくして話す機会もなかったので、嬉しくてね。

お酒も入っていたので、先輩先輩ってどんどん色んなプライベートなことのね、質問をぶつけたらしい。

先輩もそんな後輩が可愛かったのか、その時からとても仲良くなって、付き合うことになったんだって。


 もうね、まさかの憧れていた先輩と付き合うってなって、もう自然と鼻歌が出てしまうほど、

優子さんのぼせあがっていたらしい、帰り道もねルンルンでスキップで帰ってしまうほどに。

なんだけど、付き合って数日後からとてもスキップで帰れないほど足取りが重くなってしまう。

というのも、なんだか歯が痛い。特に虫歯とかもなく、ちゃんと毎日歯も磨いているので

ズキズキズキズキズキと歯が痛む。それは数分間続いたり、時には1時間を超えるほど痛み続けることもあった。

たまらなくて、歯医者に行っても、やっぱり虫歯もないから原因不明と診断されてしまう。

仕方がなく、痛み止めを飲んでやり過ごしていた。


そんな毎日を過ごしていたからか、優子さん毎日のように悪夢を見るようになったそうです。

うわぁって目が覚めると、心臓がバクバク飛び出しそうに跳ねていて、全身はべっとりと汗が体にまとわりついている。

何かに襲われていたようなグゥッと締め付けられるような恐怖が心に残っている。


そんな恐怖を味わっているはずなのに、目が覚めると、夢の内容は不思議と毎回覚えていない。

うわぁって起きてもさっきまでの夢がどうしても思い出せない。

ただ、唯一、わずかに覚えているのは、毎回同じ夢だということ、

そして毎回同じところにいる気がするっていう事だけが、なんとなく記憶に残っている。

それ以外に何が襲ってきているのかとか、どんな状況になっているのかだどーしても思い出せなかったそうだ。


そんな気味悪い、出どころの悪い悪夢と、現実では歯痛に襲われながらも

優しい先輩と一緒に過ごす時間だけは、優子さんにとって唯一の救いにはなっていた。


付き合って2週間くらいして、初めて先輩の家に行けることになった。

というのもね、先輩が毎日、晩御飯は外食や弁当ばかりってのを聞いて、優子さん、手料理を作ってあげるよって話すと

先輩も喜んでくれたので、そんなに得意ってほどじゃないんだけど、ネットで調べたりして肉じゃがを作ってお家デートしようって

事になったんだよね。

当日に材料を買うために、スーパーによってね。調味料とかも普段は家で食べてないって聞いてたから買っていこうと思ってて、

でも、砂糖とか醤油くらいなら、あるかもしれないとも思ってスーパーで優子さん、先輩に電話をした

「ねぇ、今スーパーにいるんだけど、砂糖とか醤油ってあるかな?」

「あーあるよ、ちょっと前のだけど、多分大丈夫だと思う」

「そっか、みりんとかお出汁とかは無いよね?」

「いや、それもあるよ」

「えっ、あーそうなんだ、それもあるんだね。分かった、それじゃ食材だけ買っていけばいいね」

そんなやりとりをしたって言うんですね。


先輩の家に着く前に、せっかくの日だからね、歯が痛くなって気持ちが凹むの嫌だなって思って

優子さん、いつもより多めに痛み止めを多めに飲んでから家に着いた。


ピンポーン

ガチャ

「いらっしゃい、買い物ありがとう」

玄関から出てきた、普段着の先輩の笑顔が、いつもに増して優しくてかっこいい。


先輩の部屋ってのがよくあるワンルームのアパートで

階段を登って一番奥の扉、玄関を開けるとそのままベッドが見えていて

部屋に行くまでの廊下の右側にキッチンがあって、その反対側にトイレバスがある

ほんとどこにでもあるワンルームの形をしていた。


部屋に入った瞬間、優子さん、何か違和感を感じたそうです。

その時は何かわからなかったんですけど、ん?なんか?って

でも、初めての彼の部屋に上がるってことと、これから手料理を作るぞって

いう気持ちにそんな微かな違和感は飲み込まれてしまって、消え去ってしまった。


二人っきりでね、今度旅行にも行きたいなーとか、新しくできたお店に行こうとか楽しく会話を始めて

しばらくして、そろそろ料理を作り始めようとキッチンを借りた。


キッチンで準備をしていると、慣れてないのもあって、時間がかかりそうだったし、

優子さん、先輩に先にお風呂にでも入ってたら?って

勧めると「あー、そうだね、んじゃ悪いけど、先にお風呂に入ってくるよ」って入っていって

優子さんの後ろでシャワーを流す音を聴きながら料理を進めていく、

その時に、気がついたことがあった。


家で料理をしないって割には調味料が一通りというか結構揃っている。

作らない人が持っていないだろうっていう香辛料なんかもあったり、

それに食器が全てペアで揃っているんですよね。

あれー?って思った、けど、まぁ彼女自身が思うのもなんですけどね、

先輩はかっこよくてモテるタイプだなって思ってたんですよ、だから

元カノがいたときに食器とかは揃えたんだろうーなって勝手に納得して、

先輩に問い詰めるつもりはなかった、せっかくのお家デートが、それを聞いてしまうと気が重くなるような気がしてね。


料理が出来上がりそうな時に、彼がお風呂から上がってきて、料理の進み具合を覗きに優子さんの少し後ろの横に立った、

男っぽい石鹸の香りが料理の匂いと混じって優子さんの鼻に届く、

なんだか幸せな気分、新婚にでもなったようなね。ニコニコしながら振り返って先輩を見ると、ん?っと目に入った物がなんだろ?少しみやる。

先輩の右肩のあたり、古い傷のような物がある、その傷は見れば見るほど人間の歯形のように見える傷がくっきりとあるのだ。


その優子さんの目線に気がついた、先輩が

「あ、これ。気になる?」と聞いてきた

「えっ」と思いながら、なんて言葉にしたらいいのか戸惑っていると、先輩から話してくれた

「これね前の彼女に噛まれたんだ」

えっ気持ち悪いって思った、怖いって気持ちもあったが、それ以上に気持ち悪い、なんで?って思っていると

先輩が昔の彼女の話をさらに聞かせてくれた。

どうやら、前の彼女は噛み癖があって、酒に酔ったりすると加減がわからなくなってしまうことがある

そしてある日、肉が千切れるほどに噛み付いてきたことがあって、痕が残ってしまった。

その彼女は嫉妬深くて、よくヒステリックにもなったりする人らしく、先輩が他の女性とただ話していることさえも止めるように言ってきたそうだ

ある日から毎日家に来るようになって、料理を作ってくれるのはありがたいんだけど、まるで監視されているようで

気持ちが重たくて、別れたそうだ。


優子さん、その女性と別れて正解だったよ!とか言ってある程度聞いたら、もう聞きたくもなかったし、

話をそれ以上は話されないようにした。内心は、怖いって気持ちが溢れてたからね。


優子さんの手料理を美味しい美味しいって食べてくれる先輩を見ながら、そこからは楽しい時間を過ごしたんですよ、

だけど優子さん、痛み止めを飲みすぎたせいなのか11時を越えた頃には強い眠気が襲われてね、


もっと二人っきりの時間を楽しみたかったんですけど、彼のベッドで眠ってしまった。

何時間寝たのかわからないんですけどね、ふっと目が覚めた。


目を覚ました時に優子さん、ブワァって恐怖で動けなくなった。体がガチガチに力が入っていく。

彼のベッドで背中に彼がいて、優子さん玄関を向いて寝ていたんですよね。

ベッドから玄関を見るその景色、それ毎晩見ている悪夢の場所だって気がついたんですよ。


それにね、その悪夢で何が怖いのか、怖い原因。それも思い出した。というより

まさに今、その状況なんですよ。


優子さんが向けるその視線の先の玄関、その玄関の奥に誰かいる。

見えるわけでは無いんだけど、向こうから優子さんをじっーーーーーと睨む何かがいるって分かる

優子さんもじーーーーーと見る、目を離せない。目を離すと扉を開けて、今にも襲いかかってくる

そんな気がする。どうしよう、彼を呼ぼうかと思うけど、振り替えられない、目が離せないから

声も出せない、声を出しても気がついて襲いかかってきそうだから。

まるで蛇に睨まれた蛙の状態なんですよね。


ジーーーーーーと優子さんは全身汗びっしょりになりながら息を殺してみる

向こうもじーーーと睨んでいる。きっと睨んでいる。


どうにもできない。心臓がバクバク跳ねてくる。

自分でも心臓が血液を押し出す音が聞こえてくる。

うわぁ、嫌だ嫌だ、助けて助けてって思っていると


かちゃ

玄関のポストが開くんだ。


優子さん心臓が止まり、息もすることができなくなった、

グッとただその後、何が起きるのか見ているしかない。。。

ンンンンん


ポストからにゅっと茶色の封筒が差し込まれる

カサっと靴の上に落ちた。


えっ? 何あれ?

優子さんの想像より外の相手の行動に、思惑が宙ぶらりんになってしまう。

封筒?なんの?


この時ね、不思議な事に怖くて怖くてどうしようもなく、息をすることもままならないのに

何故か、あの封筒を確かめなければって気持ちになったっていうですよ


優子さんの恐怖心を無視するように体は起き上がり、玄関に行こうとする

怖くて心臓がこれ以上は早く動けないよって位に跳ね回っているのに

足取りはスムーズにどんどん玄関の方へ体を運んでいく。


うわぁ嫌だ、嫌だ、行きたくない、行きたくない、行きたくない、

と心では思っていても、体はまるで別の意思があるように進んで


とうとう、封筒を見下ろすところまで来てしまった。


腰を軽く曲げて、封筒に向けて腕をスゥーっと伸ばす、優子さんの体

怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ


がっって、優子さんの腕は動きを止めた、

というか止められた。細くて白い傷だらけの腕がポストから伸びて

優子さんの腕を掴んでいる。


悲鳴をあげかけた、その時だ

見下ろす形で黒髪の女の頭が目の前に現れた

そして、その女が優子さんの腕を両手で掴んで

ギチギチと腕に噛み付いているんですよ


悲鳴を上げる前に優子さん意識がふーと遠くなってしまってね

気がつくとベッドの上で目が覚めた。


夢?いつもの悪夢ってこれ?

でも、いつもと違うんですよ、今回ははっきり覚えている。あの女。

そしてもうひとつ違うこと、目覚めたのが自分の部屋ではなく、夢と同じ場所ということ


目を開けると、先輩が玄関からこちらに向かって歩いてきていた

「おはよう」


咄嗟に優子さんも「おはよう」って返そうとしたが、

ギョッとして言葉が出なかった、

彼が歩きながら、手に持っているそれ

それ、夢の中に出てきた茶色い封筒と全く同じなんですよ


それをこちらに歩きながら、逆さにして中身を手の平で受けようとしているところだった

ちょっと待ってって言いかけたが、すでに中身は彼の手のひらに落ちていた


「うおわぁぁ」

手のひらに転がった、それを見た先輩は驚いて、放ってしまった

散らばるそれらの一個が優子さんの目の前にも転がってきた


それ、血塗れの人間の歯なんですよね。

まだ乾ききっていない根本から抜いた歯が何本も入っていた


瞬間的に優子さん、その歯を見て、夢に出てきた女を思い出した。

腕に噛み付いていた、あの黒髪の女。腕、に噛み付いて・・・

と自分の腕に目線を落とすと


さっき噛まれた後のように赤黒く滲んだ歯形がくっきりと腕に残っている


「いやーーーーーーー」


そこからはもう、パニックでね、先輩も先輩で何か言っていたけど

もう優子さんそこにとにかく居たくなくて、逃げるように彼の部屋を飛び出していったそうです。


その後、しばらく会社を休み、彼からも連絡がきてたけど、どうにも話す気持ちにもなれず、そのまま彼とは別れる事にした。メッセージも来ないようにブロックして削除もしてしまった

きまづいなとかは思ったけど、しばらく休んだ後に気が重いけど出社すると、なんと彼は退社してしまっていた。

流石に気にはなったが、すでに優子さんは直接は確認しようがない。同僚に退社の理由を聞いても分からないらしい。


 後日、優子さんは別の部署の人から、彼が付き合っていた元カノさんの話を聞く機会があったらしい。元カノさんも同じ会社の人だったらしく、優子さんの1年先輩の黒髪の女性だった。そして、ある日から会社に来なくなって、そのまま連絡が取れなくなり、退社扱いになった。そして、その来なくなったって頃が、優子さんと彼が出会った頃と同じだったらしい。


 優子さん、あれって夢だったのか未だに分からないって言うですよ。

あの時にあの女はほんとに玄関の前にいたんじゃ無いかって、そして朝にかけて、その女は自分の歯を一本一本、声もあげずに抜いていた。

口から血を流して、激痛を超えるほどの恨みの気持ちで、悍ましい顔で玄関越しにこちらを睨みながら。

その視線で私が起きたんじゃないかって思うんですよって言ってました。




  後説

 昔から伝わる日本の呪いの方法の一つに、自らの体の一部を対象者へと送りつけるという呪術がある。これは自分の体の一部には強い念を込めやすいってのがあってね。髪や爪、体液など、そしてそれは大事な一部、元に戻せない一部などであれば、その制約が強力になるという。今回の話は特に真実味があるのは、優子さんが痛くなった場所が歯であること。呪いってのは想う念によって現れる箇所の傾向がある。例えば腹痛なら愛憎、頭痛なら恨み、そして歯痛は嫉妬。今日の話にまつわる、怪談観光地を一つ紹介する。京都鞍馬口近くの千本通りにある歯形地蔵。このお地蔵さん、嫉妬に塗れてしまったある妻が旦那と間違えて噛み付かれてしまったというお地蔵さん。その噛みついた妻はそのままそこで死んでしまったんだって。そんな怖い逸話もありながら、何故かこのお地蔵さんは歯痛を取り除いてくれるお地蔵さんとして有名なので歯医者に行きたくない時、もしくは原因不明の歯痛に悩まされているなら、頼ってみてもいいかも。

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