その言葉は誰のものでもなく、誰にむけたものでもない。

待宵 澪

*

____私の好きな人は、綺麗な瞳をしているわけでもなく、

どこかの事務所に所属しているような華やかな顔をしているわけでもない。


でも。

目が合えば優しく見てくれて支えてくれる、頭を撫でてくれる、そんな人だった。


「…泣くなよ、バーカ。」


追いかけて追いかけて、それでも振り向かせたかった君へ…____



***



タンッと小指で叩いたEnterキーが一人きりの部屋に響く。


「…、」


キラキラと輝く想いに溢れた言葉とよくあるハッピーエンド。

画面の中の文字列は、少しだけ悲哀を含んでも最後には幸福に満ちあふれる。

そこに現実はない。


「…”振り向かせたかった君へ”、ねえ。」


PCの隣においたコーヒーを手にとり暖をとると、既に生温く冷えた手を温めるには不十分だった。1時間ほど集中していたから仕方がないか。

緩く座っていた椅子から立ち上がり一度大きく伸びをすると、硬くなった体が音を立て気持ちはすっきりとした。

一度小さくため息を吐いて生温いコーヒーを飲み切り肩にかけたブランケットをキュッと掴む。


「…どの口が言うんだか。」


ふと窓から見える外は星が輝く暗い青。

いつだって少しだけ甘い想いを思い出すのは夜で、私の手がしっかりとPCに文字を刻むのも等しく夜だった。


ケトルでお湯を沸かしつつ少しつまんで食べることのできる食べ物を棚から探す。

そして、あるお菓子を見つけて唇が少し震えた。


…こう言う時に限ってなんで買ってあるのかなあ。いつもは買わないのに。


いつだかのホワイトデーにアイツがくれたお菓子。海外のお菓子らしいカラフルな楕円形の甘いチョコレート。

一緒にもらったハンカチは、お守りのように大事に持っていたのに数年前に手元から消えていた。なくした事実に気づいた時は絶望したし、絶望したその事実にもまた悲しく絶望した。


…夜だからか、いらない事実も思い出してしまう。


「あっま…、」


久しぶりに口にしたソレは、以前よりも甘く感じた。

カチッと言う音を立ててお湯が沸けた事実を伝えるケトルを確認し、棚からティーパックを出し軽く洗ったマグカップにそっといれる。


湯気と茶葉のいい香り。好きなもので固めた落ち着く空間。

こう言う瞬間を重ねるほど、私は大人になってしまったのだろうと少しだけ寂しく思う。


_____ 今年のホワイトデーは、何もかえってこない。

思い出すチョコレートは君のまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その言葉は誰のものでもなく、誰にむけたものでもない。 待宵 澪 @____handneruneru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ