二十八
さて、話はこれから三四年の後のことになります。
私たちは、あれから横浜へ引き移って、かねてナオミの見つけて置いた山手の洋館を借りましたけれども、だんだん贅沢が身に
私はその後、計画通り大井町の会社の方は辞職をし、田舎の財産は整理してしまって、学校時代の二三の同窓と、電気機械の製作販売を目的とする合資会社を始めました。この会社は、私が一番の出資者である代りに、実際の仕事は友達がやってくれているので、毎日事務所へ出る必要はないのですが、どういう訳か、私が一日家にいるのをナオミが好まないものですから、イヤイヤながら日に一遍は見
昔は非常な勤勉家で、朝は早起きの方でしたけれども、この頃の私は、九時半か十時でなければ起きません。起きるとすぐに、寝間着のまま、そっと
「ふん」
と、
こういう風に、私たち夫婦はいつの間にか、別々の部屋に寝るようになっているのですが、もとはと言うと、これはナオミの発案でした。婦人の
ナオミは毎朝十一時過ぎまで、起きるでもなく
彼女は顔を洗う前に、寝床で紅茶とミルクを飲みます。その間にアマが
午飯をたべてしまってから、晩までほとんど用はありません。晩にはお客に呼ばれるか、
ナオミの友達はよく変わりました。浜田や熊谷はあれからふッつり出入りをしなくなってしまって、一と頃は例のマッカネルがお気に入りのようでしたが、間もなく彼に代わった者は、デュガンという男でした。デュガンの次には、ユスタスという友達が出来ました。このユスタスという男は、マッカネル以上に不愉快な奴で、ナオミの御機嫌を取ることが実に上手で、一度私は、腹立ち紛れに、
ユスタスの後にも、第二第三のユスタスが出来たことは
自信がなくなると仕方がないもので、目下の私は、英語などでも到底彼女には及びません。実地に附き合っているうちに自然と上達したのでしょうが、夜会の席で婦人や紳士に
これで私たち夫婦の記録は終りとします。これを読んで、馬鹿々々しいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。私自身は、ナオミに
ナオミは今年二十三で私は三十六になります。
痴人の愛 谷崎潤一郎/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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