朝まで踊る!因習人形!!

とりかわ せせ里

朝まで踊る!因習人形!!

 青い空。


 湿度のない空気。


 鳥の叫び声がワーッ!ギャーッ!と聞こえ、それで俺は完全に目を覚ました。

 今は1月だ。季節は冬である。しかし体は熱く、うっすらと額に汗をかいていた。頬を触ると、べとりとした何かが付いた。

その時隣からワーッと声が聞こえた。鳥か?


 「鳥川先輩。顔赤ッ」


 仲屋敷だった。仲屋敷は大学時代のサークルの後輩である。それと少し離れた場所に、半裸の男が居た。半裸の男は確か医者だ。

 昨夜のことを思い出そうとするが、頭が左右から強い力で引っ張られるような痛みで割れそうだ。


 「血っすか。それ」

 蒼白な顔面を向けて、仲屋敷は尋ねた。


 「頭は痛いけど…」

 俺は答えたが、医者はすかさず否定した。


 「朱肉だ。この赤は」


 その後彼は落ち着き払った白い顔で、すまん、と断りを入れるか入れないかのうちに、聞くに堪えない音で吐瀉し、自らに診断を下した。


 「あと二日酔い」


 そしてやっと思い出す。

 ああ、ここは南の島だった。

 俺達は昨日、船でここに来て飲み、踊り明かし、そして村役場跡の集会所の空き地で眠りこけていたのだった。

 それもこれも元はと言えば冬の寒さが悪い。

 


 時は1週間前に遡る。


 俺は電力会社からの請求メールを見て頭を抱えていた。

 電気代が高過ぎる。

 相変わらずアパートの更新料はナイフのような斬れ味だし、もう心底、カネ、カネ、カネの都会での生活に嫌気が差してしまった。

 築年数がまさに今、外に降りしきる雪のように積もりに積もって、角部屋の我が家の廊下は冷たい空気が流れ込んで氷のように冷え切っている。

 雀の涙のような勤め先の家賃補助に支えられてここまで何とかやって来たが、もう、すべてが嫌になってしまった。

 数年前に収束した疫病を切っ掛けに、俺の会社にもリモートワークが導入された。在宅時間が増え、電気代が上がった。それに加えて、今年は大雪だ。こんな場所で凍死するくらいなら。俺はやっと気が付いた。

 そうだ、こんなアパートに居なくても良いんだ。俺はどこでだって働けるんだ。だってリモートワークができるんだから。ここは寒過ぎる。


 南の島で仕事するんだ俺は。


 幸い行先には心当たりは有った。

 数年前からインターネットのオカルト好き界隈で話題になっている。

 大楽島(おおたのしじま)またの名をトロピカル因習アイランド。ホームページはレインボーのゴシック体がピカピカと光り「ようこそトロピカル因習アイランド ホームページへ!」と歓迎の言葉を並べていた。

 陽気な人間が集まる昔ながらの習慣が人を惹きつけて止まない島。○ーグルマップの評判も星4.5、評価者は8,523名。なんとこの数は島民よりも多い。ここしかない。暖かい気候の中で奇習と共に生きるんだ。ネット環境は完璧だというから最高だ。行こう。ここだ。


 決めるが早いが、会社に転出予定の連絡を入れ、アパートの更新書類は更新を希望しないにレ点を入れた。何が更新料だ。香辛料みたいな名前しやがって。ピリピリした気持ちになるんだよ。

 最後に表札を裏返し、スーツケースを持ち出した。全部冬のせいだ。さようなら俺のアパート。


 冒頭でもお伝えしたが仲屋敷は俺の大学のサークルの後輩である。オカルト研究会とは名ばかりの、映画を見てはスナック菓子を食べることを繰り返し、時々飲み会に行ってゲラゲラ笑うという、パッとしない青春の日々を想い返した。人は気が塞ぐと若い頃の事を思い出すのだろうか?

 港に向かう間に、アプリを開いて彼にメッセージを送った。大楽島の情報と共に。


 「今から島、行くけど仲屋敷も行く?」


 どうせ奴は就活中の身だ。返事は期待できない。きっと内々定の仲間同士ではしゃいでいることだろう。そんなふうに考えていると


 「行きます」


 5秒と経たず返事が来た。

 その後のやり取りは以下の通りである。


 俺「就活は終わったん?」

 仲屋敷「や、全然っす。無理です」


 かくして俺は後輩と因習に向かったのだ。

 ゲボ吐きの医者、入交とは船の上で会った。

 虚ろな目で海面を見つめる彼を、仲屋敷は放っておけなかったらしい。気が良いやつなのである。


 「船酔いっすか?死にそうな顔してますけど」


 その後、思い出したように名乗る。


 「あ、俺は仲屋敷と申します。N大学の学生です」


 「イリマジリ。入って交じるで入交と読む」

 「仕事は、い…公務員。この顔は船酔いのせいじゃないので、大丈夫」


 「私は会社員です。鳥川です」

 「今の仕事の環境が嫌で逃げてきました」


 俺の情けない自己紹介を聞いて入交が微笑した。その時船が大きく揺れた。港に着いたのである。この船は親切な村長、波里(ぱり)さんが出した漁船で、市の定期便が来るのは半月に1度であることは、この後の話に大いに関係があるため、覚えておいてほしい。


 到着は夕方だった。目に付くところに時計は無く、何より荷物を宿に置いて直ぐに、旧村役場を改築して作られた大宴会場に呼ばれたためいつからいつまでそこにいたのかは分からない。後から聞いて驚いたのは、この宴は俺たちへの歓待の催しではなく、パーティー好きのこの島では恒例の事らしい。

 

 さて、話は冒頭から今に戻る。

 とはいえ今も、昼から海岸でBBQである。

 俺は二日酔いを抱えた内臓を持て余して、居心地の良い椅子に座っていた。

 ふと見ると、バーベキューコンロの奥のそのまた奥に、アウトドアテントが設営されていた。

 入口が閉め切られ、何もかもがあけっぴろげなこの空間では、なんだか異質な感じである。


 「あれ、なんですか?」


 近くを長靴型のグラスを持った島民が通ったので、俺は尋ねた。グラスの中の飲物はエメラルドグリーンだった。クリームソーダだろうか?答えが返ってきたのは彼からではなく、後ろからだった。


 「「あそこは入らずの神殿だから、触っちゃ駄目」」


 重なる2つの声に驚き振り返る。

 そこには、ホットパンツの双子の少女が立っていた。彼女等は交互に言葉を発した。黒い髪が揺れる。


 「あそこには魔女が居る」

 「魔女ってか美魔女が居る」

 「あの人は基本あそこから出ない」

 「日焼けするからね」

 「夜は全然外に出るし、踊るんだね」

 「“人形“と同じだよね」

  

 「人形って何?」

 俺はにわかに湧いたオカルトの気配に好奇心を唆られて聞いた。


 「その人形は、大楽村に昔から居て、暗い場所が好きなんだよ」


 「夜になると、踊る」

 

 「こわ…」

 口を挟んだ俺にクスクス笑いながら、双子は続けた。


 「朝まで、踊る」


 「朝まで?!」 

 

 質問を続けようとしたその時、皆に混ざって踊っていた仲屋敷が膝から崩れ落ちるようにへたりこんだ。遠目に見ても震え、尋常じゃない様子だった。側にいた医者が駆け寄った。


 「心臓の音がおかしいぞ」


 すかさず村長が胸が胸に耳を当てた。

 「やべえ…神じゃんこのリズム」


 「どいてくれ」

 俺は彼を乱暴に押し退けて音を聞いた。


 「ズン・ズン・ズン・ズン」


 胸の音が、これは


 「16ビートだ」


 

 「いにしえからの言い伝えどおりぢゃね」


 その時「入らずの神殿」ーアウトドアテントーから女が姿を表した。顔を焦げ茶色に塗ったその様相は村長さえ退ける程の猛々しさだった。


 「ば、ばばちゃま?」


 波里がこわごわと言った。


 「いやババアぢゃねーよ」


 と一喝し、ジュリちゃんだろうがと咎めた。

幾重にも重なったつけまが瞳の輝きをよりいっそう引き立て、波里を黙らせた。彼女は言葉を続けた。神殿ーアウトドアテントーから出て来たときとは打って変わって、凄まじく低い声だった。


 「地声だ」と波里は言った。大きな身体はガタガタと震えてふた周りも小さく見えた。「声の変わりようが怖え」彼は怯えきってきた。


 「遥か昔、東北の地よりかけまくも畏き波丁心上体踊命(ぱぁてぃこころアガりカラダおどりのみこと)島へ上(ア)がりたまひし。諸諸の禍事罪穢ノリとテンションで祓いたもうなり。その御魂の音はやきこと他に能わず。」


 「これが言い伝え」


 「昔っていつですか」

 俺は尋ねた。


 「1970年代」


 「昔だな」


 「つか、やっぱ言い伝え通りでこの人は神なんじゃね」

 波里は村長として、パリピとしての威厳を取り戻したらしく、はずんだ声を出した。


 村人達も星型のサングラスを煌めかせて口々に同意してみせた。


 「そうかも」

 「そうかも」

 「テンション上がる」

 「これ今夜も踊るしかないんじゃね」


 医者の真面目な叫びは夜の騒ぎの中で掻き消された。

 「頻拍だよこれは!医者呼んで!」



 こうして踊り過ぎによる些細な問題が起きたものの、殆ど毎日のように俺達は踊り明かし、船の定期便の来る日がやって来た。俺は良いが、流石に学生である仲屋敷は研究室に顔を出さなければいけないのだ。ところが奴は飯の時間になっても、船の時間になっても起きて来なかった。

 とうとう船が発ってしまった。あいつ、電話にも出ない。入交に尋ねても知らないという、因みに入交は働いていた公立病院を辞めて旅行に来ていたため、帰らなくても良い。苦労してるんだなあ。

 仲屋敷のほうは、まあ、きっとどこかで踊り疲れて寝ているのであろう。この気候だしその辺で寝ても死ぬわけではないから、大丈夫だろう。

 そうこうしているうちに、俺たちのもとに村長が歩いて来て、茶封筒を1つずつ手渡しながら尋ねた。宿の請求書だろうか?


  「2人も今日の船で帰ろうとしてた感じ?」


 「俺達は…まあ今の所はここにお世話になりますよ」


 「仲屋敷クンは違ったみたいだけどね!彼には、踊ってるよ。君等も帰らないでね」


 不穏な言葉を受け、考え込む前に医者の声が聞こえた。封筒の中身を覗いている。


 「うわ!マジか!これ俺の字だよ」


 俺も戸惑いながら封筒を開いたら。封はされていなかった。転入届控。日付はここに到着した時だ。俺達はとっくにこの島の住民になっていたのだ。俺の親指の指紋と思しきものが、朱肉でしっかりと押されていた。波里は底抜けに明るい声で言う。


 「パーティーの時にさあ。2人酔っ払って言ってたよね。入交サンは医者。鳥川サンは企業広報だって。医者が来てくれて皆喜んでるよ。医療脱毛してもらえるって!鳥川サンはSNS運用の実績もあるだよねえ♪楽しい因習島、宣伝してね!」


 村長の声に楽しげな口調に押されながら、俺は一番聞きたいことを、なんとか口にした。

 「あ、あの…それ、取り敢えず置いておいて、仲屋敷はどこですか?」


 「“島の奥”で朝まで踊ってるよ!ね!頼むよ!島に人が増えたらさあ」

 「神様の代わりも見つかると思わない?」

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