瑠偉の場合

 浅野瑠偉は友達思いで気が利いて優しくて、料理が好きで趣味が少女漫画やロマンス小説を読むことという完璧な女の子らしい女の子。

 と、いうのが本人の自己評価だ。


 瑠偉には友人がいるのだが、この友人がひねくれ者で、女の子なのに男が読むような小説を呼び、友達なのに友達のすることに非協力的で文句ばかり。ある時など友人の書いた注文書が間違っていたから直したら、大泣きされて悪者扱いされてしまった。

 それでも瑠偉は重音のことを親友だと思っているし、重音が愚痴を言おうものなら厳しくも温かい、先を見据えた言葉で優しく諭すのだ。重音は子供だから不満みたいだけど、いつかきっと分かってくれる。


 そんな風に瑠偉は重音のことを気遣ってあげたのに、結局重音は最後まで感謝しないまま二人でバスの事故で死んでしまった。

 重音が最後にシンデレラの本を持っていたせいだろうか? 気が付いたら瑠偉はシンデレラの継母、アンジェリーナの一部になっていた。

 嘘、私みたいな清い女の子はシンデレラに生まれるはずなのに? これもきっと重音が変なこと言ったせいね。本当に嫌な人。え、友達を嫌な人呼ばわりするのかって? だって死んだなら友達関係も無効じゃない。



 瑠偉は朝一番にシンデレラことアシュリーに起こされ、とりあえず今までそうさせてたんだから、と彼女が使用人の仕事をすることをスルーした。


 そして二人の娘、セラとレベッカと一緒の席でアシュリーの作った朝食を食べ、アシュリーが片づけ始めた時に唐突に言った。


「ごめんなさいね、アシュリー、今まで苛めて悪かったわ。今日から良いお友達になりましょう?」


 アシュリーには青天の霹靂だった。

 あの意地悪な継母が謝った? もしかしたらこれから良い関係になれるのかも……と思ったのは一瞬だった。

 最初は母の言葉を聞いて驚いていたセラとレベッカだったが、アシュリーが驚きのあまり沈黙していると「私達の母親の好意を無下にする気か」と言わんばかりに睨んでくるのだ。


 え、これ自分に選択の余地なくない? なんで継母は自分の絶対的な味方のいる場所で謝罪なんてするの。私アウェーじゃん。実質拒否権ないじゃん。謝られたのに許さなきゃ、こっちが悪人に仕立て上げられるじゃん。


「は、はい。お母様が望むなら、良い家族になりましょう」


 若干引きつった笑みでそう言うアシュリーに、瑠偉Inアンジェリーナはプークスクスと馬鹿にしたように笑った。

 

「やあだ貴方耳が悪いのね。私は良いお友達になりましょうって言ったのよ? 貴方とは血が繋がってないんだから家族になれる訳ないでしょ」


 その言葉は苛められながらも仕事をこなせばいつかは認めて貰えるかも、そうしたら家族になれるかも、と思っていたアシュリーの胸に刺さった。見えない血がドクドクと流れてもアンジェリーナには見えないし、気づくこともない。母が笑ったのも見て二人の姉もつられてアシュリーを笑った。


 一人満足げに厨を退出するアンジェリーナや姉達を見送りながら、アシュリーは一人ぼっちで遅い朝食を取った。いつもよりしょっぱく感じた。




 明日は親交を深めるためにピクニックに行きましょう、と継母が言った。

 アシュリーはいつものように一人早起きして全員分のお弁当を作り、全員分の支度を整え、家族が皆綺麗な格好の中一人シワシワの服を身にまとい、お弁当の際は継母や姉達の頼みごと攻勢をこなして自分は一番最後にしけったパンを食べ、一番重い荷物を持って帰宅した。


「楽しかったでしょ? ままならぬ関係の貴方にこうまでしてあげるなんて私、優しいわよね」

「……私ばかり働いてて、私は皆みたいに楽しめなかったんですけど……」


 自分は良い友人じゃないのか、これでは今までどおりの使用人だとふてくされるアシュリーのその言葉に、アンジェリーナは目を吊り上げて怒る。


「私達は楽しかったのに、貴方は水を差すようなことしか言えないのね!」

「え、あ、ごめんなさい!」

「自分ばかり働くって、当たり前でしょう! 貴方が一番器用なのだもの、適材適所よ!」

「でも、これって私ばかり負担になって……」

「人を不快させたのに言い訳しか言えないの! もういいわよ! 貴方なんか誘わない!」


 アンジェリーナのヒステリーに、これまたセラとレベッカが出張ってくる。


「シンデレラ! 貴方なにお母様を怒らせてるのよ!」

「わ、私はただ、私もみんなと同じように楽しみたいって……」

「汚い灰まみれの分際でよくそんな図々しいこと言えたわね! 鏡見たことないの?」

「それは……貴方達が、私の私物を奪うから……」


 口で敵わなくなった姉達は、自分達が道義的に不利だと悟るやアシュリーの頬を引っ叩いた。


「また生意気なこと言ったらこれだけじゃ済まないんだからね!」


 ――ここにいるのは人間の姿をした魔物だけだ。じんじんと痛む頬を抑えながら、シンデレラはその時そう確信した。





 瑠偉の記憶が入ったアンジェリーナは少し言い過ぎたかな、とは感じていた。けれど何でも自分に都合の良いように考える瑠偉につられて思考を放棄した。

 だってシンデレラはどうせ幸せになるんじゃない。あと原作では苛めた相手も快く許してるし。それに王妃になるならこれくらいの苛めを経験したほうが将来のためってもんよ。


 瑠偉はシンデレラを知ってはいるが、それはペロー版だけ。グリム版がある事を知らない。そしてペロー版でさえ苛めの描写はマイルドになっているのに、そこで書かれてもない苛めを執拗にしたらどうなるか。



 アシュリーは暇を見つけるとたびたび母の墓に向かった。そしてそこで気の済むまで泣いた。

 父がまだ生きていた頃植えたハシバミの木がアシュリーの涙を養分にしたのか、すくすく育った。


 涙ならいくらでも流せる。アシュリーはそう思った。

 正直、ちょっと前より今のほうがつらい。以前の継母は嫌ってるから苛めてやるのだ、という雰囲気だったが、今の継母は大好きだと言いながら鋭利な刃物で滅多刺ししてくるような不気味さがある。


 この前も新しい服あげると言いながら、自分の好きな色だと流行遅れのサイズも合ってない服を渡された。おざなりにお礼を言うと見破られてその態度はなんだとヒステリーを起こされた。自分が傷つくのはこれでもかってくらい敏感なのに、他人が傷つくのは恐ろしく鈍い。

 さらに新しいのがあるなら古いのはいらないよねと亡き母の形見を勝手に捨てられた。抗議すると「私が悪いって言うの! 親切でやったのになんて言い方!」 とまたヒステリーで話にならない。

 少し前には観劇しましょうと誘われたが、変な人に目をつけられるといけないからと一人だけボロみたいな服を着せられた。その結果使用人と間違えられ、性質の悪い男のナンパから逃げるのにどれだけ苦労したか。やっとの思いで自分の座席に戻ったシンデレラを「あらあらどこかで良い人と良いことしてたの~? やっぱ美貌は隠せないものね~」 とニヤニヤ笑う継母の顔を殴ってやりたかった。

 今日など様々な雑用を押し付けられて疲れ切っているところに、ナプキンを持ってきてと言われて何も言わずに前に置いたら何が癇に障ったのか「態度が悪い!」 と怒鳴られた。じゃあ雑用減らしてほしい。家のこと全部やってる脇であんたら優雅に紅茶飲んでるじゃん。

 さらに最近では前はそれほどでもなかった姉達の苛めがもっと悪質になってつらい。前は暴力的なことまではしなかったのに、髪をひっぱったり手をつねったりとシャレにならないことまでやってくる。一度その現場を継母は見たのだが「んまっ、娘達が可愛くじゃれあってるわね。嬉しいわ」 でスルーした。目玉本当についてる? 一家の長がじゃれあい判断したならエスカレートするのは分かりきったことだった。掃除中に小物を投げつけてくる遊びまでするようになって生傷が増えた。



 理不尽すぎる環境を思い出すたびにアシュリーは泣いた。

 気が付けば、アシュリーの周りを小鳥達が飛び交っている。ただでさえ慎ましい自分の食事から小鳥達の餌を捻出して手なずけたのだ。単純に寂しかったし、なんとなくこれが役に立つという確信のようなものがどこかにあった。

「ねえ小鳥達。今はまだその時ではないけれど、いつか私のお願いを聞いてちょうだいね」

 小鳥達は特別賢いのか、まるで人間のように頷いて見せた。




 その機会は訪れた。

 この国の王子の伴侶を決める舞踏会の招待状。

 アンジェリーナは当然アシュリーのドレスにびた一文出さなかった。妖精がドレス作ってくれるのになんで作る必要が?

 そして当然のようにアシュリーに留守番を命じた。シンデレラの内容を知っているアンジェリーナ的にはお膳立てのつもりだった。

 女の子なら誰もが夢を見る華やかな世界。死んだ目をしたアシュリーが「私も、行けませんか……?」 と疲れた声で言うとアンジェリーナは笑った。


「やあだ、貴方そんなキャラじゃないでしょう」


 ペロー版のシンデレラは、特に子供向けなどでは「行きたい」 と言わなかった訳本もある。字面の都合か、謙虚なほうが共感を得られると思ってのことか。だからアンジェリーナも友達同士のからかいのつもりでそう言った。

 アシュリーは黙った。アンジェリーナはノリが悪い、「ですよね~私使用人キャラだもん☆」 くらい言えないのかしら、まるで私が酷いこと言ったみたいじゃない、と呆れた。


 そして家族を見送った途端玄関で大泣きするアシュリーに魔女は現れた。



 アンジェリーナはシンデレラが会場に現れた時にドヤ顔で娘達に言った。

「あれ、アシュリーよ」

 しかしセラもレベッカもきょとんとした顔で言う。

「何言ってるのお母さん、シンデレラはもっと汚いでしょ」

「そうそう、いつも灰塗れで汚れてるの」

 否定されてむかっとしたアンジェリーナは言い返す。

「何よ貴方達の顔だって汚いでしょ」

 母親が娘にかける言葉では断じてない。しかしアンジェリーナ的には上手いこといったつもりなのだ。瑠偉もアンジェリーナもこういうことをよく言って簡単に人を傷つける。

 言われた娘達は傷ついた。傷ついたが実の母親の言うことなのだからどうも出来ない。だからこう思って自分を納得させる。「シンデレラのほうが汚いもん。私達はまだマシ」




 やがて原作通りに話は進み、ガラスの靴を持った使者がアンジェリーナの家を訪ねてきた。

 素直にアシュリーを渡してもいいのだが、奇跡がおこってうちの娘が王妃にならないかな~せっかくだし娘にチャレンジさせるか、と記念受験のノリで試させた。結果、そんな奇跡が起こるはずもなかった。


 最後にアシュリーが現れ靴が一致し、アシュリーは使者と一緒に馬車に乗っていく。そんなアシュリーにアンジェリーナは声をかけた。


「結婚式には行くからね! 育てて貰った恩を忘れないでね!」


 その瞬間、アシュリーが何とも言えない凄い顔をした気がしたが、一瞬で笑顔になった。


「もちろんですわ。アンジェリーナ夫人」


 アシュリーの中ではどす黒い怨念が渦をまいていた。

 あれだけ苛めておいて 育ててもらった ですって? 厚かましい、図々しい。恩着せがましい!

 どうも舞踏会の美女は私だって勘付いていたようだけど、それなのに姉達に私の靴を履かせるなんて。あわよくば成り代わりたいって思ってたってことでしょ。人をコケにし過ぎよ。なんでそれが許されると思ったの。




 そしてシンデレラと王子の結婚式の日、隅っこのほうにアンジェリーナ達はいた。王子妃の身内のなのにとぼやいていたが、私に家族じゃないとか言ったのにこういう時だけ身内面かとアシュリーは呆れた。

 祝福の鐘が鳴り響いた瞬間を狙って、小鳥達をけしかけた。この国名物の大きな鐘の音は、多少の雑音をかき消してくれる。


 両目を抉りだされたアンジェリーナ達がのたうちまわってる姿を見たアシュリーの口角が上がった。人が苛められている様子が見えない分からないって言うなら目なんて必要ないでしょう?

 そしてあらかじめ警備兵には彼女達が異常な行動をしたらすぐ会場の外に叩きだすようにと命じてある。

 王や王妃にはとんでもなく性格の悪い嫁だと思われそうだが、アンジェリーナは社交界に出るたびに誰にでもあのサイコパスな言動をしていたようで、二人は「あの一家はね、そうされても仕方ないよね」 というようなニュアンスのことを言うだけで反対はしなかった。

 なら遠慮なく私の人生からあいつらを排除しよう。本音を言えばあいつらにはどれだけ自分が人を傷つけて来たか、どれだけ自分が嫌な人間だったか、それを思い知らせてから亡き者にしてやりたかったが、どう考えてもあの継母はそれを理解出来る頭じゃない。だったらせめて自分の人生にこれ以上関わらないようにする、その一点に集中すべきだろう。

 これで、私の幸せがやっと始まる。アシュリーは何年ぶりだろうか、心から安堵した表情を見せた。


「アシュリー、嬉しそうだね」

 王子のその言葉に、シンデレラは凄絶な笑顔で言った。

「ええ、人生最良の日ですわ!」





 叩きだされたアンジェリーナは空の眼窩を抑えながら、どうしてこうなったのか、こんな展開知らないと痛みにもだえ苦しみながら思っていた。

 近くで同じようにセラとレベッカが呻いている声が聞こえる。自分が一番可愛いアンジェリーナはその苦しんでいる声にも腹が立った。

 

「うるさいわね! 若いんだから痛みなんて大したことないでしょ! 泣いてないで早く母親を助けなさいよ!」


 一番先に目玉を抉り取られたアンジェリーナはセラとレベッカも目玉を抉り取られているとは知らなかった。ついでに自分がこうなら娘達も、と考えるだけの想像力も無かった。そもそも娘達も異常な呻き声をあげているのに心配することもなかった。

 二人の娘は母親が正しい人ではなかったのだと今更ながらに思い知ったが、もう遅かった。全てを後悔してシンデレラに謝りながら死んでいったが、アンジェリーナだけは「裏切者、恩知らず、シンデレラのサイコパス女!」 と怨嗟の声を上げながら死んだという。


 誰も彼女達を助ける者はいなかったのかというと、実は近くに魔女がいて、一般人に目につかないように魔法で三人を隠していたのだ。

 魔女は娘二人はともかく、継母は救えないな、と苦虫を噛み潰したような顔をした。

 魔女は滅多に表に出ない。アシュリーの件は、彼女の実母に恩があったから借りを返しただけ。

 アシュリーが幸せな結婚をした後どう行動するかは関知しない。そこまでの契約ではないから。

 ただ、このアンジェリーナの魂は貴重な混ざりもので興味を惹かれたが、よく見るとあまりにも汚らしい色でわざわざ観察するほどのものではなかったと思った。

 そのまま捨て置いても良かったのだが、目にした一般人がトラウマだろうと思って絶命するまで魔法で隠しておいた。救出? そんな義理はない。変に生き残られても恩人の子に迷惑にしかならんだろうし。

 魔女はそう結論付けると、箒に乗っていずこかへと飛び去って行った。

 その後、しばらくは辺りに呻き声が響いていたが、ある時ぱったりと止んだ。

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転生したらシンデレラの継母でした 菜花 @rikuto

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