転生したらシンデレラの継母でした

菜花

重音の場合

 元村重音もとむらかさねは過疎地区に住む女子高生だった。そして彼女には幼馴染である同い年の浅野瑠偉あさのるいという少女がいた。

 限界集落だとたまにテレビにも出るほどの村だけあって、重音と同学年の人間はその瑠偉一人しかいない。

 そんな環境だから大人達は心配して重音に「瑠偉ちゃんと仲良くするのよ。たった二人しかいないのだから」 と度々忠告した。


 が、重音からしてみれば人類が滅んだとしても瑠偉と仲良くなれる気がしない、というのが本音だった。

 何故なら瑠偉はマイルドにいえば超ポジティブ、ネガティブにいえば超自己中人間だからだ。


 あれは重音が小学生の時だった。重音はその年ごろの女の子が好きそうな少女小説よりも男の子が読むような冒険小説が好きだった。なので朝の読書の時間にはシンドバッドの冒険やトム・ソーヤーの冒険などの本を図書館から借りて読んでいた。


「えー!!! なにやってんの重音ちゃん! それ男の子が読むものだよ! 重音ちゃん男の子だったの!?」


 ある日、瑠偉が無遠慮にジロジロと重音の持つ本の表紙を見たかと思うと、すっとんきょうな声でそう叫んだ。

 重音は意味が分からなかった。なんだその女の子はみんなピンクが好きみたいな理屈。冒険小説が好きな女の子がいて何が悪い? 仮に悪かったとしてそんな風に言われるほど瑠偉に迷惑をかけただろうか?

 大声を聞いて駆けつけてきた教師に瑠偉が事情を説明し、あわよくば重音にその手の小説を読むのをやめさせようとしていた。そうすれば重音もまともに女の子らしくロマンス小説などを読んで、自分と共通の話題で盛り上がってくれると思ったからだった。

 さすがに教師は「何を読んでも自由よ」 と瑠偉をたしなめてくれたが、事なかれ主義の大人らしく、喧嘩両成敗としてさも重音にも悪いところがあったかのようにいった。「二人しかいないんだから重音ちゃんだって瑠偉ちゃんに合わせてあげてもいいじゃない」

 重音は教師の手前何も言わなかったが、内心憤慨していた。好きな本を読むことも許されないのか? 瑠偉に合わせろというが、瑠偉が私に合わせてくれたことなんて一度もない。

 

 あるバレンタインデーの前日なんてあげる相手もいないのに「一緒にチョコ作ろうよ」 と言いだし、興味がなかった重音が断るとギャン泣きした。「酷い! お父さんお母さんに言いつけてやる!」

 狭い村社会で悪い評判が広まることがどれだけ悪手か重音は分かっていた。重音は瑠偉に付き合った。が、瑠偉の家に行ってみれば「私が作るから重音ちゃんはそこにいて」 と終始横で見ているだけだった。帰り際、「お母さん仕事だから誰かに見ててほしかったんだ~。重音ちゃんも女の子らしいことできて嬉しいでしょ?」 と言われた時ははぁ? となった。私は瑠偉のお母さんじゃないし、人の時間を奪っておいてお礼もなし? 大体まだその女の子らしさの押し付けやるのか。あまりの理不尽に「私、瑠偉の言う女の子らしいこと苦手なの。もう押し付けてこないで」 とついに言った。言われた瑠偉はただただきょとんとしていた。赤ちゃんが日本語らしいこと言ってるけど、意味分かんないやという表情だった。


 まある時は家庭科の授業で裁縫箱を注文する時があった。重音は一覧を見てシンプルかつワンポイントがお洒落で可愛いものを選んで提出した。

 が、次の日に瑠偉が「重音ちゃんってドジっ子なんだね。注文間違えてたから直しといたよ」 と言うではない。

 来た裁縫箱を見て驚いた。中二病を患った男の子が頼むようなドラゴン裁縫箱。

「重音ちゃん、男の子らしいの好きなんだもんね~」 と瑠偉はニコニコ笑っていた。

 あまりの怒りに重音はひどい、こんなの全然好きじゃない。そりゃ物語は男の子向けのが好きだけど、一生手元に置くかもしれない裁縫箱なら普通に可愛いの欲しかったと泣き喚いた。

「どうしたの……そんなの重音ちゃんのキャラじゃないでしょ。重音ちゃんはボーイッシュな女の子なんだから」

 と瑠偉は友人が頭が悪くて大変だわぁ、と言わんばかりの返答をした。騒ぎも聞いて駆けつけてきた教師も、裁縫箱が届いたあとでこんなこと言われても困ると思ったのか、瑠偉の味方についた。

「重音ちゃんが紛らわしいからでしょ。友人を困らせないの。大体瑠偉ちゃんはあなたを思ってそうしたのよ、泣いて被害者ぶるなんてあんまりじゃない」


 そんなことがあっても重音は心のどこかで瑠偉を信じていた。大人達が揃って大事にしろというか洗脳みたいなものをあっただろうし、何より貴重な同学年女子なのは間違いがなかったのだ。

 ある日、家に来たいとこを喧嘩になったことを瑠偉に愚痴ったことがあった。

「いとこが勝手に私の漫画を読んだあげく、ジュースこぼして台無しにしたの。しかもその場で謝るならまだしも、濡れたまま本棚に戻してばれるまで素知らぬ振りしてたんだよ。おかげで他の本まで被害にあうしさ。こんなこと平然とするいとこって性格悪いよね?」

 そんなほとんどの人が重音に同意しそうなことでも瑠偉はドヤ顔でこう言った。

「知ってる? 悪口は自己紹介なんだよ?」

 軽く宇宙猫状態になった重音が図星をつかれて居心地が悪くなってるのだと思った瑠偉はこう続けた。

「何かそうならないように対策の一つでもしたの? してないよね? 大体これっていとこに対する陰口でしょ。陰口叩くなんて最低! はい重音ちゃんが悪い! 論破!」

 わずかにあった瑠偉への信頼が潰えた瞬間だった。



 そんな迷惑幼馴染と高校でやっと離れられた……まあ、今までよりは、だが。実家住まいな以上、通学は途中まで瑠偉と一緒なのだ。瑠偉は重音をちょっと困ったところもあるけれど唯一無二に親友と思ってるので通学中ずーっと話しかけてくる。

 その日も大雪が降った翌日、暖房の効いた車内に乗って座っていると、時間ぎりぎりになって瑠偉が駆け込んできた。

「あ、重音ちゃん、ついに女の子らしい趣味に目覚めたんだね。シンデレラが二冊も!」

 勝手に横に座り、あげくブックカバーをつけていたのを外してまで膝の本を読んだ。高校で出来た友達に瑠偉のことを言ったら、「その子が好きなの自分だけじゃない? 他人にも心があるって理解してなさそう」 と言っていた。それらならやっぱり瑠偉を不快に思う自分は間違ってないと思う。

「うん。ペロー版とグリム版」

「え、何それシンデレラに種類なんてあるの?」

「あるよ。違いが面白いから読んでるの」

 重音の高校ではみんなのよく知っている民話についてちょっとした小論文を書けという宿題が出ていた。なのでこれを選択してだけなのだが……正直調べれば調べるほど面白い。

「でも結局似たようなものじゃない? それを二冊も借りるなんて正直頭よわ……あ、ごめんね。自分じゃどうにもならないことを言うなんて失礼だもんね!」

 瑠偉に何かを期待するのを一切やめた途端、瑠偉が何を言おうと気にならなくなった。なので重音はその発言を流した。それを快く許されたのだと思った瑠偉は持論を展開する。


「でも勘違いしちゃいけないよ? 重音ちゃんってシンデレラっていうよりシンデレラの継母だもの。私が昔から何度苦労させられたか」

「……そう」

 じゃあ瑠偉はシンデレラなのだろうか。……ありえない。そうだったとしても絶対魔法使い来ないだろ。そもそもやってることが素でシンデレラの継母じゃないだろうか。

「私達仲良しだものね。私がシンデレラの継母なら瑠偉もシンデレラの継母じゃないとね」

 皮肉でそう言うが、瑠偉はぷっと吹き出した後盛大に笑って言った。

「やだー、重音ちゃんって本当に性格悪い。私まで重音ちゃんに巻き込まないでよ。ま、本当にシンデレラの継母だったとしても、私ならもっとうまくやるけど」


 重音が覚えているのはそこまでだ。

 ここからぶつりと記憶が途切れている。

 推測でしかないが、前日は大雪が降っていて今日は道路が黒く見えるほど凍っていた。バスが事故を起こして、死んだのではないだろうか。

 そして――シンデレラの世界に転生した。しかも、その継母に。


「お母様。朝の支度が終わりました」

 薄汚れた格好をした超絶美少女にそう言われて重音は起こされた。

 母さん? 私まだ女子高生なんですけど? 重音がそう思った瞬間、頭が酷く痛んでこれまでの記憶が入っていた。

 私、私の名前は……アンジェリーナ。子爵令嬢で一度結婚したけど、夫と死に分かれて再婚。セラとレベッカの二人の娘とともに、同じく配偶者に死に別れた伯爵家の男性のもとへ。でもそこには、うちの二人の娘より断然美しいアシュリーがいて、いつも妬ましく思っていた。再婚相手も亡くなると、取り繕う必要が無くなったから使用人扱いして……。


 重音は学校で友人と話していると、最近は異世界転生ものが流行りだと知った。全く知らない世界だったり、あるいは知っている世界だったり。

 この環境、灰被りを意味しているのであろうアシュリーと言う名前。(シンデレラだったらエラじゃないのかと言う人もいるだろうが、あれは金太郎の本名は太郎、桃太郎の本名も太郎だというようなものらしい) なにより直前まで瑠偉と交わしていた会話……。


 私、シンデレラの世界に転生した? ということは、目の前の少女は……。

「ご、ごめんなさい!」

 朝からジャパニーズ土下座をされたアシュリーも意味が分からなかっただろう。



 女子高生がいきなり二人の子持ちなんて無理だっただろうが、幸いというかなんというか、アンジェリーナの身体に前世の記憶がほどよくインストールされた感じだった。だから後ろ盾のいないアシュリーなんか一生こきつかってやる、くらいに思っていたが、それを続けると、最悪な場合グリム版の結末と知って文字通り心を入れ替えた。アシュリーと仲良くならねば、破滅しかない。アンジェリーナは積極的にアシュリーのご機嫌取りに向かった。


「アシュリー、明日は天気がいいらしいからピクニックに行きましょう」

「あ、お弁当作りますね……」


 重音の心がその姿を哀れだ、と言っている。ひたすら大人の顔色をうかがって自分を殺して縮こまりながら生きて、それがどれだけつらいことか。 


「いいの。明日は母さんがやるわ」

「え、でも……」

「若い子は支度が大変でしょう。だから……」

「あ、ではお姉さま方の支度を手伝いますね」

 シンデレラは悪い意味で察しが良すぎた。言外の意味を考えまくって姉の支度をやれと言っているのだと解釈してしまう。普段だったらそれで正解だったのだろうが。

「ち、違うの! その、貴方も行くのよ!」

「え? 私も……?」

「あなたも家族でしょう」



 シンデレラは夢を見ているのかと思った。この家に来た時から好かれていないなと思っていた継母が、自分を家族だと認めた発言をした。いつものように裏があるのかと思ったが、今回ばかりはいくら考えても分からない。ともかく、この家を手中に収めている人間がそう言うのなら、自分は従うのみだ。


 翌日、シンデレラも行く準備をしていると、二人の義姉から怪訝な目で見られるが、「アシュリーも行くのよ」 と継母が言うとああ、召使を同行させるのねと思って納得したらしい。そっか、召使か。アシュリーの期待が一気にしぼんでいった。そりゃあそうだよね。この環境が簡単に変わるはずがないもの。



 当日。貴族らしウォーキングには不向きじゃないと思えるようなひらひらした服を着て森林浴を楽しむ。正真正銘の貴族なのだからアンジェリーナは疑問に思わないが、田舎の庶民の重音の思考だと何て優雅なのと思うらしい。何だか頭にもう一人住んでいるようだ。

 散歩が終わって昼食の時間になると、長女のセラが今までしていたようにアシュリーにあれやってそれ取ってまだ終わらないのと小姑ムーブを始めた。重音の魂がやめてくれと叫ぶ。


「やめなさいセラ! 妹を小間使い扱いなんて恥ずかしくないの!」

 アンジェリーナが一喝するとセラは家族の前で怒られて泣きそうな顔になるし、次女のレベッカも今まで黙認してきたのに、何故? と狼狽するし、今までこれが当然の扱いだったアシュリーはただただ混乱していた。


 思わず怒鳴ったアンジェリーナも心の中では葛藤していた。いくら重音が記憶があるからとはいえ、実の娘を怒鳴って血の繋がらない娘を庇うなんて、という気持ち。それを重音の理性が反論する。そりゃ実の娘は可愛いだろうけど、お世辞にもどっちも美人とは言えない顔立ちなのに、この上心まで醜くなっていいの? 誰かの不幸の上に成り立つギスギス家族でいいの? 本当にそれが望みなの?


 アンジェリーナは徐々に冷静になった。

「ごめんなさい、セラ。怒鳴るなんてレディー失格ね。そもそも貴方は普段の母親の姿を真似ただけなのにね」

「お母様……」

「誰が悪いのかって言ったらこの母が一番悪いわ。でも間違いに気づいたの。アシュリーだって家族なのよ。縁があって一緒になったのだから、これからは仲良くしたいわ」


 そう、こちらとしては仲良くしたいのだ。

 が、気づいた時には既に苛めたあと。

 そういう状況なら、どうするかの選択権はアシュリーにある。重音の記憶があるアンジェリーナとしてはアシュリーの気持ちを尊重したかった。だから、仲良くしましょうね、じゃなくて仲良くしたい、なのだ。なんとなく前者の言い方が重音の周りの大人みたいで好きじゃないというのもあるが。

 

 聡いアシュリーはその言い方で自分の気持ちを汲もうとしていると察し、僅かに本音をもらした。


「お、お母様がそう仰るなら、私も家族になりたい、です」


 シンデレラ(ペロー版)への光明が見えた――。それを聞いたアンジェリーナは心の中でガッツポーズをした。

 重音の記憶によると、同じ灰被り(シンデレラ)でもグリム版の継母達は(自主規制)でペロー版は継母と和解して姉達もシンデレラの縁で高位貴族と結婚する結末なのだ。目指すなら断然ペロー版だわ。グリム版シンデレラの世界だったとしても、せめて結婚後は総無視くらいで勘弁してほしい。



 しかしアンジェリーナが自宅に帰ると、夜中、セラとレベッカが気落ちした表情で話しかけてきた。

「やっぱり、アシュリーが可愛いんですか?」

「私達、どう見ても美人じゃないし、アシュリーみたいに器用じゃないし、アシュリーがお母様に可愛がられるような事態になったら、私達なんかいらなくなるに違いないって思って……」


 重音の記憶はいらなかった。アンジェリーナは無心で娘達を抱きしめた。


「お黙り! 誰が何と言おうと貴方達は私の可愛い娘です! お腹を痛めて産んだ娘です! 容姿が悪かろうが性格が悪かろうが地球がひっくり返ろうがその事実は変わりません!」

「じゃ、じゃあ、どうしてアシュリーを可愛がるの?」

「子供達がいがみあってる姿なんて誰が見て喜びますか! 貴方達は本当は良い子だって分かってるのに、私が魔が差したせいで貴方達まで苛めなんて……」


 アンジェリーナは二人の娘がもういいよというまで抱きしめ続けた。母の愛を知った娘達は泣き笑い顔で部屋に戻っていく。アンジェリーナがもう寝ようとすると、アシュリーがおずおずと訪ねてきた。

「あ、あの」

 どうして声をかけたのかアシュリーにも分からなかった。ただ、継母の大きな声が聞こえて、長年染みついた使用人気質で何かあったのかと駆けつけたら、継母が姉二人を抱きしめていて……いいなあと思ったのだ。

 そんなアシュリーの様子を見て継母は察するものがあった。


「おいで、アシュリー」


 人が健全に育つには、健全な愛情が必要不可欠だと重音の記憶が言っている。アンジェリーナはアシュリーを力いっぱい抱きしめた。

 生まれて初めて人に抱きしめられたアシュリーは安心してそのまま眠ってしまった。

 翌朝、そのことをセラやレベッカに責められる。

「もう! アシュリーがお母様を独り占めするなんて!」

「あ、ごめんなさい……」

「……これからは順番よ。次は私なんだから!」


 家庭は少しずつ良い雰囲気になってきた。これで破滅を免れるだろうかとアンジェリーナは思う。

 そんな矢先に、この国の王子の花嫁を選ぶための舞踏会――その招待状が来てしまった。



 物語通りなら継母はシンデレラにドレスも用意しないで家に置いて行く。物語通りならそうなっても妖精が何とかしてくれる。

 じゃあ何もしないでいいのか。そんなはずはない。

 抱きしめた時に分かった、あの細い身体のアシュリーを静かで寒い家に置いて行くなんて出来やしない。

 何より万が一物語の世界でも何でもなかったら、ただの苛めだ。


 そう思って馴染みの貴族ご用達の洋裁店で自分と娘三人分のドレスを注文したが、思いのほか金がかかってしまった。大黒柱が欠けた家には正直厳しいほどの。だからといって作らないという選択肢はない。自分のドレスはこういうのが趣味のなのよ、と娘達に言っておいて質の劣るものにし、娘三人はそれなりに華やかなものにした。

 そう、それなりに、である。

 もっとお金をかけて作ったドレスの隣に並べば恥ずかしくなるかもしれない。三人ともそれくらいの目利きは出来るのだ。

 原典で継母がシンデレラを置いて行ったのは単純に金が無い、という事情もあったのではないかと思い至ってしまい、今だったら出来の良い小論文が書けるなとぼんやり思ってしまった。 


 そんなアンジェリーナをぞっとさせる出来事が起きた。

 店の人間にドレスを家まで届けに来てもらったが、何故かアシュリーのだけがない。

「どういうこと? 私はちゃんと三人分注文したはずよ? どうして一人だけ届いてないの!」

「申し訳ございません! 何か手違いがあったようで」


 物語の強制力。そんな言葉が浮かんだ。

 店の責任なんだから店に言って新しいドレスを今すぐ用意させる? 無理だ。貴族の娘を全て招いた舞踏会。どこの店もお針子フル動員、生地の発注フル稼働で働いていた。当日に新しいドレスを持ってこいなんて無理な話だ。

 家にあるお古のドレスで何とかする? 貴族の娘がそんなドレスで立派な場所に行くことほど恥ずかしいものはない。

 セラかレベッカのを借りることはもっと出来ない。ドレスというのはオーダーメイドで、他人には絶対合わないように作られている。


 どんどん真っ青になるアンジェリーナとは違い、アシュリーは冷静だった。

「私はいいわ。お母様もお姉様も行ってらして」

 笑顔でそう言うアシュリーにセラもレベッカも反発した。

「妹を置いて姉だけ楽しめる訳ないでしょう!」

「……私はまだ婚期に余裕があるわ。私とアシュリーが残って、お母様とセラお姉さま二人で行けばよろしいのでは? アシュリーが家に一人だけなんて絶対だめよ、防犯的にも」

 そう説得する姉二人にアシュリーは静かに首を振った。

「この家は王家のお誘いを蹴ったなんて評判が立つことこそ恐ろしいです。三人娘のうち二人が出席したなら何も思われないでしょう。私は体調不良だと言っておけばいいのです。防犯? 私の器用さを知っているでしょう?」

「アシュリー……」

「帰ったら舞踏会のお話、聞かせてくださいね」



 馬車の中でアシュリー除くアンジェリーナ一家は葬式にでも向かうかのようだった。健気な妹を置いて行かざるをえないのが情けなかった。アンジェリーナはぼんやり思う。

 物語通りなら妖精が現れて助けてくれるはず。……本当に助けてやってほしい。



 アシュリーは一人になると、屋敷の中で一番防音の効いた部屋に籠って泣きだした。

 本当は自分だって行きたかった。でもあんなどうにもならない状況で我儘なんか言えない。

 ちょっと前まで世界の全てが敵みたいな状況で生きてたんだもの。それを考えれば、ドレスがないことに怒ってくれた母親も、心配してくれたセラ姉様も、一緒に残ると言ってくれたレベッカ姉様も、全てが嬉しい。

 だから、少し泣いたら元気を出して、家を掃除して残り物で美味しいの作って過ごすの。


『優しいのね。でも神様はちゃあんと見てるのよ』


 施錠をした屋敷の中で、何者かの声がした。反射的に後ろを振り向くと、光が集まって女性の形を作っていく。


『私は妖精。最近では魔女ともいうのかしら? まあいいわ。貴方のお母様との約束よ。貴方を舞踏会に連れて行ってあげる』



 舞踏会についたアンジェリーナ一行だったが、すべてが負のループだった。

 妹を置いて行った罪悪感で作り笑いすら強張ってしまう。それに加えて周りの貴族の子女達はここぞとばかりに金にものを言わせた豪華なドレスを身にまとっている。大事な場なのだから当然とはいえ、比べてしまうと低い予算で作った自分達のドレスが惨めだった。顔も美人じゃないのにドレスまで、しかも愛想笑いすら出来るメンタルではない、とくると三人は揃って壁の花になるしかなかった。


 アンジェリーナがふと見ると、この舞踏会の主役であるはずの王子が高い所から物憂げな顔をしていた。

 社交界の噂によると、王族にあるまじきロマンチストで、運命の女性が現れるのをひたすら待っているのだとか。まあそうでもないとこんな舞踏会開けないよな。というか、王族なんて政略結婚が普通なのに、恋愛結婚をしようとするのもそれを容認する世界も、やはりシンデレラなのだろうか。


 アンジェリーナがそう考えていると、入口が急に静まり返った。

 ハッとして振り向くと、まるで女神が舞い降りたかのように美しいシンデレラの姿がそこにあった。思わずアシュリー、と呟いたのは自分だったのか、娘二人だったのか。

 王子はシンデレラに気づくと周りが目に入らないみたいにカツカツと早歩きで近づき、踊ってくださいと申し込んだ。


 アシュリーと王子が踊るその光景は、まるで夢を見ているように美しかった。こんな光景が見られるなら破滅してもいいかな、と思ってしまうくらいに。

 最初のダンスが終わると、アシュリーは周りをきょろきょろと見回した後、継母達に気づいて仔犬のように駆け寄ってきた。

「お母様! お姉様!」

 アンジェリーナは思わずぎょっとした。ノリが思わず重音になる。

 それ言っちゃうんか? どのシンデレラでも継母一行は舞踏会に現れたシンデレラをシンデレラと認識出来なかったはずだけど。ふと娘二人を見ると、アシュリーを見て安堵したかのような表情を浮かべていた。

「まさかアシュリーが王子様と踊るなんて! ミスしなくて良かったわね」

「でもそのドレスどうしたの? 倉庫にでもあったとか?」

「あ、えっと、お母さんの、あ、私を産んだ人のほうね。私の実母の知り合いって人が12時まで貸してくれるって」

「そうなの? もー、その人がもっと早く来てくれれば心配しなくて済んだのに。妹今頃泣いてるんじゃないかってちっとも楽しめなかったのよ」

「な、泣いてないもん!」


 そんな会話をしているうちに、再び音楽が始まってダンスの輪が出来る。王子がアシュリーとまた踊ろうと再び申し込みに来た。

 アシュリーは喜ぶよりもせっかく家族と話してるのに? というかまた私? 家族に悪いような……とおろおろしてしまう。アンジェリーナはそんな娘の背を押した。


「貴族の娘として王子の誘いを無下に出来ないでしょう。行ってらっしゃい」


 しかしシンデレラは王子とのダンスが終わるたびにちょくちょく継母達のところへ来て、王子から頂いたのだというお菓子やらジュースやらを持ってくる。これにはセラ達のほうが落ち着かなかった。

「家族といたいのは分かったわ。でもこれは王子が貴方にあげたものでしょう。横流しみたいで良くないわよ。……いや、くれるのは嬉しいし、滅茶苦茶絶品なものばかりだけど。ともかく、そんなに綺麗になったんだからいつまでも末っ子気分はやめて、この会場の主役になるくらいの気持ちでいなさい。可愛い妹が目立って嬉しくない姉なんていないんだから」


 アシュリーはちょっとショボンとしていたが、華やかな世界で踊ることは楽しいものだった。でも家族はどうなのだろうと思うと完全に没頭できないものがあったので、ついつい様子を見に行ってしまったのだ。けれどその家族から大丈夫とのお墨付きを得たので、思う存分ダンスを楽しんだ。

 楽しみまくっていた結果、時間制限をすっかり忘れていた。

 12時の鐘が鳴り響いたのを聞いてダンスを途中でやめて駆けだした。舞踏会で綺麗なドレスが普段着に変わったらいい笑い者だ。家族にも迷惑がかかってしまう。

 慌てて門の外に出た頃には、靴の片方をのぞいて元の姿に戻っていた。あれ、片方途中で脱げちゃったんだ。この姿では戻れないし、お母さんのお友達には謝らないと。

 

 アシュリーのあとを追うようにアンジェリーナ一行も屋敷に帰宅した。出迎えるアシュリーにレベッカがちょっとちょっと、と告げる。


「王子様、貴方に骨抜きみたいよ」

「え!? そんなつもりなかったけど……」

「アシュリーの靴、片方階段に落ちててね、それを王子が拾って大切そうに持ってたの。それで会場に戻ったら『私はこの靴がぴったり合う女性と結婚する!』 だって」

「ツッコミどころいっぱいあるけど、靴、汗臭くなかったかな……」

「それね。で、私達とアシュリーが話してたのを見られてたじゃない? 王子は詰め寄ってくるし、他の貴族もあの豪華なドレスはどこで作った? ってうるさいのなんの。途中で切り上げて帰って来ちゃった。あ、それでお母さんとセラがすごく疲れてるから、そっとしておいてあげて」

「大変! ハーブティー作ってくるね」

「私も行くわ。まだ色々聞きたいことあるし」


 厨で水を沸かせていると、レベッカがアシュリーに疑問をぶつけてくる。


「で、王子様と結婚するの?」

「あー、愛人って儲かりそうだよね。親孝行できそうだしいいかも」

「いやいや、あの王子様ものすごく純粋だから求婚受けたらあんた王妃よ?」

「えっめんど……」

「でも断るのも大変そうよ。今まで独身でいたのを王も王妃もとても心配していらして……初めてその気になった女性だからって猛烈にお願いされそう」

「んー、じゃあ結婚しちゃおうかな」

「わっ、軽っ」

「だって純粋でもロマンチストでも王族だもの。これ以上お母様が喜んでくれる相手っていなさそうじゃない?」

「アシュリーがいいならいいけどさ……。つらくなったら実家帰って来なよ? うちにはお父様がいないから、王宮で守ってくれるような後見もないし」



 アンジェリーナは原作にはない他の貴族から質問責めにされる展開を経て自宅に帰還した。疲れた。

 次の日は一日寝ていたいくらいだったが、王の使者がやってきて対応せざるを得なかった。最も、最初に玄関で出迎えたのは回復が早かったレベッカだったが。

「昨夜の娘はこの家の者と聞きまして」

「はい、ただいま連れて参ります。アシュリー、アシュリー!」

 町中の娘にガラスの靴を履かせる展開も家族の妨害もまるっと省略されてアシュリーが召喚された。容姿の時点で間違いないけど、念のためガラスの靴テストを受けて合格。

「王は貴方を王宮に迎え入れたいと」

「謹んでお受けいたします」

 物語がハッピーエンド確定した瞬間。アンジェリーナは色々思うことはあった。シンデレラが結婚してから破滅するかどうかが分かるんだけど、それよりも、今はこう、母親として……。


「こんなに早く手元からいなくなるなんて思わなかったわ……」


 ぽつりとつぶやいたその言葉に、アシュリーは継母に飛びついた。

「心配いりません。私はどこでだってやっていけます。でも、今は少しだけこうしていてもいいですか?」

 その肩が少し震えているのを感じて、アンジェリーナは娘を強く抱きしめた。セラもレベッカもこれが最後になるなら、とおしくらまんじゅうするようにアシュリーに飛びつく。最後には「もう、暑いってば!」 とアシュリーは笑っていた。


 その後、アシュリーの縁、というよりは王妃の身内が低い身分なのは体裁が悪いということなのか、セラもレベッカも高位貴族との縁談に恵まれた。揃って嫁にいったのに、三人はちょくちょく実家に来てくれるからアンジェリーナも寂しくなかった。そして一人になった時に思う。

 破滅フラグ、爆散……! というか、最初からペロー版だったのかな?

 古かった屋敷も改装されて使用人がつく暮らしになった。

 これで頭の中のもう一人……若くして死んだ重音の魂も少しは気が晴れたのだろうか。

 アンジェリーナがそう思っていると、部屋の中が急に明るく輝いた。


『変だと思ったら貴方ではない何者かが混ざっている……だからか。命拾いしたようね』


 妖精? 魔女? 魔法使い? 訳によって呼び名が変わるから名前を叫ぶことは出来なかった。シンデレラに魔法をかけた存在だ。それが急に部屋に現れた。


「あ、あなたは……」

『なんとでも呼びなさい。呼び名など重要ではない。それより貴方、途中までアシュリーを苛めていたでしょう』

「その点につきましては完全にこちらの否です、申し訳ありません」

 潔く平謝りするアンジェリーナを見て魔女は吹き出した。

『嫌だ、アシュリーが責めないのに私が責める訳ないでしょ。私はただ魂に違う色が混ざっている人間が新鮮だから見に来ただけ』

 重音のことだろうと思い当たる。とはいえ、どう説明していいものか……。


『あと謝罪を一つだけ。実はアシュリーのドレスが届かなかったのって私のせいなのよ』

「え」

『まさか貴方がアシュリーのドレスまで用意するとは思わなくて。お陰で結局着なかったドレス代まで払うはめになってたでしょう? それだけは謝るわ』

 あの時は物語の強制力かと思ったけど、これも強制力といえば強制力だよね。今だから冷静に聞けるけど怖いわ。

『お詫びに貴方の実の娘二人にも浮気されない加護を送るわ。末永くお幸せにね』


 !! よかったわね。セラとレベッカ! ……でもアシュリーを苛めていたことは事実なんだけど、いいのかな。そんな破格の対応されちゃって、素直に喜んでもいいのかな。


『なんにしろ、このハッピーエンドは貴方が誠実であろうとした結果よ。それ以上自分を責めなくていいわ』

「あ、ありがとうございます?」

『どうしようもない人間も別世界にはいるからねえ……。あっちはもう駄目』

「え?」

『何でもないわ。貴方はこれからも娘達を支えなさい』


 魔女は再び光の粒子になって消えた。アンジェリーナは魔女の言葉に何かを思い出しそうになる。どうしようもない人間? そういえば、重音の記憶にそういう人間がいたような……。うーんもう何十年前の記憶だから朧げだわ。何となく胸がざわつくし、良い思い出じゃないのかも。なら、思い出さなくていいか。それより楽しいことを考えよう。明日は可愛い娘達が三人揃って我が家に訪ねて来る日!

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