第9話 鳥
結局、俺たちは鳥人間コンテストには出られなかった。俺は受付カウンターのスタッフには詰め寄ったが、取り合ってはくれなかった。
「零戦は飛行機だ。我々は鳥人間を探している」
「俺たち志願兵を、この国のために戦うと言っている人間を冷遇するって言うのか?」
「あいにく時間がない。お引き取り願おう」
零戦を引きずってきた肩が痛い。やっと気づいた。俺たちは出場規定を読んでいなかった。サイレント嬢が泣いている。俺は彼女の肩に手を乗せた。
「冷たい国だ」
「ソラちゃん…」
その時、どら焼きやから電話がかかってきた。俺は苦々しく思いながらも電話を取った。
「天国の扉は何色だい?」
畜生。こいつは手伝うつもりがあるのかないのか分からない。しかし怒りを顔に出した俺から、サイレント嬢は電話を奪い取った。
「あなたの血の色よ!」
そして電話を地面に叩きつけた。
「ソラちゃん!操縦の仕方を教えて!」
「あんた何を?!」
「そして早く滑走路へ!コンテストが始まる前に!」
俺は勢いに負け、相方に零戦を運ぶように指示して彼女に操縦の仕方を教えた。この女、やる気か?シャブが効いてるんだろうか。
「あんた…」
サイレント嬢が黙ってうなずく。あんたがそう言うなら仕方ない。空を飛ぶんだ。自由に。
滑走路で俺たちは敬礼をした。サイレント嬢は操縦席から俺たちを一瞥し、口を開いた。
「グッドラック」
俺たちは泣いた。敬礼の姿勢を崩さず涙を流した。サイレント嬢。国の平和を守るために死ぬあんたこそ、最後の侍だよ。
そして彼女は大空に飛び立った。おそらく気分はルンルンのはずだ。もう一つルンと書くと著作権的に怖い。俺は叫んだ。
「あんたはもう自由だ!値札は剥がれた!次は安売りしないでくれよ!」
零戦の右の翼が少し傾いた。OKと言いたいのだろう。グッドラック、サイレント嬢。
「相方、帰ろう」
敬礼の姿勢を崩さない相方の腕を掴んだ。
「いいから帰るんだ!」
「嫌だ!僕は死ぬまでここにいる!」
「彼女は帰ってこないんだぞ!」
相方が崩れ落ちた。俺だって辛いさ。だけど泣いてばかりはいられない。これが戦争だ。そして、俺たちにも行くところがある。
俺たちが倉庫に行くと相変わらず豪傑とどら焼きやが鼻をコカインで汚していた。先に俺に気づいたのはどら焼き屋だ。
「何しに来たんだ?葬式代の無心ってとこか」
豪傑が豪快に鼻を啜りながら笑う。俺にはもう、恐れも怒りも、悲しみもない。
「あんたらと肩を組みに来たんだよ」
俺が二人の肩に手を回すと、相方は倉庫の扉を開けて発煙筒を焚いた。
「こっちだー!こっちだよー!」
プロペラの音が近づいてくる。
「ソラちゃん!空を自由に飛んできたわ!もういいの!私一人でいいの!逃げて!」
倉庫に爆発音が響いた。
俺の隣には気絶した二人がいる。相方はサイレント嬢を助けに走った。サイレント嬢、俺を助けたのか?俺はポケットを漁った。出てきたのは風俗雑誌だった。今月のナンバーワン・風俗嬢。サイレント。俺も彼女の元へ走った。このポッケは必要なのだろうか。そんなことよりサイレント嬢だ。
サイレント嬢は操縦席で気絶していた。デリバリーヘルス・ドラ。そう高級な店でもない。掲示板で確認したところ、かなりのサービスが期待される。助けなければならない。
「おい!起きろ!」
サイレント嬢は気を取り戻した。また俺に抱きつこうとしたが、動けなかったようだ。シートベルトがついてるぜ、お嬢ちゃん。俺はシートベルトを外し、サイレント嬢を抱きしめた。
「ソラちゃん、零戦を壊しちゃった」
「あんたの心が壊れてないなら、何が壊れたっていいんだ」
まったくあきれた小娘だ。
転生したら不思議なポッケを持った男として居候していた 白瀬隆 @shirase_ryu
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