=or≠

exa(疋田あたる)

第1話

 俺が生まれたとき、父さんがアンドロイドを買ってきたんだって。俺と同じ日、同じ時間に作られたアンドロイド。


「カストルの友だちになってくれると、うれしいな」


 そんな気持ちで買ってきたアンドロイドに、父さんと母さんは名前をつけた。


「ポルックス、ごらん。この赤ん坊がお前のお兄さんだ。カストルだよ」

『カストル、兄。登録シマシタ』


 このころ俺は生まれたてもいいとこの、首が座るどころか目だってろくに見えてない赤ん坊だ。だから、ポルックスがざらついた機械音声で俺の名前を呼んだことも覚えているわけがない。


 ポルックス自身だって素体ボディにまっさらな知能媒体チップを埋め込んだばかりのアンドロイドの赤ん坊状態で、身動きも取れなかったくせに。

 それなのに、ポルックスはそのときのことを思い出しては語るんだ。


『あのときのカストル兄さんは、本当に愛らしかった。作り物のようなちいさくか弱い指で僕の指(パーツ)を握りしめてくれて。初期設定でインプットされている天使とは兄さんのことかと回路が乱れるショートするところでした』

「俺、それもう聞き飽きたんだけど。あと、ポルックスの思い出ムービー投影ショーしなくていいから。自分の赤ん坊姿なんて、見ても楽しくないし」


 ひらひらと手をふれば、ポルックスが壁に投影していた画像がかき消える。だけど、ポルックスのなかから思い出データが消えたわけじゃないから、また近いうちに見せられるんだろう。憂鬱だ。


『兄さんは今もじゅうぶん愛らしいですよ。今朝も、伝達人形メールレディが脚を止めて二言も三言も余計な口を叩いていったでしょう』


 俺なんかよりよっぽど愛らしい姿形をしてポルックスが言う。

 そう、ポルックスはんだ。なんせ、誕生日を迎えるたびに疑似人体部品ヒューマンボディを父さんたちにねだっているらしく、今では身体の十六か所が人間そっくりに代わっているのだから。


「余計な口って、ただの朝のあいさつだろ。『おはようございます』『本日も良い天気ですね』『配達物をどうぞ』このどこに余計なことばがあるっていうんだ」


 ポルックスは学習して知能が発達するタイプのアンドロイドのはずなのに、年々おかしなことを言うようになっている気がする。いや、生まれたての赤ん坊を見て『天使だと思った』だとか言っているんだから、はじめからポンコツだったのかもしれない。

 先日、取り換えたばかりのポルックスの耳を引っ張ってやれば、生意気な弟は『痛いですよ、兄さん』なんて言う。痛覚感知器センサーなんてまだ導入してないくせに、ほんと生意気。


『伝達人形なんて、物を運んで投函ポスティングしておけば十分なんです。兄さんには僕がふさわしいと確信の持てる生身の人間の恋人を見つけてきますから』

「生身、か」


 人工声帯がつむぐ流暢なことばには憤慨するような響きすら宿っていて、俺は思わず笑ってしまった。

 苦笑ついでに額に手をやろうとして、軋む肩に気づき諦める。膝に落ちた腕が太ももの肉にずしりとのしかかる。


「俺自身がもう生身かどうか、わからないのに? お前よりもよっぽどアンドロイドみたいな見た目なのに?」


 嘲笑は、誰に向けたものなのか。

 アンドロイドのくせに人間そっくりになってきたポルックスへ向けたのか。

 それとも、人間のくせに身体の大半を失くしてアンドロイドの部品パーツを身に着けた俺へ向けたのか。

 自分でもわからなくて、くすくす笑う。


『兄さんがどう思おうと、兄さんは人間ですよ』


 車いすに乗せられた俺の前に膝をついたポルックスが、俺の手をそっと持ち上げた。俺の身体になじまない機械の手が、ポルックスの疑似人体部品のなめらかな指に包まれる。

 まるで人間のようなポルックスの指が、俺の機械の腕を撫でる。ポルックスの指を羨ましく思い、彼に嫉妬したのはいつごろまでだったろうか。生身の身体が妬ましくて、父さんと母さんを遠ざけたのはいつだったろうか。


『この機械部品ボディに慣れたら、兄さんも疑似人体部品ヒューマンボディに切り替えていきましょうね』


 そうすればきっとまた、俺が人間の暮らしの輪に戻れると、このアンドロイドは信じているのだ。生身の人間として生きていけると、信じているのだから、本当に、こいつはポンコツだ。


「……それよりも、お前が全身人間らしくなるほうが、先だろうな」


 俺がつぶやけば、ポルックスは笑った。思わずこぼれたような、あまりにも人間めいた微笑み。


『そうなったら、僕と兄さんは本当の兄弟になれますね。同じ日、同じ時刻に生まれた僕の大切な兄さん』

「まったく同じ時間なら、どっちが兄貴か弟かわからないのにな」


 皮肉を言って笑った俺の顔は、どんな表情を浮かべているだろうか。きっと歪な笑みだろう。


『だったら、僕らはふたごです。どちらが先でも構わない。あなたは僕の大切な兄弟です』


 そう言ったポルックスが抱きしめた俺の脳で、埋め込まれたアンドロイドのチップが学習を続ける。今度は回路がうまく繋がったらしく、ゆるく持ち上げた腕でポルックスの背中をそっと引き寄せた。


 いつか。

 このまま学習を続けて行けばいつの日か、俺は完全なアンドロイドになるのだろうか。ポルックスに教えられるまま『俺らしい振る舞い』を続けていればいつか、チップに蓄積された記憶データは、俺の数少ない生身の部分である脳の記憶を上回り、俺は脳を捨てるのだろうか。

 

 そうなったとき、俺はひとなのだろうか。アンドロイドなのだろうか。

 ぼんやりとそんなことが脳をよぎるけれど、ポルックスの『兄さんならここで、恥ずかしがって話をそらしますよ』という声で意識が現実に返る。


 ポルックスのいう「俺らしさ」を学習して、俺は果たして俺らしく生きているのだろうか。俺は、どんな人間だったのだろう……。


 わずかに残った脳では、もう、人間だったころの記憶データは、思いさいせい出せないできない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

=or≠ exa(疋田あたる) @exa34507319

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ