理想の配偶者
青川志帆
理想の配偶者
月に一度の、気の置けない仲間五人組が集まる飲み会で、友人のひとり――
「
と、いきなり水を向けられて私はコークハイを危うく噴き出すところだった。
「な、何で私?」
呟きながら、気づいた。そうか、この中で彼氏も夫もいないのは結衣と私だけだと。
「そうだよ、美千留も婚活しなよ」
周りも結衣に賛同して、結局私も結衣に付き合って婚活する羽目になってしまった。
結衣は一度決めたら早かった。婚活日を、来週の土曜日に決めたことをメッセージアプリで送ってきた。
『美千留、この日は絶対来てね!』
断る理由も用事もなく、私は『わかった』と返信を送った。
そして土曜日。結衣はばっちり化粧を施して、白いワンピースに身を包んでいた。まるで花嫁衣装の前段階のような白さに目を細めた私は、待ち合わせ場所に着くなり結衣に叱られた。
「美千留! 何、その地味な服! 今日は婚活なんだよ?」
「……だめ、かな」
私はグレイのパンツスーツを着ていた。フォーマルな服が、これぐらいしかなかったのだ。結衣のようなかわいらしい服も持っていないし、これなら無難だと思って着てきたのだが……。
「別にいいんじゃないの? だって婚活って言っても」
「ストップ。こういうのは気合いなのよ。ほら、行こう」
結衣は私の言い分を聞く気もないらしく、背後を振り返った。
白亜の巨大な建物。古代ギリシャの神殿を思わせるその建物に、私たちは吸い込まれるようにして入っていった。
「いらっしゃいませ。お待ちしていました。
受付で結衣がスマホを見せると、スーツの男性が深々とお辞儀をした。
彼がパソコンを操作すると、奥の扉からすらりとした女性が出てきた。
「はじめまして。
彼女はつり目を細めて、笑顔で問う。私たちはどちらも無言で頷いた。
三上さんに続いて、私と結衣は白い廊下を通って、大きなホールに出た。
「こちら、全て配偶者モデルになります。右からイケメンゾーン、仕切り板を隔てた向こうはフツメンゾーンです」
彼女の説明を聞きながら、私はあまりの数の多さに圧倒される。
ホールにずらりと並んでいたのは、目を閉じた男性だった。……もちろん、本物の男性ではない。アンドロイドだ。みんな、病院服のようなものを身にまとっている。年の頃は二十から四十ぐらいだろうか。二十代と思しき型が一番多かった。
「きゃー! 私好みのイケメンがいっぱい! あー、悩むなあ」
結衣は若返ったかのように、アンドロイドを吟味していく。彼女は私と同い年の三十一歳だが、二十代の型にしか興味がいかないらしく、そのゾーンの前でうろうろしていた。年下好みだったのか。
一方、私は手持ち無沙汰でうつむく。
「安住様。この中の男性には、ご興味ないのですか? お高くなりますが、顔や体を自分でカスタマイズできますよ。その場合、この中から理想に近いタイプを一度選んでいただく必要がありますが。デザイナーが協力しますので、難しくはありませんよ」
三上さんに早口で説明されて、私は慌てた。
「い、いえ。違うんです。私、結衣に強制的に連れてこられたみたいなもので……。実は婚活には、興味がなくって。来たらまた変わるかな、とも思ったのですが」
二十二世紀において、婚活とは理想の配偶者を選ぶことを指す。そして、婚活における配偶者とはアンドロイドのことだった。人間相手のマッチングサイトもあるらしいが、数が少なすぎて「婚活イコール、アンドロイド選択」となっている。
今世紀で、女性の賃金はようやく男性と並ぶようになった。生理も内蔵チップでコントロールできるようになった。卵子も精子も選んで買えるようになり、出産も体外の人工子宮で行うのが当たり前になった。
そうなると、「家事をしてくれて、夜の相手もしてくれる」相手は人間ではなく、進化したアンドロイドの方が適していると多くのひとが気づいたのだった。今のアンドロイドは感情システムを搭載していて、人間と遜色のないコミュニケーションもできる。
先日集まった五人中、ふたりはアンドロイドと結婚済。もうひとりは人間のパートナーと交際中だったが、彼女は今となってはレアケースに当たる。
「やっぱり、誰かを好きになったら結婚するっていう、昔ながらの結婚がいいかな……って」
配偶者モデルを購入してプログラミングしてもらえば、理想の配偶者が何でもしてくれる。愛だって囁いてくれる。
今はそれが普通だとわかっていても、私にはどうしても抵抗があった。
呟くと、三上さんはにっこり笑った。
「そういう方もいらっしゃって当然です」
彼女は押しつけがましいセールストークはせず、ただ黙って私の横に並んで、迷いに迷う結衣を一緒に見守っていた。
結衣が買う気満々だから私を説得しなくてもいいと思ったのかもしれないけれど、私の意見を受け入れてくれる態度にホッとしたのだった。
結衣は無事に婚活を終え、配偶者モデルを選んでいた、
私は次の日、朝九時に公園に向かった。最近、休日はそこで朝食を取ることが多い。近所のパン屋でサンドイッチとホットコーヒーを買って、公園のベンチで食べる。気候のいい今――四月は、そんな朝食にぴったりだった。
いつものベンチに座って、袋からサンドイッチを取り出して、かぶりつく。
そんな私の前を、車椅子に乗ったおばあさんと、車椅子を押す青年が通り過ぎた。
茶色い猫っ毛に、ヘーゼルの目。外国の血が入っていそうな彼の容姿に、私は今日も見とれる。
彼らはいつもこの時間、公園を散歩している。私がこうするようになる前から、彼らはここで散歩をしていたのだろう。私が公園で朝食を取るようになったのは、三月になってからだ。
そう、私がアンドロイド婚活に否定的になったのは、彼に一目惚れをしてしまったからだった。
一目惚れしたといっても、話しかける勇気もない。こうしてわずか数分、彼を目に入れるだけで満足してしまっていた。
(カスタマイズすれば……彼のような容姿に近づけることはできるけど)
同一には、絶対にならない。法律で定められていて、実際の人間の顔を完全コピーすることはできないのだ。アンドロイド同士でも、わずかな差異を必ず設けなければいけない。同一の容姿にならないように。
ひとつめのサンドイッチを食べ終えてコーヒーを啜っていると、おばあさんが青年に何かを話しかけて、なんとこちらに向かってきた。
驚いて固まったまま、私は彼らが近づくのを待った。
「ごきげんよう。あなたいつも、ここでごはん食べてるわね」
おばあさんに時代がかった挨拶をされて、私も慣れない「ごきげんよう」を口にして頭を下げる。
「よかったら、お話しない? 私は
この言い方では、息子や孫ではないらしい。ボランティアのひとか、介護士さんなのだろうか。
知りたかったが関係性について尋ねられず、私はおばあさんととりとめのない会話を交わした。
それから、私と彼らは「私が見ているだけ」から「私が千鶴子さんと話す」関係に変わった。
アルは私たちの会話に口を挟むこともなく、静かに佇んで待っている。
彼と話してみたいが、きっかけがなかった。
千鶴子さんは話し相手に飢えていたみたいに、私にいろんな話をした。最近はまっているドラマのこととか、今読んでいる本のこととか。
私も尋ねられるがままに、自分のことを話した。といっても、私は普通の会社員で趣味もないので話すことはろくになかったが。
彼女の話が過去に触れたのは、話すようになって四回目の邂逅のときだった。
「私の主人は天才って言われた博士でね……」
そして彼女が口にした名前は、私でも知っていた。驚きすぎて、危うくコーヒーカップを落とすところだった。
何せ、彼はアンドロイドの進化に大きく貢献したチームの一員だったからだ。チーム唯一の日本人として、テレビやネットのニュースは彼を積極的に、誇らしげに取り上げていた。私が子どもの頃の話だ。
彼の訃報も知っている。数年前に、大きなニュースになったからだ。
「私と彼には、子どもができなかった。だから、このアルを作ってくれたのよ」
そう言われて、私はぽかんと口を開ける。
(作る……?)
まさか、とまじまじとアルを見る。
「ねえ、あなた。実は私はもう長くないの。よかったら、アルを引き取ってくれないかしら。ふふ。あなたの熱っぽい視線にはもちろん、気づいていたのよ。最初は私が死んだら、どこかの施設に寄贈するつもりだったんだけど……アルを大事にしてくれるひとが見つかれば一番だと思っていて。今は私の介護をしてくれているけど、私の夫が手がけた汎用型スーパーモデルだから、もちろん配偶者としての機能もあるの。どうかしら?」
驚きに耐えきれず、千鶴子さんの話を聞きながら、私は口を開けたまま十秒も沈黙していたのだった。
「ええっ。あんなに婚活に否定的だったのに、結局アンドロイドと結婚するの!?」
千鶴子さんの話を聞いてから六日後の土曜日、私は結衣を呼び出して事情を語った。
結衣は私が人間を選ぶと思っていたらしい。
「私もアンドロイド婚活するつもりはなかったし、結婚するなら人間かなあ……と思ってたんだけど」
たまたま好きになった相手がアンドロイドなのだから、仕方ない。
「結衣の方は、新婚生活どう?」
もちろん、私は彼女の結婚式に参加した。この時代にしてはそこそこ盛大な結婚式だった。
「最高よ。私が選んだアンドロイドだもの。人間みたいに気を遣わなくていいし、何でもやってくれるしね。美千留も、結構ズボラなところあるし、アンドロイド相手で正解だと思うよ」
結衣の意見は、千鶴子さんの話を受ける後押しとなった。
一ヶ月も経たずに、千鶴子さんが亡くなった。知らせておいたメールアドレスに、葬式の案内状が届いた。
喪服を着て葬式に出席する。喪主はアルが務めていた。
千鶴子さんは、彼女の望みにより「分解葬」となり、骨も灰も残らなかった。彼女の夫がそうだったように、墓もない。
そして私は、アルと籍を入れた。結婚式は挙げなかった。
千鶴子さんの旦那さんの後輩だった博士が、私たちのことを聞いていたらしく、葬式のあとに声をかけてくれた。
アルを私の配偶者モデルにすべく、「美千留を愛している」ようにプログラミングができると。
だけど、私は断った。
私が好きになったアルは、公園で見ていたアルだったから。私を愛するように設定されたら、アルが変わってしまう気がした。
私とアルは日曜日に、あの公園に行ってベンチに座った。
私はサンドイッチを頬張る。いつかと違うのは、アルが向こうではなく隣にいることだけ。
設定されない限り、アルが私を愛することはない。
でも、それでいいと思っていた。
奇妙な結婚だと言われても、私はきっとこの生活を愛おしんでいくだろう。
(了)
理想の配偶者 青川志帆 @ao-samidare
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