小説とは、何をどう書いてもよい。そう森鴎外は言っていて、それもあって、完璧だの瘕だのというのもどうかとおもうが。誤りであるかもしれぬが。
さりながら、ひとつの型としてみたとき、本作は完璧。非の打ちどころがない。
簡素で素っ気ないようでいて、いや、それだからこそその稟性が問われるし、よくあらわれる。
文章の膂力のつよさ。描写の的確さ。粗いようでいて、細やかなさま。歴史、地理への深い造詣。
なかんずく、決まりすぎるくらいうまく決まったラスト。エンターテイメントとしても充分楽しめる。
もっとも、森鴎外は夏目漱石だの芥川龍之介とならび、いまの言文一致の礎になった方だから、いまの純文学のみならずエンターテイメントにも少なからず影響をおよぼしているわけだが。
あまりに有名であるが、読まれた方もまた読むべきであり、未読の方は必読。
ものを書こうとする者であれば、拳拳服膺すべき傑作。
2023年、角川シネマ有楽町で開催された「大映4K映画祭」にて、溝口健二監督の『山椒大夫』を観る機会を得た。
「安寿恋しや、ほうやれほ。
厨子王恋しや、ほうやれほ」
その物悲しい母の歌はしばらく耳から離れなかった。
原作の方とは違った筋となるが、根底にあるものは同じに思える。結末の再会へと物語は力強い。
非人情な世界の中で、運命に流されながらも母との再会を果たす厨子王、そのために死へ向かおうとも逃す安寿。
どうにもならないとへこたれるには、私たちはまだ早い。
どれだけ荒れ果てようとも、悪党だけしかいないわけではないのだ。
単純な感動だが、その水底には深いものが隠れている。だからまた、見つけるために読み返すことになると思う。