桜の樹の下には
梶井基次郎/カクヨム近代文学館
桜の樹の下には
これは信じていいことなんだよ。なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二、三日不安だった。しかしいまやっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。
どうして俺が毎晩家へ帰って来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、よりによってちっぽけな薄っぺらいもの、安全
いったいどんな樹の花でも、いわゆる真盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気をまき散らすものだ。それは、よく
しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。俺は反対に不安になり、
おまえ、この
馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな
何があんな花弁を作り、何があんな
──おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。俺はいまようやく
二、三日前、俺は、ここの
俺はそれを見たとき、胸が
この渓間ではなにも俺をよろこばすものはない。
──おまえは
ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!
いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。
今こそ俺は、あの桜の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒がのめそうな気がする。
(一九二八年十月)
桜の樹の下には 梶井基次郎/カクヨム近代文学館 @Kotenbu_official
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