16

 アスファルトの焼ける匂いがつんと鼻をついた。


 俺は地面に伏せた状態で意識がもどった。体を起こし、横をみると金子が倒れていた。金子は目を開いたまま、息をしていなかった。


 立とうとしたが、ひどい目眩におそわれた。


 脳のなかに何かが大量に流れこんできた。頭のなかを掻きまわされている気分だ。


 目眩がおさまると、知らない記憶が頭のなかを満たしていた。この記憶は──


(本当なのか、これ? ……だとしたら……帰らなきゃ)


 俺はふらふらとした足どりで歩き出した。目の前に女と陸軍の男が倒れていた。男の腹部が血で染まっていた。


「岸辺さん」俺は男の名前を知っていた。


「くっ……真田さん……怪我は」岸辺はいった。


「私は大丈夫です。待っててください。だれか呼んできます」俺はそういうと走った。ピーマン頭の子どもとすれ違った。ピーマン頭は二人いたはずだが、いまは一人しかいなかった。


(そうか。あの子はのところに行ったのか……)


 しばらく行くと岸辺の農場で働いている青年がこちらに走ってきた。


「磯崎さん。むこうの交差点に岸辺さんがいます。撃たれてます」


「わかりました」


「よろしくお願いします」俺はふたたび走った。


「真田さん、どこへ」


「帰ります」それだけいって俺はその場を去った。


 記憶にある道を走り、覚えのある家にたどり着いた。


(ここが、俺の……俺たちの家だ)


 玄関のドアを開ける。家のなかはしんと静まりかえっていた。


「……ミナ」


 返事はない。


「ミナ!」


 静寂をやぶって俺の声が家のなかに響いた。家の奥からドタドタとせわしい足音がきこえた。


「なに?」


「……」


「どうしたのパパ? 散歩にいったんじゃなかったの?」


「……ミナ」


 そこに立っていたのはミナだった。しかし俺の知っている傷つき壊れてしまった


「きれいだ」


「え、なに? どうしたの、急に」ミナは怪訝な顔をして俺をみていた。


 だれかが二階から下りてくる。階段に大学生くらいの女の子があらわれた。


「なにかあったの、パパ? 大声出して」


「……」


 この子が、俺たちの子──


「やだ、パパ。大丈夫? なんで泣いてんの」女の子がいった。
















 ──同時刻、


 東京都内にある某施設内──




 田中は暗澹たる気持ちで廊下を歩いていた。手には書類の束。


 田中には、海軍内で出世し軍令部総長にまでのぼりつめる、という野心があったのだ。しかしいまは、宇宙人の世話役を仰せつけられている。


(こんな寄り道してる暇はないのに……)


 そんなおもいが魚の小骨のように心の奥に刺さったままだ。


 田中は、管理室のドアをノックして、開けた。


 宇宙人はデスクに腰かけて、ぼんやりと宙をながめていた。宇宙人でも白昼夢をみるのだろうか?


「ピーマンヘッドの設計者リストです」


 田中はもっていた書類の束のなかから一枚のリストを差し出した。しかし宇宙人から返事はない。


 田中は苛立った。そして日々積もっていた不満を吐き出すかのように怒鳴った。


「ヘイ、ソニー!」宇宙人の名前は人類には発音できなかったので、宇宙人は自分のことを〝ソニー〟と呼ばせていた。


「ワオ! びっくりしたあ! なんだい、ミスター田中?」ソニーは流暢な日本語をはなした。


「頼まれていたリストです」


「おお、サンキュー。どれどれ……」


「全員の身辺調査をおこないましたが、とくに問題はみられませんでした」


「なるほど。でもねえ、あのピーマンヘッドのネットワークを地球人がつくったとはおもえないんだ。だって、あまりにも情報生命体との親和性が高すぎるし、地球人の科学レベルをはるかに超えているからね。〝進化派〟の宇宙人がまぎれこんでるはずなんだ」


 ソニーには〝衣服を着る〟という習慣がないようだった。基本的に人類と似た体型をしていたが、肌の色は漆黒で刺青のような赤い紋様が体の所々にあった。頭部は馬のように長く、山羊の角のような触覚がついていた。脚は四足歩行の動物のように爪先立ちになっていた。背中にパイプのような四本の突起物があり、翼のようにみえた。一般的な教養をもつ人間がソニーをみたら、おそらく〝悪魔〟を想起するだろう。


「田中。このリストの三世代前のご先祖様まで遡って、しらべてくれるかな」


「わかりました」


「それよりも田中、いまとてもおもしろいことが起きたんだよ。君は気づかなかっただろうけどね」


「はあ、なにが起きたんですか」


「私の古い知り合いに真田少年って子がいてね……もう少年って歳でもないか……とにかくその真田少年がね、いま宇宙を丸ごと改変したんだよ。本人にその自覚はないだろうけどね」


「宇宙……改変ですか」


「そうそう。真田少年はおもしろいねえ。じつに興味深いよ。真田少年とは昔、〈彼〉と接触していたところを私が助けたんだ。そのとき一時的だけどしまったから、真田少年の情報体は拡張されていたんだ。でも地球人の脳では処理落ちしちゃうから時々にしかその恩恵を得られなかったろうけどね。とにかく真田少年はいわゆる超能力者エスパーになったわけだ」


「エスパーになればだれでも宇宙改変ができるようになるんですか」


「いやいや、そんな簡単なものじゃないよ」


「でも、その……真田少年? は宇宙改変をしたんですよね?」


「そうだね。なんて説明すればいいかな……そうそう、君たちの文化にコンピュータゲームってものがあるだろ。あれに近いね」


「ゲーム?」


「そう。コンピュータゲームは演算機がプログラムを読みこんでゲームの世界をつくり出している。それと似ていて、宇宙自体が演算機なんだ。地球人がいうところの〝事象の地平面〟に書かれているプログラムを読みこんで、この時空をつくり出している。だからプログラムを書き換えることができれば宇宙改変もできるって理屈さ。我々でもなかなかむずかしいことだけれども」


「はあ……」田中は物理学の素養は持ちあわせていなかった。


「それはそうとミスター田中。〈彼〉と接触した地球人が真田少年のほかに五人いる。五人のうち一人は死亡し、一人は〈彼〉と同化した。残り三人を田中に任せるからウォッチしといてね」


「その三人とは?」


「もうすぐ連絡が来るよ、きっと」


 田中の端末が鳴った。内容は東海第二特区内で児童消失事件が発生したとのことだった。国内だけで今年ですでに五件目だった。


(いったい何が起きてる)田中は不穏な胸騒ぎをかんじていた。


 そんな田中をよそに、ソニーは嬉々とした様子で立ちあがった。


「さてさて、〈彼〉とのゲームは四勝五敗で負け越しているからね。次の試合では勝ってタイにもっていきたいな。ではミスター田中、我々のプラン・ナンバーテンを発動しようじゃないか」

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ピーマンヘッド 葛飾ゴラス @grath-ifukube

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