最終話 あの蒼い海に誓って

 俺は里菜りいなを連れて鹿児島空港まで、車で送り届ける。高速道路を使えば1時間半もあれば充分。

 けれど別れを惜しみ、思わず海沿いの最も時間の掛かるルートを行く。


「今日も雨だね…雲のかかってない桜島、最後に見たかったな」


「な、何言ってんだ。また来ればいいだろ?」

「それは…そうだけどさ…」


 何やら曇り空の様に里菜も少し不機嫌ふきげん気味だ。


「こ、今度は…そちらから会いに来て欲しい」

「と、東京かあ…」


 情けない。此処は、"いつでもいいぞっ!"と、男の甲斐性かいしょうを見せる時だというのに、バイトなぞしている間のない俺には言えない。


 しばらく気まずい空気が車内を支配する。


「あ、俺さ。天皇杯っていうサッカーの大会に出るんだ」

「う、うん?」


「来年の5月頃から始まって、決勝に残れたら国立競技場。そしたら東京に行ける」

「決勝でしょう、それって約束出来る?」


 ミラーに映る里菜の視線が痛い。


「な、何とかなるっしょ! め、目指せ国立の舞台っ!」

「ふーん……じゃあ、待ってるねっ」


 と、とんでもない約束だ。大学生チームが決勝に出たら歴史的快挙である。


 雨の桜島と別れ、溝辺みぞべ鹿児島空港に到着。天候不順により、定刻に出られないとのアナウンス。


「へへ、もうちょっと一緒にいられるね…あ、お土産何が良いかなあ?」

「へっ? あ、あぁ、そうだなやっぱ鹿児島なら『軽羹かるかん』だろ」


 俺は里菜のが尊くて、暫しボーッとしてしまった。


「カルカン?」

「あっ、こら猫のえさじゃないぞ。山芋から作るフワッとした食感の鹿児島伝統の和菓子だ」


「うんっ、じゃあ、これにするっ」


 それにしてもこれからお別れだというのに、しゃんとしてる里菜はどうした事だろう。


 あとは2階のロビーで待ち続ける。時間の流れが惜しくて仕方がない。


「あ、あのね友紀ゆき。貴方の見えないものが見える力なんだけど…」

「お、おぅ…」


「その力をね、自分の都合だけで使って欲しくないんだ。たとえ、決勝に来られなくても」


 急に何を言うかと思えば…。里菜にはお見通しだったらしい。確かに俺がこの力をフルに生かせば、優勝すらあるかも知れない。


「昔、私が一緒に戦った仲間達の事。もう何となくさっしているでしょ?」


「あ、嗚呼…ご先祖様も確かにいたな。随分うるさかったし、あの鹿児島弁が解るのなら納得だわ。ばあちゃんより凄かった」


 俺達は思わず吹き出してしまった。


「戦いの後、皆で約束したの。この力は誰かが困っている時に使おう。決して己の欲だけの為には使わないって」


「そ、そっか。じゃあそれは俺も守らないとな。そもそもサッカーには、バードアイという言葉があってだな」

「うんっ」


「フィールドを空から見下ろす様な感覚を身につけるのは、実は元々当然の事なんだ。だから俺、必死に努力して、必ずモノにしてみせるよっ!」


「そっかっ! うんっ! 友紀ならきっと出来るよっ!」


 この会話に搭乗時刻案内のアナウンスが割って入る。里菜は慌てて席を立つと、手荷物監査のゲートへ向かう。


「里菜!」

「友紀!」


「「またいつか必ずっ!」」


 互いに別れの言葉を交わすと、彼女は手の届かない向う側へと行ってしまった。


 ◇



 8ヶ月後、俺は天皇杯2回戦。名古屋のパロマ瑞穂みずほスタジアムのピッチの上にいた。相手は地元のJ1『名古屋グランパスエイト』


 本来ならアウェイでかつ、俺達大学生チームが勝つ見込みなんてありはしない。だが今年のグランパスは調子が悪い。


 一方俺達は、6年ぶりの出場を果たした。


 そして何よりもこの俺自身が、調子が良い。今年のチームの得点に、ほとんからむ活躍を見せていた。


「里菜ちゃんっ!? どうして!?」

「ハァハァ…お、お久しぶりです。瑠里るりさん、決勝まで待てませんでした」


 里菜が、来て…いる!?


「8ヶ月振りっ! 会いたかったよぉぉ!」


「友紀がJリーグのチームと試合をするんですっ! TVなんかじゃ満足出来ませんっ!」


 里菜と姉貴は久しぶりの再会を祝し、抱擁ほうようを交わす。


「で、でもそうなのよ…J1よ? いくらなんでも大丈夫かな?」


「大丈夫っ! 鹿屋かのや体育大の切り込み隊長が絶対やってくれますよっ! ほらっ、試合開始ですっ!」


 不安げな姉貴の言葉を里菜は、元気に吹き飛ばした。俺は二人を見つけると、一瞬だけ手を挙げて応えた。


 試合開始のホイッスルが鳴る。俺達は運動量、ボールのキープ率、共に相手に負けてない。


 加えて俺はやっぱり調子が良い。これなら試合を支配出来る。後は決めるっ! 俺は絶対に輝きを見せつけてやる。


 だけど相手も流石にプロだ。前半は得点出来ずに0-0で折り返す。後半早々、中盤まで攻め込んでいた相手から、俺は右サイドでボールをうばう。


 あ、いける…カウンターの道筋が見える。俺はすかさずドリブルで切り込んで、倒されながらも10番にパスを繋ぐ。


 相手DFが慌てて寄せるが、ギリギリ間に合わず、先制点が決まった。


「先制っ、やったあぁぁ!」

「11番園田っ! ナイスドリブルっ!」


 姉貴と里菜が目一杯にはしゃぐ声が、此処まで届く。


 しかし相手も意地を見せる。直後にゴール前にボールを運ばれる危険なプレイを見せつけられる。


 それからしばらく互いに決定権のない時間が続いた。


 俺はフィールドの中央付近で、相手DFのこぼれ球を拾う。左サイドに16番が飛び出しているのが見えた。


 俺は間に合う事を確信して、走り込むであろう前に、鋭いパスを通す。


 思惑通りだ。16番はトラップすると、中央へ切り込み、決めてくれた。追加点だ。


 さらに81分。味方のゴールキックが、浮き球になった処を俺は奪い取り、自ら切り込んで、ミドルシュート。ネットに突き刺さった。


「うっしゃあぁぁぁ!!」


 ガッツポーズっ! 遂に俺自身のゴールが決まった。仲間達と熱い抱擁を交わし、頭を叩かれる手荒い歓迎を受けた。


 これでそのまま試合終了。終わってみれば2アシスト、1得点。3-0だ。


「そのだっ! そのだっ!」

「きゃあぁぁぁ! 友紀ぃーーっ!」


 姉貴と里菜の声援に俺は両手を大きく振って、全身で応えてみせた。に、しても向こうから約束を破ってくれるとは。


「ふぅ…こんなの見せつけられちゃったら、私も黙ってらんないわ」

「んっ? 何ですか?」

「あ、いいのいいの。気にしないで」


 一応SNS上では絵師『RiRu』として名が通っている姉貴。此方の夢もまだ道の途中だ。


「それより里菜ちゃん。もうこの時間じゃ、東京に帰るのは厳しいよね?」

「な、何ですかぁ……そのやらしい顔は」


 里菜は姉貴に茶化されて、ほおふくらませつつ、顔を赤らめた。ポカポカと頭を叩く。


 俺達は3人共、道の半ばだ。また、流されそうになる事もあるかも知れない。


 けれど再び思い出せばいい。鹿屋かのやの青い海と、陸続きの磯の上に立つ小さな神社の存在を……。

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友紀(ゆき)第1章『流れ着いた先にある”もの”』 🗡🐺狼駄 @Wolf_kk

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