冬
予想はしていたけど、冬の寒さはなかなかに厳しい。
「さ、さむ……」
標高が高いから当たり前なんだろうけど、東京では感じたことのない寒さが私の身体を包んでいた。あんまり寒いから、通販でヒートテックを何着も注文した。異世界生活を送る上では装備も充実させないといけない。
そんな季節はとうとう12月。空がほかの季節より少し澄んで見えるころ。
私は村内の神社に足を運んでいた。
天河大弁財天社。これもまた有名らしくて、芸能の神様がまつられていることもあってか、芸能人がお忍びでお参りに来るとか来ないとか。
じゃあ私がどうして今お参りをしているのか。もちろん芸能デビューを祈願してなわけないし、少し早い初もうでというわけでもない。
……神様、私はどうすべきでしょうか。
お
少し前に連絡のあった転勤希望――来年度以降もこの村で人事交流職員として働くかどうかの返事はまだできていない。だけど期限はもうそこまで迫っている。なので神様の
ま、自分で決めろって話だよね。
私が神様でもきっとそう答えてると思う。私のことで、選択の余地があるのなら自分で選ぶ以外にない。
「って言ってもなあ」
秋から考え続けているけど、私の中で答えははっきりと出ない。そりゃ東京に戻ったらいろいろ便利なんだろうけど、地獄の残業デイズが待っているに違いないし。
そんな風に境内で頭を悩ませていると、
「なにか、お悩みですか?」
私の前に現れたのは
「私でよければ、お話うかがいますよ?」
にこり、と柔和な笑みを向けてくる。氷をゆっくりと溶かしてくれそうなそれに、私は気づけばすべてを打ち明けていた。
「……そんなわけで、次の春以降の身の振り方を悩んでまして」
巫女さんは私が話しやすいよう「うんうん」とゆっくりうなずいてくれていた。聞き上手とはこういう人のことを言うんだろう。
それはともかく、話し終えると、意外とすっきりした。誰かに話してみるのがいいというのはよく聞くけどホントみたいだ。神様にお祈りするよりよっぽど効果あるかも。
なんて内心笑っていると、聞き手にまわっていた巫女さんが口を開いて、
「実はですね、この村は誰でも来れるわけではないんですよ」
「え?」
それは、どういうことなんだろう。訊こうとすると、巫女さんはまるで私が質問するのをわかっていたかのように先回りして言葉を紡ぐ。
「来れるのは、村にご縁のある方だけ。まだ来るべきではない方は来ようとしても都合が悪くなったりして、来ることができないんです」
「そ、そんなことがあるんですか?」
「はい」
再び「にこり」と笑う。口角が少しだけ上がる、優しい笑み。
「ですから貴女も、来るべくしてここにいらっしゃんじゃないでしょうか」
「来るべくして、ですか」
「ええ。貴女がどの道を選ばれても、このご縁は大切にされた方がよろしいと思います」
縁。人と人、そしてものや場所をつなぐ結びつき。
それは、私たちが見失ってはいけないもの。東京にいようと田舎にいようと。異世界みたいな場所にいようと。
だけど、元の世界にいるだけじゃきっと、おそらく、気づけなかったもの。
そっか。
なら、私が選ぶ答えはもう決まっているかもしれない。認識できていなかっただけで。
だけど彼女のおかげで、気づくことができた。
「あの」
これもまた縁、というやつなんだろう。彼女に会えて、この話を聞けたことは私にとって大切なものになる。
そう思ってお礼を言おうとする。だけど、
「ありがとうございま――って、あれ?」
そこにはもう、巫女さんの姿はなかった。
――週が明けて月曜日。天川村に雪が降った。初雪だ。
雪なんて東京じゃあめったに見れない。ちょっとテンション上がるなあ……なんて幻想は、朝起きて窓を開けた瞬間打ち砕かれて。
「初雪で……これ?」
白、白、そして白。見渡す限り真っ白。
まさかひと晩でこんなに積もるなんて、ここ北海道とか東北じゃないのに?
天川村に来て1年近く経つっていうのに、この異世界はまだ私のことを驚かせてくれる。いや、この場合は銀世界か。
「芳乃ちゃん! 雪かきするよ!」
なんて
「雪が降った天川の朝は雪かきから始まるんやから。ほら早く準備して出てきーや!」
「は、はい。あはは……」
勢いのある声に、苦笑しながらも返事をする。でも不思議と嫌じゃない。だってこれもまたひとつ「縁」なのだから。
「ようし、それじゃあ今日もがんばりますか」
きっと今日も、この場所は私に新しい驚きを与えてくれるんだろう。今日だけじゃない。明日も、それから――次の季節も。
もう少しだけ続く異世界(?)生活に、私は小さくほほ笑んだ。
とある異世界のひととせ 今福シノ @Shinoimafuku
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