秋
天川村の名物とはなにか、と訊かれたら私はなんて答えるだろう。
キャンプ? 苺? たしかにそれもあるけど、私が一番推したいのは、
「はあ~、生き返るぅ~」
やっぱり『温泉』だ。
家の近くにある洞川温泉センター。3日に1回は仕事終わりに通う生活が続いている。今じゃすっかり常連だ。
ここに来るまではあんまり知らなかったけど、天川は温泉地として有名らしい。効能は神経痛に筋肉痛といろいろあってありがたい。昨日も腹筋してお腹痛いし。それにちゃんと温泉むすめにもキャラクターがいるとかいないとか。
「んー、足が伸ばせて最高ー」
温泉特有のとろりとしたお湯が全身を包み込む。こんなにたくさん入ってたらお肌若返っちゃうんじゃないかな、ふふふ。
露天風呂から空を眺めると、きれいな星空。オリオン座がくっきりと見える。東京にいたころは星なんて見えなかったし、見るようなこともしてなかったなあ。
こんな近くに温泉、そして広いお風呂があるのはとってもありがたい。しかも村民は割引きがきく。至れり尽くせりとはこのことかもしれない。
「でも……やっぱり慣れないなあ……」
ここでの生活は半年が経過した。慣れた部分もたくさんあるけど、東京とギャップを感じることも未だにたくさんある。
コンビニ行くのは不便だし、雨が降ったらすぐ雨量規制でバスが止まっちゃうし。自然が多くて都会の
でもそれに負けないくらい、利便性が恋しくもある。
たしかに東京とは違うどこかに異動したいと希望したのは私。だけどこの生活を来年以降も続けていくのかと問われれば、即答できる自信はない。
「私は……どうしたいんだろ」
ほこほこする身体とは裏腹に、もやもやする心のまま帰宅。くつろぎながらスマホをさわっていると、メールのアイコンに新着表示があった。
差出人は私の仕事のアドレス。
「うげ……って、転送されるよう設定したの私だった」
霞が関にいたときのクセ――夜中であろうと仕事に対応できるようにするために、仕事のアドレスにメールが来るとスマホのアドレスに自動転送されるよう設定していたのだった。こっちにきてからはそんなことはないから気にしてなかったけど。
「にしてもこんな時間に誰よー」
時刻は夜の9時。今さっき転送されてきたということは、仕事のアドレスにさっきメールが送られてきたということ。まったく、働き方改革がトレンドなんだから明日の朝とかにすればいいのに。
「えーっと送り主は……人事?」
村役場の、ではない。それは私の本来の所属である国の人事部署だった。
そしてメールのタイトルはいたってシンプル。あるいはタイムリーとでもいうべきか。
『Fw:転勤希望について』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます