「ん~、おいし~」


 天川村での生活がはじまって約4か月。


 私は夕食後のデザートに舌鼓したつづみをうっていた。


「まさか夏に苺が食べられるなんて思ってなかったなー」


 そう、私が今もりもりと食べているのは、真っ赤な大粒の果実――なんと苺。

 本来冬が旬の果物だけど、天川村ではその涼しさを利用して夏に収穫できる苺を育ててるんだとか。

 そんなわけで、今日役場の人からおすそ分けでもらったのを早速いただいているわけだ。


「うん、この甘酸っぱさ。ついつい食べちゃう」


 ジューシーで、つぶつぶの食感がいいアクセントになっている。それにけっこう大粒だから食べごたえもある。


 きっと東京でもこの季節に食べられるんだろうけど、きっとほとんどが輸入ものだ。夏に国産苺を味わえるなんて、なんて贅沢ぜいたく……。


 あとビックリしたのは、夏なのに夜はクーラーいらずってこと。うだるような熱帯夜はぜんぜんなくて、なんて過ごしやすい場所だろうか。

 今日だってたくさんの観光客が涼しさと自然を求めて村を訪れていた。春にはわからなかったけど、たくさんあるキャンプ場は夏のためにあったわけだ。


 そういえば誰かが天川村のことを「関西の軽井沢」って言ってたっけ。たしかにこれは避暑にはもってこいだ。


 この村にやってきて驚かさせることばかりだけどこういう驚きなら悪くない。

 うん、素晴らしきかな異世界。じゃなかった、天川村。


「……それにしても、すごい雨」


 ふと、窓から外をながめる。夜だからよく見えないけど、土砂降り状態。山間やまあいだから雨がよく降るのはなんとなく予想していたけど、ホントによく降っている。


「ま、明日の朝にはんでるでしょ」


 天気予報でもそうなってたし。夜通しかさマークがついてたけど、明け方には雲のマークに変わっていた。

 それに空模様なんて私の力じゃどうにもならないし、ちゃちゃっとお風呂に入って寝るに限る。明日も仕事だ。


「……と、その前に」


 私は目線を落とす。その先には……自分のお腹。気のせいじゃない、いつもよりぽっこりしている。

 明らかに食べすぎ。いやだってしょうがない。苺がおいしすぎるのが悪いんだ。


「…………」


 その場にごろんと寝転がる。そして始めるのは言うまでもなく、腹筋。


「ふんっ、ふんっ……!」


 明日は筋肉痛になること間違いなし。それでもやらずにはいられなかった。



 ――そんなこんなで、翌朝。


「さて、と」


 私はぎりぎりと痛むお腹をかばいながら、家を出る。

 雨は予報どおり上がったみたいで、地面が濡れているだけ。よしよし、と思いながらバス停まで歩いていくと、


【本日、午前中はバス運休】


「えっ?」


 バスが……止まってる? なんで?



 わけがわからない。どうしたらいいんだろうと立ち尽くしていると、


「あれ、芳乃ちゃん」

「な、中谷さん」


 通りがかった車が止まって窓が開いた(いつの間にか名前呼びになっていた)。


「バスはしばらく動かへんよー。明け方から道路の雨量規制がかかってるから」

「雨量規制、ですか」


 たしか山間部の道路は雨が降ると危ないからって、雨が上がってもしばらくの間通行が規制されるって……こういうことだったんだ。


「だから、今日は私の車に乗っていきなよ」

「へ?」


 と、中谷さんからそんな提案が飛んでくる。


「で、でも雨量規制じゃ中谷さんも通れないんじゃあ」

「別にバリケードでふさがれてるとかじゃないし、バスが止まるだけで通れるには通れるでー」

「えええ……」


 それは、いいんだろうか。自家用車なら勝手に通ってもオッケー……なはずはないと思うんだけど。いやでも今日がシメ切の仕事があったし休むわけには。


「ほら、早く乗って乗って」

「えっ? あ」


 半ば引っ張られるように車内へ。気づけば助手席、シートベルト装着完了。


「ようし、それじゃあ出発ー」

「ほ、ホントに大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫! こんなの夏にはよくあることやし!」


 そう言うと、アクセルを踏んで車は発進する。


「え、ちょ、まっ……ええ!?」


 こうして、私の異世界生活に驚きの1ページが追加された。

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